第9話 教習所→牧場→商店街

 自動車教習所。入口付近にて。



 「君が、例の移住者か?」



 ロイは受付に声をかけられ、振り向いた先にいる大柄な男性に驚いた。日本では見ないアメリカ製の大型義体。



「は、はい。狭間ロイと申します。研究者をしています」



「ああ、すまん。驚かせたな」



 彼の体格はロイの二倍程ある中央でも見ないほどの巨体だ。彼によると、他の教官が旅行中で、自分しかいないと丁寧に説明された。



「って事で、教官は俺しかいないが……それでも良いなら、俺が見よう」



「お、お願いします」とロイは頷いた。



 牧場のシステムを全部更新している間は何も出来なかったので、町で唯一の教習所に来たのだ。



「何の免許が欲しい?」



 受付で教官と呼ばれる男性に案内され、車の免許と電動バイクの免許を取ることを決めたロイは、教官に対して恐る恐る尋ねた。



「あ、あの、車と電動バイクの免許を取りたいんですが……」



 教官はロイを見下ろすように見つめ、うんざりしたようにため息をついた。



「車の免許といっても、自動運転になった今、免許は取りやすくなったけどな。まあ、俺にも儲けがあるからいいけど」



 教官は自分の腕にある義手を見せながら、大柄な体を自慢げに見せつけた。



「でもな、それでも免許取るにはちょっとした資格が必要だ。電動バイクの免許も、交通ルールを守ることができない奴には与えられない。そこら辺はしっかり抑えておかないとな」



 教官は厳しい口調でロイに説明した。ロイは、車の免許を取るにはまだまだ勉強が必要なことを痛感し、自分が持っている知識が乏しいことを反省した。



「わかりました。教えていただけると助かります」



 ロイは教官に教えてもらいながら、交通ルールや運転技術を学んでいく。教官の厳しい指導に従い、ロイは電動バイク、大型自動車の免許を取ることができた。



 免許を取得したロイは、教官から追加の練習を勧められた。



「取り敢えず追加の練習はvuで行える。まあ、教官はbot相手だがやらないより、練習した方が良い。取り敢えずコレ貸すから、牧場まで走ってこい」



 2000年代、「地上を走る車は将来的に無くなる」とある小説家は語った。



 しかし、飛行技術は発展したものの、地上乗用車至上主義エンジリズムと呼ばれる熱狂的な支持があったため、飛行車両の普及は阻まれた。この結果、中流階級以上の人々にしか自家用車を買うことができない歪んだ社会が形成されることとなった。



 自動交通車タクシーが主流となった現代社会では、飛行車両を所有することは富裕層の特権となり、高度100メートル以上の飛行空域を独占した。一方、一般市民は地上の自動交通車を利用するか、徒歩で移動するしかなくなった。このような社会の歪みは今でも残り続けており、地上を走る車が依然として使われ続けている。



 ◆◆◆◆



「あの牧場に行くために借りた電動バイクだけど、この長い坂を上がるのは無理だ」



 ロイは思い悩んでいた。畜生、電動バイクの馬力が足りない。



 こんな盛り上がった急斜面では、どうにもならない。道路の側面はコンクリートで舗装されているため、歩道にしゃがんで上を見上げた。



 帰るか……、そう思っていたら、向こうからタクシーがやって来て、横に停まった。



「おいおい、兄ちゃん!牧場にでも行くんか?ここの先は何もねえぞ」



 車の窓から、お爺さんが顔を出した。彼は、深いシワが刻まれた顔に、いつも笑っているような目と口が特徴的だった。



「その牧場を見に行こうとしてて」



「何やアンちゃん、例の移住者か?」



 ロイは頷く。



「坂道登れんのか?」



「ちょっとこのバイクじゃ上がり切れなくて」



「そんな足じゃあかんで!ほれ、乗りな。」と、彼は優しく微笑んだ。



 彼が言うには、ここから牧場に行く道は険しく、ロイが借りた電動バイクでは上りきれないそうだ。彼は、優しくロイを誘い、タクシーに乗せてくれた。ロイは感謝の気持ちを込めて、彼に礼を言った。



 シンプルなデザインが売りの「無印良品」から出された多孔状高密度樹脂製自動二輪は折り畳み式であるため、タクシーの荷台に乗せた。



「おお、ありがとうございます!助かります!」とロイは喜んで、タクシーに乗り込んだ。



「おいおい、アンちゃん!お前があの牧場に行くってのは知ってるけど、そんな足じゃぁあかんで!」



「行けると思ったんですけどねー」



「今のバイクは馬力が足りん。それ借りもんか?」



「あっ、はい。教官に借りました」

 


「そうか、車とか買うんか?」



「そうですね……、本免試験で合格したんですけど、しばらくはタクシーですかね。車は退職金と相談して安いやつ買おうかなと……」



「ほぉー、今の時代はそうに早く免許取れるんか。昔よっかタクシーは安いとは言え毎日タクシーは高けぇだろ?」



「……そうですね」



「ワシら、ジジイとババアは返納後はタクシー無料だから関係ないんやけどな!」

 


 彼は爆笑する。



「……せや!家に使ってないイカした車があるんや、貸したるわ」



 ロイは彼の案内で、タクシーで少し走ったところにある小さな一軒家に着いた。表札には木下と書かれていた。



 車庫には彼が言う通り、"イカした車"が駐車していた。



 彼は誇らしげに車の説明を始め、ロイは興味津々に聞いていた。



「おいアンちゃん!ガレージ開けたから見てくれ!」と彼が叫んだ。



「これはな、ワシが若い時ボーナスを叩いて買った『ベトソン』の『PHANTOM』ゆーてな」と彼が自慢げに話した。



「見てみや、洗練された暴力的なデザインがたまらんのよ」



 艶を消した黒い装甲車。前面、側面、後面に防御装甲がある。後部座席はスモークガラスで外部からは見えない。車高は高く、タイヤは分厚い。ロイの記憶が正しければ、戦時中では有名な法執行機関が使っていたらしい。



「何が凄いって、日本製の逆輸入品やから性能がエグいねん」と彼は熱く語り続けた。



「何やアンちゃん、一目惚れしたか。分かるでー、ワシもコイツとは、よー首都高を走ったわ」と彼はニヤリと笑った。



「ワシか?免許返納して無人タクシー使っとるんから安心しなされ」と彼が答えた。



「無駄に馬力がある水素合成エンジンのV8ターボチャージャーを搭載してるんや。グリップもいいから、繊細な走りができるんよ。それに、頑丈な車体で実弾攻撃も旧軍の7ミリ……アンちゃんが分かる所で言えば7.62×51mmNATO弾くらいならギリハジけるで」と彼は自信満々に話した。



「もしかして足回りエンジンと足回り、ニコイチしてます?」



ニヤリと笑いながら彼は頷く。



「ああ、そうや。アンちゃん、実はツウやろ?」



 車の話が終わると、彼はロイを家に招き入れ、広いリビングに案内した。



 リビングには、彼の家族の写真が飾られ、温かみのある雑貨や家具が置かれていた。ロイは、気さくな雰囲気に安心感を覚えた。



妻のトモコさんが出してくれた紅茶を飲みながら、ロイは彼に対する感謝の気持ちを伝えたかったが、どうやって表現したらいいか悩んでいた。



「困っていたところをシンジさんに助けていただき、本当にありがとうございます」とロイが言った。



 妻は驚いたように目を見開いた。



「あら、都会人なのに丁寧なのね」と妻が笑った。



「そうですか?母の教育が良かったのだと思います」とロイが答えた。



「それにしても、ここはとても素敵なお家ですね。家具や雑貨のセンスも素晴らしいです」とロイは続けた。



 彼は妻とともにリビングの家具や装飾品の話をしながら、くつろいでいた。そして、彼らと話しているうちに、ロイは彼らがこの街に移住した理由を知ることになった。



「大都会での生活に疲れて、こちらの町に来たんですよ。この街はのどかで、人々も優しいので、心が癒されますね」と妻が語った。



「そうですね……まだ2日目ですが、私もこの街の人々の優しさに感動しています」



 気のいい関西訛りのおじさんこと、シンジさんが整備を終えたらしく戻って来た。



「アンちゃん、もう出発出来るで?」



「じゃあ、また来ます!」と言って、シンジさんの奥さんに感謝を告げたのち、男二人は例の牧場に行く。



◆◆◆◆



「しっかし、相変わらずデケえドームやな」



 ファントムを砂利の駐車場に停める。そのうち砂利も綺麗に整備しようとロイは決めた。最近新設された国立競技場よりは流石に小さいが田舎特有の無駄に税金を掛けたドームは巨大だ。



「東京ドーム二つ分らしいっすね。シンジさんこっちです」



 分厚い扉が自動で開き、一面が芝生の牧場が広がっている。入口近くには二階建ての「ラボ」と生活が出来る程に設備の整った「事務室」がある。昨日来たのはラボだ。



「シンジさんも、設備見ます?あまり私も把握してないんですけど…」



「おう!見せてくれや」


 

 二人は、荒れている有機栽培用の畑や一匹も魚が泳いでいない巨大規格の培養槽を見て回った。



「ちょうど試験的実験をするんで見ませんか?」



「おう、なんやソレ」



「キメラのサンプルとして稚魚を作成したいんですけど」



「ようわからんが見てみるわ」



 キメラを作るには幾つかの手順がある。



 遺伝子の設計、設計図を元に遺伝子を結合、汎用卵細胞にプリント、受精卵を培養、孵化という流れだ。



 遺伝子の設計は基本的にAIの補助を受けながら行う。遺伝子の配列や結合方法などをAIが判断し、最適な方法で合成が行われるため人間が行うよりも効率が良い。



 ただし、人間が行いたい変化とAIの判断が一致しないこともある。その場合は人間自身が調整する必要がある。ロイはAIの指示通りに操作を行い、無事に作業を終えることが出来た。完成したホログラムに映し出された遺伝子データは少し大きい魚だ。



アユか、これ?」



「そうですね、何の変哲もない成長促進させた鮎です」



 遺伝子の合成には専用の機械を使う。遺伝子を特殊な溶液に浸し、異なる遺伝子同士を結合させるのだ。遠隔かつ自動でラボの設備を操作する。分子レベルの遺伝子を切り貼りするのは、これもまたAIによる補助が必要だ。



「3次元プリンターみたいやな」


「ええ、そんな感じです」



 遺伝子の合成自体は割と簡単に行える。遺伝子の合成に必要なものは遺伝子が保存されているDNAと結合するためのタンパク質だけだ。



 ロイは早速、汎用卵細胞に遺伝子を反映させ、受精させた。そして数時間後、受精された細胞は分裂を繰り返し、小さな魚の形へと変化した。



 魚は数時間で60センチほどまで成長するのだ。



 カメラ越しにロイはその成長速度に満足していた。非科学的な成長速度だが、実際にそうなっている以上は受け入れるしかない。キメラが一般的な動物とは全く異なる性質を持っていることは確かだった。



「すげえな、アンちゃん。キメラって何か胡散臭いし、眉唾やったけど、こんなオモロいんやな」



「面白いんですよ、キメラ開発って。軍事利用されなければなんですけど」



「そっか、アンちゃんも何か闇あるんやな」



「まあ、人間なのでね」



「そっか、そっか。……せや!せっかく引っ越してきたばかりだし散歩でもすっか。下町の商店街にはもう行ったか?」



「いえ、行ってないです」



「挨拶周りは行っといた方がええでー。この辺の田舎モンは人との繋がりちゅーもんを大切にしとるんや。ワシも色々買いたいモンあるから、商店街で解散しようや」



 ロイの現在の職業は”町おこし推進部実行班”という謎の職業である。



 推進部はその名の通り、町おこしを推進するために町の魅力を伝えることや町のPR活動を行うことがメインの業務となる。具体的には町の案内人、ボランティア活動、観光ツアーの企画、イベント運営、など多岐に渡る。



 ただ実行班はキメラを作るだけなのだが……



 この町についてあまり知らないので、色々と勉強する必要がありそうだ。



「分かりました!商店街に行きましょうか」



 ◆◆◆◆



 ロイは商店街を歩いていた。茨ヶ丘は都会からは離れた地方なので、人口が少なく店も小さい。特にロイのように仕事がない人間は暇な時間を持て余してしまうからだ。



 商店街は活気づいていた。



「おおきに。アンちゃん、助かったわ。ファントムはしばらく貸したるから遠慮せず使っとき」



「分かりました。ありがとうございます」



「気にすんな。困った時はお互い様や。アンちゃんも見ず知らずの奴にあったら、優しくしとき。そうやって、ここは回っとるんや」


 

 そうしてシンジさんと別れた。商店街を歩く。



 この町は高齢者が多いと聞いていたが、元気な老人が多い印象を受ける。商店は小規模ではあるが、活気がある。皆笑顔で挨拶を交わしている。商店街を歩いていると、ジャンク屋が目に入った。



 店内には所狭しと電子部品が並べられていた。商品棚にはホコリを被っているものや新品同様のものまで様々だ。店の奥から一人の老婆が出てきた。年齢は70代前半くらいだろうか。白髪交じりの髪を後ろで纏め、綺麗に化粧をしている。服装はゆったりとしたワンピースにエプロンをつけており、手にはホウキを持っていた。



「お前さん、見ない顔だね」



「あ、どうも。最近引っ越してきました。狭間ロイと言います。白の輪のマスターに紹介されて来たんです」



 老婆はホウキを片手にニヤリと笑った。ロイはなんとなくこの老婆は苦手だと思った。その笑顔は普通の人間では浮かべられないような不気味さを感じた。



「そうかい。あんたがあのマスターの友達かぁ!よろしくねぇ」



 バシバシと背中を叩かれる。



「ジャンクの婆さん!左手が動かなくなっちまった」



 男が駆け込んできた。男の機械の左手はだらんと垂れ下がっている。



「ああ田中さん。義手が逝かれちまったんだねえ。医者か電気屋に行きな」 



「今、金がなくてよお。婆さんのところでなんとかならねえかな?」



「まったく。仕方ないね」



 ジャンク屋の老婆は慣れた様子で男の腕を取り外し、電子回路を取り出し、テキパキと修理を始めた。



「おい婆さん。それ直るのか?」

「うるさいね。黙って待っときな」



 男は不機嫌そうな顔をしながらもどこか嬉しそうにしていた。



「そういえば、自己紹介がまだだったね。あたしゃここいらで商売をやってる。ジャンクの婆さんなんて呼ばれてるけど好きに呼んどくれ。ちなみにこいつとは腐れ縁の知り合いだよ。困ったことがあったらいつでも来な。ただし安くはないよ!」



 老婆はカラカラと笑いながら、手を動かしていた。



「そうですか。ちなみに俺はロイと言います。こちらこそ宜しくお願いします」



「ああマスターのとこの坊ちゃんか」左手を負傷した男が聞いてくる。



「はい。そうです」



「よし、これで治ったよ」



 男の腕は問題なく動くようになったようだ。男は何度も腕を回して具合を確認していた。



「ありがとよ婆さん。おかげで助かったぜ。じゃあ俺はそろそろ行くわ。またなんかあったら頼むぜ」



 男は意気揚々と店を出て行った。



「お前さん、人が良いねえ。ちょっくら改造受けないかい?」



「いや僕は生身で十分なので」



「へえまた変わったやつだねえ。また暇だったら冷やかしにおいで。次は八百屋に行ってみると良い」



「八百屋……?」



「ああ今時の若いもんは聞きなれないのかい。野菜を売ってる場所だよ。ちょっと先行ったところにある」



 ロイは商店街の更に奥に進むことにした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る