35.ジャックって素敵な名ね

「かーんぱーい」


バーボングラスをカチンと突き合わす私とドライデン。


グビグビグビグビ。


カァーーー!!!


堪りませんな。ひりつきながら五臓六腑に染み渡る何物にも代え難いこの感覚。


介護用紙おむつの如く臓器どもに吸収されていく琥珀色の液体。


程好く解けたクラッシュアイスで良い感じのオン ザ ロックへと仕上がっている。


昨日、飲んだドンペリのプラチナが神が創りたもうた甘美の雫ならば、この琥珀色の液体は、さながら地獄の番人が月明りの下でコトコト煮込んだムーンシャイナー(密造酒)とでも言ったところだろうか。


私は一気にバーボングラスの半分くらい呷った。


西部、開拓時代。


私は砂埃に吹かれる寂れた安酒場に迷い込んだ流浪のガンマン。


「親父、テキーラをショットで頼む」


バセドウ病の患者のように痩せ細って目ん玉がぎょろりと飛び出たバーの親父が無言でカウンターの端からショットグラスに注いだテキーラをスライドさせて寄越す。


私は、そのショットグラスを受け止め間髪入れずに一気に呷る。


ショットグラスをドンとカウンターに叩きつけイカれたジャンキーのようにペロリと舌舐めずりしてバーの中をぐるりと見渡す。


どっかにカモになるヤローはいねえかと。


さながら気分は『バック トゥ ザ フューチャー』のビフ タネンだ。


「それにしても、あんた酒つえーな、マッキンタイアー」


私は気さくな近所のおばちゃんのように言った。


「キャシーでいいわよ、私とあなたの仲じゃない。音楽の趣味が合うソウルメイトじゃないの」


ドライデンが気恥ずかしそうに笑みを返す。


「そんなら俺の事もジャックと呼んでくれていいぜ」


「ジャック、素敵な名ね」


ドライデンが耳の後ろをポリポリと掻きながら言った。


「実は俺がジャックって名付けられたのにも親父が仲間内でやってたポーカーに縁があってよ。その日の晩は親父は負けが込んじまってて賭ける金が無くなる程すっからかんになっちまっててよ。そんでもって親父のヤローはおふくろから誕生日に貰ったタグ ホイヤーの腕時計を賭けちまうつー訳になっちまって。そんで、親父は仲間内のおっさんどもに言った訳よ。『おめえらの手持ちのチップじゃわしの腕時計と釣り合いが取れとらん。おめえらも腕時計とありったけのチップを場に張れ』って抜かしやがったんだ。ポーカー仲間の内の二人のおっさんは親父に『馬鹿を抜かすな』って突っ撥ねたんだけどもよ。一人のおっさんがこう抜かしやがったんだ。『俺の時計はロレックスのデイトナだ。お前がかあちゃんから貰ったんだか何だか知んねえタグ ホイヤーじゃ俺との釣り合いが取れてねえじゃねえかよ。悪い事は言わねえ。とっとと今日は家にけえってかあちゃんのおっぱいでもしゃぶってろ、カート』ってね。頭に来た親父は先月、新車で買ったばかりのポンティアック ファイヤーバードを賭けるなんて言い出しやがってな。そしたらロレックスのおっさんが『カート、おめえがそこまで言うんなら去年買ったばっかのカマロを賭けてやろうじゃねえか』ってサシの勝負になった訳なんだよ。そんでロレックスのおっさんの出来上がった手札が3が2枚とクイーンが3枚のフルハウスでよ。この大一番で良い手が完成したって訳でよ。一方の親父もジャックが3枚とハートのエース、それにクローバーの3っていうスリーカードだった訳よ。まずまずの手だがよ。フルハウスの方がつえーからな。で、親父もロレックスのおっさんの顔色を見て良い手が出来てるなってのが分った訳よ。なんでも、そのおっさんは良い手が出来上がった時には右の眉がピクピクと痙攣するそうなんだよ。で、親父も腕時計と車を賭けてっからホールドする訳にもいかなくなっちまって3を切ってジャックかエースを引いてくるのに賭けた訳よ」


私は、「ほほう」と前のめりになりながら話に聞き入った。


絶対にジャックの親父さんはジャックを引いてフォーカードを完成させたかエースを引いてフルハウスを完成させたに違いない。


ロレックスのおっさんは3とクイーンのフルハウスだからジャックとエースの親父さんの方が強い。


この話の流れから察するにジャックの親父さんはスペードのジャックを引いてフォーカードを完成させたに違いない。


絶対にそうだ。


そうに決まってる。


ジャックの親父さんはスペードのジャックをここぞとばかりに引き当ててロレックスのデイトナとカマロを手に入れたんだ。


きっとそうに違いない。


私はシーバスリーガルをぐびりとやって食い気味に聞いた。


「で、どうなった訳なのよ」


ジャックが、そーまぁ~あんた焦りなさんなよといった案配でマールボロを銜えて火を点けた。


大きく紫煙を吐き出してシーバスリーガルをぐびりとやるジャック。


にやりと笑ってジャックは言った。


「で、親父はクローバーの3を場に切って山から一枚引いたのが…」


スペードのジャックでしょ、そうなんでしょ、あんたの親父さんはスペードのジャックを引いてロレックスのデイトナとカマロをせしめたんでしょ。


ジャックが続ける。


「親父が引いたのはスペードの…」


絶対にジャックだ。


だから、この男、私のソウルメイトはジャック ドライデンとしてこの世に生を受けたのだ。


ジャックが私の目を覗き込んで言った。


「3」


な、な、な、なんでそーなるの!


私は欽ちゃんジャンプをしてその場にずっこけた。


「ちょ、ちょっと、ジャック、ロレックスのおっさんが3を2枚持ってて、あなたの親父さんがクローバーの3を場に切ってカードを1枚引いたんでしょ。じゃ、山には3が1枚しか残ってないって事になるでしょ」


ジャックが気持ち良さげに紫煙を燻らせにたりと笑った。


「まっ、そーゆーこったな。親父はクローバーの3を切ってスペードの3を引いた訳だ。ここ一番で強運ならず凶運を見せつけてやった事になるわな。親父も今のあんたみてえに、その場でずっこけちまったそうだ。で、おふくろに貰ったタグ ホイヤーと新車のポンティアック ファイヤーバードをロレックスのおっさんに持っていかれちまったって訳さ。そん時におふくろが身籠っていたのが俺って訳。一か月後の11月11日に産まれたんだ、この俺が」


「で、親父さんはどうしたの?」


ジャックが空になった自分と私のバーボングラスにシーバスリーガルを注いで言った。


「蒸発しちまった」


私は親のマスターベーションを目撃してしまった子のように目を丸くした。


ジャックが一口呷って続ける。


「で、おふくろが家出人の届けを出した訳。親父は、おふくろに貰った腕時計と新車のファイヤーバードをクソの役にも立たねーつまらねープライドで失っちまって帰るに帰れなくなっちまった訳。で、2週間後、隣の隣、ウォルマート発祥地このベントンビルの駅の近くでホームレスになってたとこを発見された訳よ。で、帰って来た親父からおふくろが一部始終を聞かされ俺が11月11日に生まれたんで親父が、あん時ジャックを引いていたらって事で俺はジャックって名付けられた訳。で、ロレックスのおっさんも本気で腕時計と車を形に取るつもりは無かったみたいで親父が消えちまった翌晩に返しに来たんだけどよ。で、俺はでかくなってから親父に聞いた訳。『あん時、ジャックを引いてたら親父はロレックスとカマロを貰ったたのか?』ってね」


「で、親父さんは何て?」


「『勿論、当たりめえだろ』ってさ」


私は笑った。


「親父さん、ちゃっかりしてるわね。『カッコーの巣の上で』『シャイニング』『最高の人生の見つけ方』なんかで名演を見せてくれた盟友ジャック ニコルソン。クリームのジャック ブルースにホット ツナのジャック キャサディなんて名ベーシスト。それに、ちょっとマイナーだけどモータウンで軽快なタンバリンを聴かせてくれて後にフィード パイパー プロダクション、ジャスト プロダクションを開いたジャック アシュフォードなんて人もいるから、あなたもソウルシンガー、ブルースシンガーとしてきっと成功すると思うわ」


「そーなっといいな」


ジャックがマールボロを抜き取り私にも勧めた。

私も一本抜き取るとジャックが火を点けてくれ自分の煙草に火を点けた。


私はバーボングラスを手に取りジャックに言った。


「あなたの素晴らしい未来に」


ジャックは、またしても気恥ずかしそうにバーボングラスを手に取り私のグラスにカチント合せて言った。


「あんがと」」って…

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