40.再再罰ゲーム

パーキンスの顔色を窺いながら煙草に手を伸ばす私とジャック。


うどん茶碗を片しながらジャックが私に尋ねた。


「マッキンタイアー、あんた、そう言えば知り合いに弁護人なんていんのか?」


ジャックはパーキンスがいる手前、そして職務を弁えているのを演じるように私をマッキンタイアーと呼んだ。


流石、我がソウルメイト。


私も、その呼び方の方がパーキンスに至らぬ詮索を与えずに済むだろうと思った。


「いいえ、弁護人なんて一人も知らないわ」


「ふーん、で、あんた、どうすんの?公選弁護人でいいの?それとも高い弁護料払って頭の切れるやり手弁護人雇う訳?」


パーキンスが「ドライデン、公選弁護人ったら、あのハンターじいさんだぞ。ありゃ、不味いだろ」と口を挟んだ。


私はパーキンスの方を振り向き尋ねた。


「そのハンターじいさんって、そんなにポンコツな訳?」


パーキンスがコーヒーを啜って煙草を銜えながら言う。


「イライジャ ハンターって80前のじいさんだ。俺がガキだった頃はやり手で通っていたそうだが、ある事件で担当した弁護を切っ掛けに身を崩した。その事件ってのが、この街で語り継がれているあのヒューエル事件だ。カール ヒューエル、当時32歳だった男が一家全員を惨殺したっていうあの事件だ。あんたも知ってるだろう」


「ええ、話には聞いた事あるわ。何でも、そのヒューエルって人にはアリバイがあったとかって話じゃない」


「そうなんだ、ヒューエルにはアリバイがあった。奴は、その晩仕事で隣の街に行っていた。ホテルにも目撃証人がいた。だが、犯行が行われた深夜の目撃情報はなく車で行けば往復に2時間も掛からない。十分にヒューエルがかみさんと子供を殺す時間はあった。で、ここからが重要なんだがヒューエルにはかみさんと子供を殺す動機があった。ヒューエルの幼馴染だったジム コーパスとヒューエルのかみさんは出来てたんだ。で、子供はヒューエルの子じゃなくてコーパスの子供だった訳なんだよ。子供はかみさんに似てて子供が何でも腎臓を患ったらしく臓器移植の為に検査した時にその事が発覚したそうなんだ。で、子供の主治医だったカルヴィン コラムが法定でその事実を証言した。で、コーパスも法定で子供は自分の子だと認めた。で、一気に陪審はヒューエルを黒だと決め付けた。ヒューエルは終始一貫、自分はかみさんと子供を殺していない、これは冤罪だと訴え続けた。だが、奴はガス室送りになっちまった。その弁護を引き受けていたハンターじいさんは、己の無力を痛感し酒に逃げた。で、かみさんは子供を連れて家を出た。それからは敗訴が続きハンターじいさんは公選弁護を引き受けるようになったんだ。敗訴に次ぐ敗訴でハンターじいさんの事務所には仕事の依頼がなくなっちまったからな」


パーキンスが一頻り公選弁護人イライジャ ハンターの説明を終えると銜えていた煙草に火を点けた。


「へー、そんな事情がヒューエル事件にはあったんだ。でも、そのハンターじいさんは昔はやり手だったんでしょ?」


パーキンスがマホガニーのデスクに足を投げ出して虚空に大きく紫煙を吐き出しながら言った。


「ああ、昔はな」


私は己を責め続けるイライジャ ハンターという弁護人に哀惜の念に駆られた。


私だって辛くなった時には酒に逃げたくなる時だってある。


飲酒とは楽しく傾ける酒が好ましいのだろうが辛い時にも相棒になってくれる良き友なのだ。


きっとハンターじいさんは『プライマル フィアー(邦題、真実の行方)』で弁護人を演じていたリチャード ギアのように潤沢な銀髪を撫でつけたロマンスグレーな老弁護人に違いない。


それにイライジャ ハンターって名も何か賢者みたいでかっこいいじゃない。


それに私は昨日もインターネットカジノで浪費しお金が無い。


でも同情なんか要らない。


同情するなら金をくれ。


『家なき子』の祐実 安達ではないが私は金が欲しいのだ。


ギヴ ミー ア マニー!


欲しいCDが沢山あるのだ。


行きたいライヴも沢山あるのだ。


酒にたばこ、美味しいコーヒー。


嗜好を満たす為にお金が要るのだ。


ギャンブルだってそうだ。


一世一代の大ばくち。


人生を賭けた勝負。


ルーレットの中をクルクルと回るボールがポケットに落ちる瞬間。


手に汗握る血潮が熱く滾るあの瞬間。


そうだ、私は労せずして稼ぎたいのだ。


お金が全てだとは言わないが、あるに越した事はないのだ。


お金は人生を豊かにする魔法の杖ならず紙幣なのだ。


人は時にお金を持たないでいいと思う時がある。


お金で身を崩す時もあるからだ。


私は飛び切りな富豪じゃなくてもいいから人生を豊かにしてくれるくらいのお金が欲しいのだ。


人は、それを遊興費と呼ぶ。


私は、人を貶めてまでお金が欲しいとは思わない。


己の器量の内で稼いだ分だけででいいのだ。


そのお金で面白楽しく人生を満喫出来ればいいのだ。


だが、その遊興費の中には弁護費用なんてものは含まれていない。


私には私費を投じて私選弁護人を選ぶ余裕など残されていないのだ。


「そのハンターじいさんって弁護人でいいわ。電話してちょうだい。裁判所に」


おい、マジか!という顔でパーキンスが驚き煙草の灰が服の上にポトリと落ちた。


身を起こし服を摘んで灰を床に払い落としてからパーキンスが言う。


「ほんとにいいのか、マッキンタイアー」


「ええ、だって私、弁護人雇うお金なんて無いし。無い袖は振れないって奴」


パーキンスが灰皿で煙草を揉み消しながら言う。


「まあ、ムショに行く事は無いだろうが。俺も判事には一筆認めて情状の嘆願はしてやる。本人は心の底から猛省してるって。いざとなったら裁判でも証言してやる。まあ、悪いようにせんから大船に乗ったつもりでいればいいい」


昨日のフェラの効果が絶大に効力を表しているのを私は実感する。


パーキンスがドライデンに指示を出す。


「ドライデン、裁判所に電話して昨日データを送信したキャシー マッキンタイアーに公選弁護人を頼むと伝えてやれ。もう、ドナ ヘルムステイン判事もお約束のコーンポタージュスープを飲んで今頃、裁判資料に目を通している頃だろうからな。もう、あんたの罪状も届いてるから、保釈金を収めればすぐにでも此処からおさらばだ、マッキンタイアー」


「了解です、保安官」


ドライデンがスマートフォンを手に取り裁判所に電話する。


「こちら、保安官助手のジャック ドライデンだ。昨日、データを送信したキャシー マッキンタイアーに公選弁護人を頼むと伝えてくれ。はっ、罪状、罪状は飲酒運転と器物損壊だ。じゃ、よろしく頼む」


パーキンスが煙草を銜えながら言った。


「まっ、これで一件落着だな。それにしても暇だな。今日は無礼講だ。ドライデン、お前の引き出しにおもちゃが一杯入ってただろ。何かおもしろいのはないか?」


ジャックが人差し指と親指で拳銃の形を作り、それを顎に当てて思案する。


「そうですね、保安官が楽しめるような奴かぁ~」


ジャックが何か閃いたような顔付きになった。


「車に面白い奴があります。ちょっと取って来ます」


そう言うとジャックは小走りで自分のピックアップに向かって行き脇に30×20くらいの箱を抱えて戻って来た。


箱には、ドラえもん、のび太、ドラミちゃん、ジャイアン、スネ夫、しずかちゃんのイラストがプリントされている。


こ、これは、ドラえもんのドンジャラだ!


ジャックのハイセンスなチョイスに私は感嘆した。


我がソウルメイト、ジャック ドライデン、いつまでも少年の心を忘れない男。


だから、私は彼を憎めないのだ。


パーキンスが何か面白そうだなといったような不敵な笑みを浮かべた。


私達は、キャロル キングが作曲の合間の息抜きにマージャンに繰り出していたようにドンジャラに興じる。


ジャックがドンジャラの牌をデスクに出して掻き混ぜる。


私は取調室からパイプ椅子を持って来てドンジャラに参戦した。


牌を三人でジャラジャラと掻き混ぜて山を積み配牌まで終わった。


各自無言で山から牌をツモりは場に切り、各各が捨てた捨て牌に目を配る。


ジャックが鳴く。


「ドラえもん、ポン」


私がジャックの捨て牌に鳴きを入れる。


「ジャイアン、ポン」


パーキンスはツモれどもツモれども中中、手牌が整わないらしい。


各自、無言で場に切られた牌と相手の手牌に意識を集中する。


山の牌も残り少なくなって来た。


私がスネ夫を場に切った時だった。


「ロン」


ジャックがロンをコールし手牌をぱたりと倒した。


ジャックの役はドラエモン、のび太、ドラミちゃん、スネ夫の四暗刻だった。


や、役満だ。


「やるじゃないか、ドライデン」


パーキンスが煙草をジャックに勧める。


「恐縮です、保安官」


ジャックが一本抜き取り銜えると火を点けた。


「そう言えば、罰ゲームを決めてなかったな、ドライデン、マッキンタイアー」


パーキンスが邪悪な笑みを浮かべて言った。


パーキンスの邪悪な笑みに釣られてジャックも邪悪な笑みを浮かべた。


私は戦慄が背中に走るのを感じた。


パーキンスのデコピン。


ジャックの浣腸。


つ、次は何をされるのか?


関西人の兄ちゃんが「ケツから手ェー突っ込んで奥歯ガタガタいわしたろーかッ!」と巻き舌で言う決め台詞があるが、正しく私の奥歯はガタガタ鳴っていた。


ガタガタガタガタ。


目ン玉をひん剥いてパーキンスとジャックの顔色を交互に覗く私。


ジャックが言った。


「保安官、自分がスネ夫でロンしたのでスネ夫ヘアーにして写メを撮るというのはどうでしょうか?」


パーキンスの邪悪な笑みが更に邪悪さを増しサタンのような風貌へと変わった。


「ドライデン、それは名案じゃないか。いい物があるぞ」


そう言うとパーキンスがデスクの引き出しをゴソゴソやり出してポマードと櫛を取り出した


「自分もいい物を持っています」


そう言うとジャックは駆け足で自分のピックアップに行き自撮り棒を持って戻って来た。


パーキンスが満面の笑みで戻って来たジャックを出迎える。


「準備がいいじゃないか、ドライデン」


「いつも甥っ子と写メを撮っているもので…保安官、じゃポマードと櫛をお借りします。よし、マッキンタイアー、俺のデスクに座ってくれ」


パーキンスが煙草を抜き取りながら言う。


「うむ、良い按配で仕上げてやってくれ」


ジャックは両の指に適量のポマードを掬い取るとカリスマ美容師のあんちゃんよろしく!


手串でわたしの髪にポマードを馴染ませ大方のスネ夫ヘアーの土台を作った。


そして、櫛で左官屋のあんちゃんよろしく!


ジャックは型枠に流したセメントを丁寧に平たくしていくように私の髪をスネ夫ヘアーへと成型していった。


「いいじゃないか、ドライデン」


「ありがとうございます、保安官」


尚もポマードを足しながら私の髪をガチガチのスネ夫ヘアーに塗り固めていくジャック。


「よし、完成だ」


パーキンスが感嘆した。


「凄いじゃないか、ドライデン。街で見かけたら絶対にスネ夫と間違えてしまうのは請け合いだぞ」


「ありがとうございます、保安官。あっ、マッキンタイアー、ちょっと待っててくれ」


ジャックが、またしても外のピックアップに走った。


理容室でよく見かける手持ちタイプの三面鏡を抱えて来ると私の前で開いて見せた。


こんな物までジャックのピックアップには積んでいるのか。


まるでドラえもんのポケットみたいだッ!


次はどこでもドアなんて持って来るんじゃないんだろうかッ!


ジャックならやりかねない。


ジャックが紳士服の仕立て屋の親父よろしく!


半笑いで言った。


「お客様、よくお似合いです」


その光景を眺めていたパーキンスがツボに嵌って大爆笑している。


私は鏡に映った己を見た。


プゥ。


思わず吹き出してしまった。


髪の先端がキュンキュンに尖ったスネ夫ヘアーに変身した私が其処にいた。


これだけポマードでガチガチに固められてキュンキュンに尖った毛先ならば啄木鳥の嘴並みの威力を発揮するのではないかという邪な思想を私に抱かせた。


今の私は、さながらリーゼント風の髪型にしていたイメルダ メイやジョーン ジェットを彷彿させる、ちょっとヤバいイッちゃってる人だ。


黒のルージュで目の下にクマを作れば日本の警察署に貼られているポスターの〈あなた、人生やめますか?それとも覚醒剤やめますか?〉のマスコットキャラクターに抜擢されてもおかしくないくらいイッちゃってる私。


「よし、写メを撮ろう。いや、こうして撮ったらもっとよくなるんじゃないか」


パーキンスがデスクから油性マジックを取り出して眉と眉の眉間を塗り潰した。


バカ受けするジャック。


「保安官、最高です。このゲジゲジ感がスネ夫ヘアーを際立たせています」


「うむ、そうだろう、ドライデン。よし、自撮り棒で三人で撮影会だ」


「了解です、保安官。あー、何かガキの頃のキャンプの時みてえーにテンション上っちまうなー。保安官、今日は保安官の事をキャンプマスターと呼ばせていただいてもよろしいですか?」


パーキンスが中国の始皇帝のようにゆったりと言う。


「放恣にするが良い、ドライデン」


ジャックの顔に少年のような無邪気な笑顔が浮かぶ。


スネ夫ヘアーの私の顔の横にパーキンスとジャックが顔を近付ける。


ジャックが自撮り棒を構えて言う。


「じゃ、撮ります。にっこり」


パーキンスとジャックが満面の笑みをスマートフォンに向ける。


「よし、撮れたぞ」


ディスプレイを私とパーキンスに見せるジャック。


その画面には満面の笑みで両サイドから私の頬に顔を寄せているパーキンスとジャック、そして、引き攣った不自然な笑みを浮かべている私が写っていた…

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