36.再度、ドライデンと戯れる

ジャックと名付けられた由来を一頻り聞き終えた私は彼が出している恐竜のバランスゲームに興味を傾けた。


「さあ、やろうぜ。どっちが先に置く?」


少年のように無邪気にはしゃぐジャック。


「コインで決めましょうよ」


私はバーボングラスのシーバスリーガルを舌で転がしながら言った。


ちょっと濃いかったので私は冷蔵庫に行き冷凍庫からクラッシュアイスの欠片を3つばかしバーボングラスに放り込んだ。


「ジャックもクラッシュアイス足す?」


「ああ、頼むよ」


私はジャックのデスクに戻り自分のバーボングラスを置いてジャックのバーボングラスを掴んで冷蔵庫に行きクラッシュアイスを足して戻った。


ジャックがデニムのポケットから25セント硬貨を出して親指で宙に向かって弾いた。


25セント硬貨はクルクルと回転しながら2フィートくらい宙を舞い落下した。


硬貨を左の手の甲でパシッと受け止め右手で覆い隠すジャック。


「レディファーストだ、キャシー、あんたが選びなよ」


現在、裏街道をキャットフードのキャッチコピーよろしく!猫まっしぐらの如く突き進む女、キャシー マッキンタイアー、38歳。


私は迷う事無く「裏」とコールした。


ジャックが覆い隠していた右手をずらすと25セント硬貨は裏だった。


「じゃあ、私から」


私は骨のパーツを摘み土台の骨格に置いた。


ジャックが私に続く。


「ところで、キャシー、あんた、何ででこが真っ赤に腫れてんだ」


「ああ、これね。さっきパーキンスと親指を立てて本数を当てるゲームしてて罰ゲームがデコピンだったの。それで、負けちゃってこのザマよ」


「バッカだなー、キャシー。保安官のあの図体からデコピン喰らったら、そりゃそうなるよ、アハハハハ」


「私って、ここ一番に弱いのよね。ギャンブルでも。それで痛い目に遭ってるのよ」


「罰ゲーム賭ける?」


ジャックが堕天使のような不敵な笑みを浮かべて尋ねる。


思案する私。


「キャシー、あんた、チキンか?あんた、ビビってイモ引いてんだろ?」


ペテン師のような笑みで私を煽るジャック。


私はビビってなんかいない。


私は、どんな挑戦でも受けて立つ女、キャシー マッキンタイアー、38歳。


「我がソウルメイトよ、受けて立とうじゃないの。罰ゲームはカンチョーよ。狂ったサイが角で人間を一突きにして宙高く貫くように、あなたの直腸を一突きにしてやろうじゃないの」


ジャックがシーバスリーガルをぐびりとやってゲイリー ビジーのような笑みを投げて寄越した。


「よし、そうこなくっちゃ。キャシー、あんた、後悔するぜ。このバランスゲームは、なんたって俺様の得意中のゲームだからな、フフフフフ」


ジャックよ、己の力量の上に胡坐をかく人間は、その力量ゆえに油断が生じ、かえって隙が生まれる物なのよ。


さっきのパーキンスと私との勝負がそうだ。


私は、指の本数を当てるゲームで無類の強さを誇り、その圧倒的強さの上に胡坐をかいていたのだ。


それが敗戦の理由であり私が隙を見せた瞬間だったのだ。


ジャックは今、私に己の力を誇示し油断と隙を見せている。


勝負の世界で油断こそ大敵なのだ。


この勝負、貰った!


私とジャックは無言で骨格の土台に骨のパーツを置いた。


30本くらいを過ぎたくらいから骨格の土台がグラグラして来出した。


ジャックは余裕綽々で、意図も簡単に骨のパーツを置いていく。


流石、このバランスゲームが得意中の得意と自負するだけの事はある。


一方の私は手がプルプルと震えている。


ヤ、ヤバい。


長年の飲酒癖が齎す禁断症状が現れている。


うんこをする時にも踵を上げた状態で踏ん張っていると膝がガクガクなる症状は自覚していた。


私は私をアル中だとは認めていなかった。


確かに過度な飲酒癖はあったが、それもまた一興だと自分に言い聞かせていたのかも知れない。


認めたくなかったのだ。


堕ちていく自分を認めるのを…


ここが正念場よ、キャシー。


お前は、この勝負に勝利して堕落した人生から脱却するのだ。


私は息を潜めてプルプルと震える手で骨のパーツを置いた。


グラグラと地震で揺れるビルディングのように右へ左へと傾ぐ骨格の土台。


1、2、3、4、5秒…


よし、セーフだ!


と、思った、その瞬間だった…


ジャラジャラジャラジャラジャラ!


恐竜のバランスゲームはダイナマイトで木っ端にされる廃墟ビルのように見るも無残に倒壊した。


あっちゃー!


私は天を仰いで「オー、マイ、ガー」と絶句した。


ジャックがマールボロを銜えて火を点けながら言った。


「ハーイ、オ レ の か ちー!」


気持ち良さげに紫煙を燻らせながらバーボングラスを傾けるジャック。


私は、ここ一番の勝負弱さを嘆くとともに嘆願した。


「カンチョーしなきゃダメ?」


ジャックは再び、あのゲイリー ビジー スマイルを投げて寄越した。


「モチ」


ジャックは煙草の吸いさしを灰皿で揉み消すと立ち上がって首を回しながらポキポキッと鳴らした。


そして、肩を片方ずつグルグルと回して親指と人差し指の腹を合わせて残りの三本の指を組んでカンチョースタイルを完成させた。


「よし、キャシー、ポルノで裸にエプロン姿の奥さんがキッチンのテーブルに手を着いてバックでハメられてる時みたいにデスクに手を着いてケツをこっちに向けるんだ」


「それってマジ?」


ジャックは真顔で「マジ」とだけ言ってカンチョースタイルはキープしたままだった。


罰ゲームをカンチョーと言い出したのは私だ。


致し方ない。


私は言われるがままにデスクに手を着き尻を突き出した。


「よし、行くぜ、キャシー、スリー、トゥー、ワン、ゼロ」


ズボッ!!!!!


私はサザエさんがエンディングで「んがっぐっぐ」と喉を詰まらせるような呻きを発した。


ヌゴゴゴゴォ!!!!!!!!!!


ジャックの二本の人差し指が私のアナルを強打した。


「ウッヒヤー、キャシー、第二関節くらいまで、あんたのケツの穴にめり込んだぜ。これぞ会心の一撃つー奴だな。クリティカルヒットでメタルスライム始末して経験値めっちゃ稼いだ気分だぜ、ヒャッホー」


振り返るとジャックはカンチョースタイルのまま人差し指をクンクンしていた。


「何かいやらしい匂いがする」


私は、あまりの激痛に産まれたての子羊のように足をプルプルさせていた。


「ジャ、ジャック、臭いを嗅ぐのだけはよしてちょうだい」


ジャックはにこりと笑って言った。


「キャシー、音楽でも聴こうぜ」

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