第13話

 目を覚ます。ロイは視界の下の方にある時計を見る。現在14時10分。6時間ほど寝てしまったようだ。体を起こすと雫さんが自分の席でデータを見ている


「おはようございます」


「起きたんですね。おはようございます。」


 本日二回目の挨拶をする。


「どうですか、作ったデータは」


「駄目ですね。ピーキーすぎません?」


「やっぱりそうですよね。はぁ……」


 溜息を吐く。


「早速ですが、今日はロイさんには茨ヶ丘名物、茨の湯に入って英気を養ってもらいます」


 茨の湯。茨ヶ丘の町なかにある温泉施設。天然由来の成分が入っており、美容効果も高いと評判の施設だ。700年以上続いている老舗で、年配者の憩いの場になっている。


 そんなこんなで、車で10分ほど雫に連れられて茨の湯にやってきた。


「いらっしゃいませ」


 入ってすぐにいたのは女将さん(アンドロイド)だった。


 雫さんは受付を済ませると、俺と別れ女湯に行ってしまった。


 広い湯船に源泉かけ流しの温泉が湧いている。露天風呂もあるらしくそちらは景色が良いらしい。


 脱衣所で服を脱ぎ、体を洗い露天風呂に入る。湯気が立ち込め、湿度が高くなっている。風呂なんて数えるほどしか入ったことがない


「おお兄ちゃん。お久しぶりだな」


「あ、シゲさん」


「お前さん、風呂は初めてか」


「まあ初心者ですね」




 2300年、日本人の心のオアシスである風呂は大衆文化から消滅した。効率化と水資源の保存の為に、今ではシャワーが主流となっている。そのため入浴という行為は廃れていった。しかしロイの住んでいる場所は都市から離れた田舎町であり未だに銭湯が残っていた


 ロンドン大学の教授であるアンソニー・アランは「仮想水貿易」という概念を持ち込んだ。彼は、中東の多くが砂漠気候に属し水資源が少ないのにも関わらず「水」によってではなく「石油」によって争いが起きていると言う事実に着目した。そして、水が必要なのは農作物作成のためであり、それが輸入できるのであれば、中東のように水の資源不均衡に寄る軋轢は解消されるという見方を示した。石油の輸出で得られる外貨で食料を輸入することで、その生産に投入された水をも間接的に購入したものと解釈できる。水自体の輸送は多大なコストを要するため現実的ではないものの、その最終産物を輸入することで同様なことが現実的なコストで実現できている。要は「食料の輸入=仮想的な水の輸入」という見方を示した。世界の水の使用量の内訳は、工業に2割、生活に1割、残り7割は農業であり、農産物を生産するのに必要な水が多い。これが22世紀までの仮想水理論だ。


 日本は食料自給率が低く、世界最大の農産物輸入国である。このため、食料輸入という形で大量の仮想水を輸入していた。食料輸出の形で仮想水を輸出する側の国は、必ずしも水資源に余裕があるとは限らない。工業化の遅れた国では主要な産業は第一次産業となり、必ずしも豊富とは言えない水資源の元で生産された農産物を外貨獲得のため輸出せざるを得ない状況となっているケースが見られる。これは、人口増加とともに深刻化する水問題のなかで、豊かな国へ仮想水が集中する方向に作用する。そして、日本は大量の仮想水を輸入しており、その量は年間で数百億から千数百億トンと見積もられている。


 そのため、戦前から世界中で水不足を解決する為に空中の水分子を集める新素材や、大量の海水を淡水にする技術も大規模に研究されていた。日本は浄水技術と水道インフラ整備のお陰で水不足には至っていない。むしろ今では大量に水を使えるのだが環境保全主義者エコロジストからの批判や、水不足に苦しむ地域への同調圧力により風呂文化は衰退した。




 そんなこんなで非常に珍しい温泉が楽しめる茨の湯は人々の憩いの場となっている。


 シゲさんの体は大部分が機械に置き換わっていた。義体の人工皮膚の劣化が見られ、歴戦の傷が幾つもあり、彼が戦ってきた歴史を感じさせる。


 彼はゆっくりと湯に浸かり、大きく伸びをして言う。


 俺はそれに続き体を温めてから、大きな岩に背中を預けた。心地よい温かさが体に染み渡る。空を見上げると、青空が広がっている


「昼だが、今日は気分が良い。ちょいと酒盛りに付き合ってくれ」


 しばらくして歴戦の戦士は風呂から上がる。彼に習いロイも上がった。


 そのまま二人は男湯を出て、休憩室に向かう。畳張りの床と座布団。


 食堂で培養肉のジャーキーと塩気の効いた枝豆を貰い、長机を挟み胡坐をかく。


 地ビールの『日陰』を飲む。やはり美味い。二人は頷く


 しばらくして彩と雫が仲良くやってくる。


「あら、ロイちゃん。もうお酒飲んでるのね」


「今日は私もお酒飲んじゃいましょうか」


宴会が進む。


「これだ!!!皆さん、ちょっと作業するんで身体を頼みます!」


ロイは突然思い立ったように言葉を発し、意識を失う。


残された三人は顔を見合わせた。 



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