37.レディ ソウル

少年のような無邪気な笑みを投げ掛けながらスマートフォンをイジり出すジャック。


に、憎めない男だ。


顔は目と目の間隔が狭く鼻は団子鼻で唇はカサカサで目と鼻と口が集団疎開させられた子供のように中心に寄り添ってる言うならばブサ可愛い男、ジャック ドライデン、年齢不詳。


多分、私と同じくらいか2つ3つ年下かも知れない。


私への蛮行を詫びるどころかミニチュアダックスフンドのように懐いてくる。


私は、またしても母性本能を擽られる。


「キャシー、あんたならこの良さが解ると思うんだけどな。オリー&ナイチンゲイルズのTシャツ着てる女なんてそう見掛けねえからな」


「まあ、そうよね。オリーの良さを理解出来てたら今のグラミーなんてクズの寄せ集めばっかしで聴けたもんじゃないわよね」


よくぞ言ったとばかりの笑みを浮かべてハイタッチを求めて来るジャック。


私はジャックの手にタッチした。


「流石、キャシー、あんた解ってんぜ。まあ、飲めよ」


シーバスリーガルを私のグラスに注ぎスポティファイのプレイリストをジャックが再生させた。


「ソウルってもんを解ってる、あんたなら、この曲は知ってんだろ」


ジャックが私に問う。


スマートフォンからプレイリストの1曲目が流れて来た。


「フッ、この曲は名曲中の名曲、ロレイン エリソンの66年、ジェリー ラゴヴォイのプロデュースでビルボード、R&Bチャート64位の“ステイ ウィズ ミー”よ。因みに、R&B(リズム&ヴルーズ)って呼称はブラック ミユージックの事をレイス(人種) ミュージックって呼ばれていた事にアトランティックの副社長だったジェリー ウェクスラーがビルボード在籍時に、そのレイス ミュージックって呼称は差別的だからといってR&Bに変えたってのは有名な逸話よね」


ジャックがマールボロを銜え私に一本勧める。


私が一本抜き取り銜えると火を点けてくれた。


そして、自分の煙草にも火を点けた。


「流石、キャシー、あんたとは音楽の話に事尽きないな。じゃ、次の解る?」


“ステイ ウィズ ミー”が終わり次の曲が流れて来た。


私は冒頭を聴いて即答した。


「アリーサの妹、キャロラインの“オール アイ ウォント トゥ ビー イズ ユア ウーマン”よ。英ケントから出ているキャロラインのRCA時代のベスト盤の1曲目に収録されてるナンバーね。アリーサがフランクリン姉妹の中では一番有名だけどアリーサの姉さんのアーマといいキャロラインといい、この姉妹はみんな歌唱力は抜群だからね。アーマの“ピース オブ マイ ハート”なんてのもジャニスのカヴァーで超有名だから。私、フランクリン姉妹、大好きなんだ。キャロラインが88年に乳がんで姉妹の中で一番早く早逝したのは悔やまれてならないわ」


ジャックが、ふむふむと頷きながら目を瞑る。


「俺もアーマ、アリーサ、キャロラインの歌にどんだけ救われたか…」


二人で“オール アイ ウォント トゥ ビー イズ ユア ウーマン”に静かに聴き入る。


曲が終わり次の曲が流れて来た。


「サンドラ リチャードソンの“アフター ユー ギヴ ユア オール”ね。マーヴィン ゲイの『ホワッツ ゴーイン オン』でパーカッションやタンバリンを叩いていたジャック アシュフォードのジャスト プロダクションでの録音じゃなかったかしら。作曲はサンドラとアシュフォード、それと、ジョージ ラントリーの共作ね。彼女は後にアリーサのバッキングしてたりして81年にサンドラ フェヴァ名義でリリースした“テル'アン アイ ハード イット”がR&Bチャート33位に食い込んでいるわね」


ジャックが、ウッヒャー、あんた、スッゲーな!と言わんばかりの畏敬の眼差しで私を見ているのが眩しいほどに伝わってくる。


私は吸いさしを灰皿で揉み消しシーバスリーガルを啜った。


“アフター ユー ギヴ ユア オール”を二人で黙って聴き入り曲が終わって次の曲が流れて来た。


???


か、かっこいい!


誰だ、このレデイ ソウルは?


私の脳内に夜空に煌めく数多の綺羅星のように無数のクエスチョンマークが輝き出した。


発掘現場で史上初の化石を発掘した考古学者のように私は興奮した。


音楽とは心煌めく出会いの連続なのだ。


人間とは如何に物知りでも地球、いや、宇宙の1%の事でも知っていれば物知りなのだ。


優れた人間は数多く要れど、その人達よりも私の方が詳しい分野もあるのだ。


例えば、ノーベル化学賞を受賞する科学者。


彼らのIQは凡人には遠く及ばない高みに達しているのは当然だ。


科学、医学の分野に長けているのも一目瞭然。


だが、ソウルミュージックやハリウッド映画やポルノ女優の知識は私の方が長けているという自負がある。


だって、彼らは研究に忙しくて、それらの娯楽を放棄しているからだ。


多少は開放感に浸る為に娯楽に興じる事もあるだろうが、それもほんの少しの時間だ。


エジソン、ファーブル、英世 野口、エトセトラ、エトセトラ…


彼らは寝る間も惜しみ勉学に勤しみ己を高めていったのだ。


それに比べて私は人生の大半を娯楽に捧げている。


音楽、映画、アルコール、煙草、ギャンブル、エトセトラ、エトセトラ…


酒や煙草の銘柄もノーベル化学賞受賞者達よりも私の方が詳しいかも知れない。


人は無知から学ぶのだ。


学者や医者、弁護士に教師。


皆、無知を補う為に勉強して偉くなったのだ。


私は無知を恥じない。


未知との遭遇は大歓迎だ。


私は今、素晴らしい曲を耳にして興奮している。


この感覚。


スライ&ザ ファミリー ストーンの『ゼアズ ア ライオット ゴーイン オン』を初めて聴いた時の衝撃。


アリーサがアトランティックに移籍して『アイ ネヴァー ラヴド ア マン ザ ウェイ アイ ラヴ ユー』『レディソウル』『アレサ ナウ』と次次と傑作を生み出した衝撃とでも言おうか…


いや例えは違うかも知れないが小学6年生の時に母の電動マッサージ器でマッサージをしていて偶然マッサージ機がヴァギナに当たった時のあの衝撃。


それから5年後。


私はサマーバケーションの時に洗車のバイトで貯めたお金でピンクローターを購入した。


そして、私は新たな境地に踏み出しオーガズムを知った。


その鮮明な記憶とともに私はジャックのプレイリストを聴きながらオーガズムに達しているのだ。


そのファンキーでソウルフル、そしてパワフルな歌唱は私を魅了した。


声質も私の好みにマッチしている。


「だ、誰なの?このレディ ソウルは?」


ジャックがシーバスリーガルを一口啜って言った。


「キャシー、やっぱ、あんたみたいな博識な人でも知んねーか。そうだよな。俺も、この前エース傘下のBGPから出てるカリフォルニアなんとかつーウエストコースト産のストリートファンクやゲットーソウルを集めたコンピに収録されてたので知ったんだ。ブレンダ ジョージってシンガーの“ホワット ユー シー イズ ホワット ユア ゴナ ゲット”つー曲なんだ。70年代に激レアシングル出してるらしーぜ」


ブレンダ ジョージ!


しかと、その名を胸に刻む。


目から鱗とは、こーゆー事だと改めて染み入る。


私は体をグルーヴさせながら曲に聴き入った…

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