39.ドライデンとの朝食、そして嘘

クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー。


鳩時計が狂ったように9時の時をけたたましく知らせた。


ウウー、うっせー鳩。


ウー、ウー、ウー、ウーン。


ガンガンする。


頭が割れそうだ。


超めっちゃ頭、痛いんですけどーーー!


深酒の代償を私は朝起きる度に痛感しているにも関わらず、己を自制出来ない女、キャシー マッキンタイアー、38歳。


容姿には、そこそこ自信はあり、世の人からは素敵なアラフォーとして見られがちだが中身は伴っていない稚拙な38歳。


くも膜下出血のような強烈な頭痛に悶えながら私は目を覚ました。


「アタタタタタタ」


私は普段の習性で蟀谷をマッサージした。


マッサージをしたところで痛みが緩和する事は無いと理解していても習慣でやってしまう。


このマッサージで痛みがとれれば、アスピリンはこの世に必要無いのである。


私は身を起こしジャックの方を見た。


ジャックはデスクに突っ伏して寝ていた。


私はジャックの方にとぼとぼと歩いて行き彼の肩をトントンと叩いた。


「ウ、ウ、ウーン、お前は宇宙人か?」


ジャックが寝惚けて目を覚ました。


多分、ETと指を合わせる夢を見ていたのだろう。


デスクの上の書類には涎がべっとりと垂れていた。


寝惚け眼で私の方を振り返るジャック。


手の甲で涎を拭いながら「おっ、宇宙人、起きたか」と言った。


まだ寝惚けてる。


私はデスクの上の書類を指差して言った。


「書類が涎でベトベトよ。それよりジャック、アスピリンある?」


私の一言でジャックがやっと正気に戻った。


ジャックはデスクの上の書類を見て「チッ、折角45分かけて書いたのにな。ついウトウトして寝ちまった。アスピリンか、キャシー」と言ってデスクの引き出しをゴソゴソと漁り出した。


「おっ、あったあった。キャシー、あんた、ラッキーだったな。後、3錠残ってる。これで終いだ。新しいの買っとかなきゃいけねーな」


ジャックはアスピリンの瓶を私の方に放って寄越した。


私は、それをパシッと受け取り昨晩のバーボングラスを濯いで水を入れるとアスピリンを噛み砕いて水で飲み下した。


「めっちゃ腹減ったな、何か食おうぜ、キャシー」


ジャックが食料を備蓄している収納棚を漁りながら言う。


「今あるのはキャンベルのチキンヌードルスープ、コーンビーフ、後は、ひよこ豆のトマトスープくらいだな。何にする、キャシー?」


ジャックが私に問う。


まるでクイズ番組の司会者のように如何わしい視線を投げて寄越して。


私は『フー ウォンツ トゥ ビー ア ミリオネア』のパネラーのように暫し数秒の沈黙を挟んで答えた。


「うーん、そうね、今の気分はチキンヌードルスープかなぁ~」


ジャックが数秒の沈黙を挟んで問い返す。


「ファイナルアンサー?」


私も数秒の沈黙を挟んで目を閉じて答える。


「ファイナルアンサー」


「オッケー」


ジャックはシンクの下から鍋を取り出しチキンヌードルスープの中身を2つぶちまけるとガスコンロにかけて温めた。


私はコーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。


アスピリンも効き始めチキンヌードルスープとコーヒーの良い香りで脳が正常に作動し始めた。


「キャシー、スープ皿なんて洒落たもんがねえけどいいかい?保安官が贔屓にしてる来々軒の親父がくれた、うどん茶碗つーのがあっから、それでいいよな」


「ええ、いいわよ。そう言えば、うどんなんて暫く食べてないわね。ラーメンがチャイニーズヌードルなら、うどんとそばはジャパニーズヌードルの代表だからね。うどんとそば食べた事ある、ジャック?」


ジャックがうどん茶碗にチキンヌードルスープをよそいながら言う。


「食った事ねえなー、そのうどんとそばつーの、美味いの、それ?」


「ええ、美味しいわよ、あっさりしてて食欲が無い時なんかでも食べられちゃうの。そうねー、風邪ひいた時とか」


「ふーん、俺ってタコスとかブリトー、チェラキレス、ポソレなんつーメキシカンが好きだからよ。日本料理はかつ丼と寿司くらいしか食った事ねーなー。保安官が落としに掛かる時は毎回、来々軒にかつ丼注文すっからよ。寿司は、あの回る奴ね」


「ジャック、寿司は本場の板さんに握ってもらうのが一番よ。回る奴はトゥーランクもスリーランクも落ちるからね」


私は通ぶって言う。


ジャックのデスクの上にうどん茶碗によそわれたチキンヌードルスープと私が淹れたコーヒーが並ぶ。


うどん茶碗なのにラーメン茶碗に描かれている雷紋(らいもん)が入ってるところが奇抜で斬新だ。


流石、親父!


日本食屋なのに来々軒というネーミングセンス。


超イッちゃってる。


二日酔いの受難からアスピリンによって解放されつつある私はチキンヌードルスープを豚のようにがつがつとがっついた。


ズルズルズルズル。


私は以前、社長の通訳として日本のアジアの玄関と呼ばれる福岡に同伴した事がある。


ホテルで何気なく点いていたテレビから『うどんマップ』というローカル放送が流れていた。


テレビの画面の中では、あきらくんという男性がうどん屋をはしごしていた。


あきらくんは顔はまぁ~まぁ~だが足が短かった。


そう、トム クルーズやラッセル クロウのように…


爆音を立ててヌードルを啜るあきらくん。


そう、あきらくんも私と同様、ヌーハラだった。


社長との移動中。


私は、スーパーセンタートライアルというスーパーに立ち寄った。


カントリーマアムという菓子と午後の紅茶のミルクティを籠に入れ会計のレジに向かった。


其処には警官姿のあきらくんが〈万引きは犯罪です〉というポスターに映っていた。


私は、あきらくんの本業はポリスメンなんだなと直感で解った。


後、通ぶって「ジャック、寿司は本場の板さんに握ってもらうのが一番よ。回る奴はトゥーランクもスリーランクも落ちるからね」と言ったが、私が回らない寿司屋に行ったのは福岡での1回だけだ。


勿論、社長の奢りだ。


私はチキンヌードルスープを啜りながら福岡とあきらくんを懐古する。


ズルズルとヌーハラしながら…


ジャックが怪訝そうに私に言う。


「音を立ててヌードルを食うのはマナー違反だぜ、キャシー」


私は意に介さずヌードルを啜る。


「ジャック、あなた解ってないわね。これは、ジャパンカルチャーなのよ」


「へえー、そんなもんなのかい」


ジャックは音を立てずにヌードルを啜る。


ズルズルズルズル、ズルズルズルズル、ゲプッ。


私は母の箴言を忘我の内に失念し豚のようにがつがつとがっついていた。


空気嚥下症の事も忘れて。


昨日、ジョアンからも「食べ物は、よく噛んで食べた方が良いと思うわ。消化にも良くないしね」と箴言されたばかりだった。


「ゲプッ」


込み上げてくるゲップを必死に堪えながらヌードルを啜る私。


プッ。


今度は下の穴からゲップが出た。


人は、これを放屁と呼ぶ。


ジャックが怪訝そうに尋ねる。


「今、屁した?」


私は、しらばっくれる。


「空耳よ。ジャパミーズコメディアンのタモリも言ってるじゃないの。『誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かに聞こえる、空耳アワーのお時間です』ってね。今、あなたは、空耳アワーのお時間なのよ。あなたが屁に聞こえたなら、それは空耳が齎した幻聴ね」


「ふーん、そんなもんなのかなー」


私は、そうジャックに忠言し一心不乱にヌードルを啜り、はしたないとは思ったがうどん茶碗を両の手で包みスープを一滴残らず飲み干した。


あきらくんもうどんマップでそうしていた。


「ゲプッ」


プッハー、食った食った。


ジャックが言う。


「あっ、またゲップした」


私は平然と言ってのける。


「今のは空耳じゃないわね。ゲップは神が人間に与えた自然の摂理なのよ」


ジャックが「ふーん、そんなもんなのかなー」と訝しがる。


私はジャックと食後のコーヒーと一服を満喫する。


昨日、兄ちゃんに掻っ払って来させた煙草のストックも大分減ってきたなー。


兄ちゃんが生きていたら、また掻っ払って来させたのにー。


すると、保安官事務所の前でエンジン音がして止まった。


このエンジン音はパーキンスのハマーに違いない。


保安官事務所の入り口からステッドソン帽を目深に被ったパーキンスが昨日は何事も無かったように軽快な口笛を吹きながら入って来た。


まるで、『スポンジ ボブ』のリカルドのように…


右手の人差し指にはキーリングを嵌めてクルクルと回している。


恐らく、この街を裏で牛耳っている男、ジェイムズ パーキンス保安官、57歳。


人を殺めておきながら威風堂々と平常心を保っていられる男。


絶対に敵には回したくない男だ。


昨日、フェラしてあげておいて良かった。


私は如何なる困難な状況下でも適切な判断を下せる女、キャシー マッキンタイアー、38歳。


これからも困った時には、幾らでもポコチンを銜えて困難を回避してやる。


「おはよう、諸君、昨日は、ぐっすり眠れたか?俺は爆睡だったぜ」


「おはようございます、保安官」


ジャックが起立して言う。


私はパーキンスの分のコーヒーを淹れてやる。


パーキンスがデスクの引き出しを開けて動揺した。


「無い、無い、無い、無い、なーい」


ジャックがぎくりとする。


恐る恐るジャックが尋ねる。


「どうかなされましたか、保安官」


「いや、お前には関係無い」


私がコーヒーを淹れてデスクに戻るとパーキンスが私の耳に口を寄せ小声で言った。


「マッキンタイアー、昨日、誰か俺のポルノDVDを借りに来なかったか?無いんだ、俺の一番のお気に入り『おちんぽガールズ』っていうポルノDVDが…」


私は困ったと思ったが、どんな時でも悪知恵が働く女キャシー マッキンタイアー、38歳。


私は即座に耳打ちした。


「あなたがいない時に来々軒の親父が、『スウェーデンのネーチャンのポルノだけじゃ、おかず不足で抜き足りないから、もう一本貸してくれ』って言って来たの。私、来々軒の親父を不憫に思ってあなたの引き出しから一本貸してあげたの。親父、喜んで帰って行ったわ。親父が観た後、私も借りるようにしてるから今度返しに来るね。あっ、後、ジョアン オープリーって人から電話があって、あなたのお父さんが亡くなった事になってるから」


パーキンスは安心したように胸を撫で下ろした。


「了解」とだけ私に耳打ちし胸ポケットからマールボロを取り出し一本銜えると気持ち良さげに紫煙を燻らせた。


帰りに来々軒に寄って親父と口裏合わせしとかなきゃならないだろう。


ジャックにはパクっていいよなんて言った手前、返してくれなんて言えないし。


私は困った時の神頼み、ならずアマゾン頼みをしようと心に決めた。


私は入手困難な廃盤の新品未開封品をアマゾンで時たま驚くべき安価で仕入れる女、キャシー マッキンタイアー、38歳。


私は神に祈った。


どうか『おちんぽガールズ』がアマゾンで手に入りますようにと…

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