41.弁護人 イライジャ ハンター

心、此処に在らずという複雑な心境下で私はディスプレイに映っている自分をぼんやりと見ていた。


「まあ、煙草でも吸いなよ、マッキンタイアー」


ジャックが煙草を勧めてくれた。


一本抜き取り銜えるとパーキンスが火を点けてくれた。


深呼吸するように煙を肺に取り込み大きく虚空に吐いた。


「いい絵面だ。もう一枚撮らせてくれ。煙草を吹かしてるあんた、女番長みたいだぜ、マッキンタイアー」


パシャパシャパシャパシャ。


下世話なパパラッチよろしく!


ジャックがスマートフォンで私を撮影する。


パシャパシャパシャパシャ。


「あんた、イカしてるぜ、マッキンタイアー」


プレイボーイやペントハウスの男性誌のカメラマンがモデルの女の子に声を掛けるように気の利いたコメントを発するジャック。


孫の成長を微笑ましく観察している老境の気持ちで私とジャックを眺めるパーキンス。


ここは冷静に。


取り乱すな、キャシーよ。


沸沸と沸き起こる羞恥心、差恥心をぐっと呑み込む。


キャシーよ、喉元過ぎれば暑さ忘れるだ。


聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うではないか。


聞いてみろ、キャシーよ。


「ちょ、ちょっと、今の私、めっちゃダサくない?」


パーキンスとジャックが口を揃えて言う。


「超ダサい」


キャシーよ、お前は羞恥心、差恥心という一生の恥を今知ったのだッ!


この恥をバネにして生きていくのだ、キャシーよ。


これからのお前は、どんな試練に遭遇しようが、どんな苦境に立たされようが、今日の恥辱をバネにすれば、どんな苦難だって乗り越えられるのだッ!


解ったか、キャシーよ、肝に命じよ。


私は己に言い聞かせた。


だ け どーーー。


超めっちゃ恥ずかしいんですけどーーー!!!!!


「もう、ドライデン、それくらいでいいでしょー」


顔から火が出るとはよく言ったものだ。


顔を赤らめ両手で目を覆う私。


悪ノリするジャック。


「そんなあんたもめっちゃ可愛いぜ、マッキンタイアー」


パシャパシャパシャパシャ。


「ドライデン、もうそれくらいで勘弁しといてやれ」


腹を抱えて爆笑しながらパーキンスがジャックに言う。


「保安官、現像が終わりましたら額に入れてこの保安官事務所に飾りましょう」


「そうだな、ドライデン」


目に涙を浮かべながら爆笑するパーキンス。


「もーう、それだけは勘弁してちょうだいー」


パーキンスが言う。


「ドライデン、額に入れて飾るのもバツゲームの一貫だったな」


「はい、保安官の仰る通りです」


大富豪の執事の口調でへいへいと言ってのけるジャック。


すると、入口の外でトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクとタイの名物タクシー、トゥクトゥクのエンジン音がした。


私、パーキンス、ジャック、3人揃ってポカーンと口を開けて入口を見ていた。


エンジン音が止まってから1分くらいすると入口が開いてじいさんが入って来た。


パーキンスが言った。


「ハンターじいさん、いや、弁護士」


えー、えー、えー、えー!


私は『マスク』のジム キャリーがびっくりした時のように目ん玉がビョーンと飛び出た。


こ、このじいさんがハンター弁護士?!


頭頂部のハゲ上がった部分を右から左へ受け流すヘアスタイル。


そう、その一種独特なヘアスタイルは日本で一発屋のコメディアンが一世を風靡した歌詞同様、団塊の世代ジャパニーズサラリーマンよろしく!といったところのあのヘアスタイルだ。


人は、それをバーコードと呼ぶ。


牛乳瓶の底のような厚ぼったいレンズでマルコムXが掛けていたような眼鏡。


黄銅色のダブダブなツイードのスーツの肘の部分はタータンチェックの肘当てが宛がわれている。


一昔前に流行したボロボロの革靴はシアーズ ローバックのカタログショッピングで買ったような安物だ。


そしてハンターじいさんは「お客様、この度のこのような粗相、誠に申し訳ございません」と斜め45度に最敬礼して謝罪しているホテルの支配人のように傴僂でびっこを引き引き入って来たのである。


その佇まいは中世の怪しい古城の主に従事している老齢の小間使を連想させた。


リチャード ギアのような銀髪を撫で付けたロマンスグレーな弁護士を想像していた私は、そのギャップに困惑した。


私は開口一番言った。


「ハンターじいさん、あなた、すっごい奇抜なヘアスタイルね」


ハンターじいさんが口を開いた。


はっ、歯が無い。


ハンターじいさんの歯は上顎と下顎の前歯に黄ばんだ歯が一本ずつ残っていただけだった。


「お嬢さん、わしに劣らずあんたの髪型もわしの目には随分奇抜に映るんじゃがな」


はっ、し、失敗った。


そうだった。今の私は『カリフォルニケイション』制作時のレッド ホット チリ ペッパーズのアンソニー キーディスよりも斬新で奇抜なスネ夫ヘアーだったという事を失念していた。


「あっ、あら、そうかしら?これには、ちょっと訳があってね。ハンターじいさん、この髪型は絶対に近未来で流行るから覚えておいた方がいいわよ。その内、スネ夫ヘアーウィッグをあなたにもプレゼントするわね」


ハンターじいさんが感慨深げな表情で言った。


「覚えておいてもわしは近未来までは生きてはおらんじゃろう、フッフッフッフッフッ」


あたしは明るく言ってのける。


「ハンターじいさん、まー世の中、満更捨てたものじゃないわよ。その内、不死の薬なんて開発されたりするかも知れないしー、『インディ ジョーンズ』みたいに不老不死の聖杯が草取りしてたら家の裏庭から出てくるかも知んないしー」


牛乳瓶の底のようなレンズの下の目を輝かせるハンターじいさん。


「おおー、そのような夢か幻のような奇天烈な話が真に起こるであろうかのう、お嬢さん」


「ハンターじいさん、人間は夢と希望を失ったらただの廃人よ。まっ、元気出していこーよ。ところで、何で前歯が一本ずつしか残ってないのに歯入れないの?」


「ああ、これか。一本ずつ残っておれば好物のポークチョップは噛みきれるんでな」


「ふーん、そうなんだ。まっ、あなたがそれでいいのなら私が口を挟むべき事じゃないし。でも、食べ物はよく咀嚼して食べた方がいいわよ。空気嚥下症になっちゃうからね」


「御忠告ありがとう、お嬢さん」


ハンターじいさんが黄ばんだ前歯を覗かせてにやりとした。


や、やはり妖城の薄気味悪い小間使を連想させる不気味さだ。


パーキンスが言う。


「ところで、ハンター弁護士、マッキンタイアーの保釈はどうなったんだ?」


「ああ、その件じゃが。たった今、ドナ ヘルムステイン判事と会って来たばかりでな」


パーキンスが言う。


「あのばあさん判事、コーンポタージュスープ飲んだ後で口の周りが牛乳飲んだ後みたいに白くなってただろ」


「うむ、お主の申す通りじゃ。梅干しババアみたいなしわくちゃの口の周りは蠅どもの格好の餌場と化しておったわ、フッフッフッフッフッ。わしは率直に判事に尋ねた。『判事、保釈金はいくらだね?』。判事はおちょぼ口をナプキンでトントンしながら言いおったわ。『そうね、今日の私の気分はディランの“ブルーにこんがらがって”みたいにこんがらがっているから1万ドルってとこね。この後、連続強姦殺人鬼の判決を読み上げなぎゃいけないの。物的証拠は黒なんだけど幾つか証拠と擦り合わない点があって陪審は死刑じゃなくて終身刑に多数決でなってしまったの。私自身はガス室送りにしてやりたいんだけど疑わしきは何とかって奴ね』。判事は嘆いておらっしゃったよ。それで、其処のお嬢さんの保釈金は判事の気分一つで1万ドルに吊り上がったという訳なんじゃがな、フォッフォッフォッ。わしの見立てでは2000ドルくらいが妥当じゃと思うんじゃがな。お嬢さん、1万ドル払えるかね?」


私はランチセットのハンバーグ定食を運ぶウエイトレスの姿勢で掌を天に向け無言で首を振った。


パーキンス、ジャック、ハンターじいさんが、そりゃそーだろうな!といった顔つきでこくりと頷いた。


ハンターじいさんが言う。


「保釈請負人のトレバー ホーキンスに掛け合ってみるかね。奴ならば手数料は保釈金の1割5分といったところじゃろうて。まぁ、1500ドルで自由の身じゃと思ったら満更でもなかろう、フォッフォッフォッ」


1500ドルかぁ~。


痛い出費だな、こりゃ。


でも、背に腹は代えられないしなぁ~。


「解ったわ、お願い、そのホーキンスって人に連絡してちょうだい」


「うむ、よかろう」


ハンターじいさんがだぶだぶのツイードのジャケットのポケットからシャンパンゴールドのガラケーの携帯を取り出した。


上から下までどう見てもへんてこりんな格好のハンターじいさんがちょっとお洒落な色使いのガラケーを使用しているのに私は面食らった。


アドレス帳からホーキンスをチョイスし電話を掛けるハンターじいさん。


3コールでホーキンスが出た。


「よお、ハンターじいさん、調子はどうよ」


「まぁ、ぼちぼちといったところじゃろうかて。ところで、ホーキンス、何かジュポジュポと卑猥な音が聞こえとるんじゃが、わしの空耳じゃろうかのう」


「今、昨日雇った事務員のアヴィーってスケにポコチンしゃぶらせてっからよ、その音だな、あんたが聞こえているジュポジュポって卑猥な音は」


「おお、そういう事じゃったんじゃな。わしももう30ばかし若ければお前さんにその女性を紹介してもらっておったんじゃがな、フォッフォッフォッフォッフォッ。ところで、お前さんに保釈金を用立ててもらいたいお嬢さんがいるんじゃがの」


「幾らだ、ハンターじいさん」


「1万ドルじゃ」


「うっへぇー、結構でかい額だな。で、その女、罪状は」


「器物損壊と飲酒運転じゃ」


「ちょい待ってくれや、ハンターじいさん、イキそうだ、アー、ウー、ウー、で、出る、ウー」


アヴィーという事務員の口内に射精し恍惚の表情を浮かべるホーキンス。


「アヴィー、ちょっとアーンしてみろ」


言われた通りにアーンするアヴィー。


「うっへぇー、濃いザーメンがたんまり出てやがらぁ~。よし、アヴィー、そのザーメンをゴックンしてお掃除しろ。で、ハンターじいさん、その罪状でその女1万の保釈金課せられたのか」


「ああ、そうじゃ、ヘルムステイン判事の気まぐれという奴じゃな」


「ツイてねーな、その女、よし受けた、ハンターじいさん、その女に代ってくれや」


「お嬢さん、あんたに代ってくれとじゃ」


お洒落な色使いのガラケーを私に渡すハンターじいさん。


私は受け取って「もしもし」と言った。


「よお、姉ちゃん、あんた名は?」


「マッキンタイアー、キャシー マッキンタイアーよ」


「オッケー、あんたの保釈金は俺が引き受けた。手数料は保釈金の2割だ、つまり2000ってこった、ドゥ ユー アンダースタンド?」


えー、さっき手数料1割5分って言ってたじゃん。


私はハンターじいさんの顔をガン見して尋ねた。


「手数料が1割5分じゃなくて2割になってるんだけど…」


ハンターじいさんがにんまりと不気味な笑みを浮かべて言う。


「上乗せ分の5分はわしの紹介料、つまりわしの取り分じゃ、フォッフォッフォッフォッフォッ」


クックックックックッ、キィーーー!!!


な、何て悪どい弁護士なんだッ!


うむー、仕方ない。


背に腹は代えられぬ。


「わ、解ったわ」


「よし、んじゃ決まりだ。ネーチャン、トンズラこいてバックれ決めたらバウンティーハンターけしかけてあんたのケツの毛一本残らず毟り取ってやっからな。くれぐれも妙な気起こすんじゃねーぞ。よし、ポコチンのお掃除が終わったら裁判所までひとっ走りだ、アヴィー、」


そう言うと一方的にホーキンスは電話を切った。


お洒落な色使いのガラケーをパチンと折り畳んでハンターじいさんに返す私。


500ドルが労せずして懐に入り気を良くしたハンターじいさんはにんまりと不気味な笑みを浮かべて言う。


「よし、これでお嬢さん、あんたは一先ず自由の身じゃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空輸 Jack Torrance @John-D

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ