33.現実を直視

つむじ風のように突然現れ存在感とユーモアという爪痕を残して立ち去って行ったFBIの奴ら。


マードックよ、せいぜい今晩はトロイとの熱いファックを思う存分楽しむがいい。


明日から二度と見つかる事の無い兄ちゃんの捜索にあんたは従事する事になるのだから。


パーキンスが上手い事FBIの奴らを煙に巻いたのをいい事に上機嫌だ。


「フッ、どうやら事無きを得たようだな、ドライデン」


ドライデンが肩を竦めて言う。


「さあ、どうでしょう、自分には何とも言えません」


私は冷蔵庫に行きハイネケンを3本持ってパーキンスのデスクに戻った。


「まあ、FBIの人達もああ言ってるんだから心配無いんじゃないの。まあ、先ずは祝杯といきましょ」


私は下投げで缶が振動しないようにそっとパーキンスとドライデンにハイネケンを投げて渡した。


胸元でパシッとキャッチするパーキンスとドライデン。


プシュ!


プルタブを引く小気味よい音が保安官事務所に響く。


「ちょっとハプニングで素敵な夜に」


私はハイネケンを頭上に掲げた。


「ああ、そうだな。こんなスリリングな夜もおつなもんだな、アハハハハ」


パーキンスが高笑いする。


ドライデンがニヤッと笑って目ん玉をぐるりと回して見せた。


パーキンスとドライデンも私に釣られハイネケンを頭上に掲げた。


まるで三銃士のように…


一気にハイネケンを呷る私とパーキンスとドライデン。


「プッハァー、うんめえー、ゲプッ、あら失礼」


私の自然体な立ち居振る舞いに絆され自然と笑みになるパーキンスとドライデン。


パーキンスがマールボロを私とドライデンに勧めて火を点けてくれた。


ドライデンがパーキンスに言う。


「保安官、恐縮です」


「いや、俺もいつもガミガミ言っているがお前もお前なりに頑張っていると俺は思っているんだ」


ドライデンの肩をポンと叩くとパーキンスもマールボロを銜え火を点けて気持ち良さ気に紫煙を燻らせる。


そして、虚空に揺蕩う紫煙をぼんやりと見つめていたパーキンスが、ふと何かを思い出したようにぽつりと漏らした。


「そう言えば、お嬢ちゃん、あんた弁護人に連絡してなかったよな」


あっ忘れてた。


あまりにもスリリングで楽しい時間を享受していて自己の保身の事は二の次になっていた。


現在、私が置かれている身は市の迷惑防止条例違犯、飲酒運転、器物損壊の容疑者という身分だった事をすっかり忘れていた。


市の迷惑防止条例違犯は私とパーキンスの間で取り交わされた決して人には口外されない密約によって免れたのだが。


それでも飲酒運転と器物損壊という罪状は、ちと厄介だなぁ~。


ドライデンがパーキンスの一言に突き動かされるように取調室のラップトップの前に行った。


「あっ、保安官、今のうちに供述書を裁判所と検事局に送っておけば罪状が罪状なんで今夜一晩のお泊りでマッキンタイアーの拘留は解かれるんじゃないんですか?」


流石、ソウルメイト、ドライデンよ。


私の身を気遣って一日でも早く拘留期間を解いて自由の身にしてくれようというのだな。


「うーん、それもそうだな、ドライデン」


パーキンスが長く伸びた揉み上げを人差し指と中指で摩りながら言う。


ドライデンが取調室のラップトップをカタカタと叩いて私の嘘八百の供述が保存されていたファイルを開いた。


ドライデンがディスプレイに浮かび上がって来た文字を読んで振り返りざまにパーキンスに尋ねた。


「供述書から市の迷惑防止条例違反の罪状が抜けてますが、保安官」


いいのいいの、我がソウルメイトよ、それは無かった事になってんだから。


私はキャッキャッと声を上げて遊んでいる可愛い孫を目を細めて愛しそうに見つめている祖母のようにドライデンを見た。


パーキンスが煙草を灰皿で揉み消しながら言った。


「迷惑防止条例違反は防犯カメラをチェックしたが、それらしき行為に及んだ形跡は確認できなかった。だから、その件は容疑不十分で不起訴だと検察官に申し送りしといてくれ」


クックックックック、ジェイクのマセラッティのボンネットの上に吉野家の特盛よろしく!極太特大うんこを産み落とした事実は抹消され、あのアンディウォーホル級のモダンアートは第三者の仕業という事になっている。


ほんとは声を大にして世界の中心で愛を叫ぶように絶叫したい。


このポコチンからうんこが射精しているかのようなウォーホル級のモダンアートは私が創造したんだよーーー!!!


いくら泥酔し酩酊状態だったとはいえ、この天晴さ加減と駄目さ加減に私は社会人としての適正を欠いているとしかいいようがないだろう。


ここは猛省し原点回帰で一からやり直すべきか?


原点回帰?


私は何時からこんな私になったんだろう?


はて?


私は何歳まで可憐で清楚な女の子で清廉潔白だったんだろう?


一からやり直すって私が産声を上げた時点まで遡らなければいけないのでは?


そう思い当たる節がバルーンフェスタで次々と地上から飛び立ち空高く浮遊する気球のように次から次に浮上してくる。


世の中との摩擦や軋轢が弯曲した方へと私を人格形成していったのだ。


世間の荒波が私をモンスターへと作り上げていったのだ。


そして、私はある日を境に己の中に潜在するモンスターを世の中の人間どもにひた隠しにして一応は常識人して上手く共存してきたのだ。


そして、今日までサヴァイヴしてきたのだ。


キャシーよ、お前はありのままのお前でいればいいんだ。


そうして38年間生きて来たんじゃないか。


私は残りのハイネケンを一気に飲み干しゲップをした。


「ゲプッ」


まっいっか!


キャシーよ、お前は変わる必要はないんだ。


お前は今のお前でいいんだ。


私は自身の中で派生していく蟠りを解決し喉のつかえが消えたような感じがした。


ケセラセラ。


なるようになる。


人生とはそんな物。


風に流され波に身を委ね飛ばされるがままに飛ばされ流されるがままに流されていればいいのだ、キャシーよ、ウキャキャキャキャキャ。


「お嬢ちゃん、明日の朝一に弁護人に連絡するといい。プハー、俺は疲れた」


パーキンスがハイネケンを飲み干し空き缶をデスクの横のゴミ箱にポイっと投げた。


カコーン。


空き缶はバスケットボールのネットに吸い込まれるようにシュートインした。


指を組み頭上に挙げると掌を天に向けて大きな欠伸をしながら背伸びするパーキンス。


「俺は疲れた。もう帰る。後は任せたぞ、ドライデン。ワイフは今日は実家に帰ってるから家でゆっくり寛ぐとでもするか」


おいおい、パーキンス、あんた、そんな事言っちゃって来々軒の親父と黒人のねえちゃん呼んで3Pパーティーでもおっ始めるんじゃないの。


パーキンスがデスクの引き出しから兄ちゃんが掻っ払って来たマールボロを熊のようなごつい手でワンカートン掴みハマーのキーをデニムのポケットから取り出すと人差し指にキーリングを嵌めてクルクル回しながらアニマルズの“ザ ハウス オブ ザ ライジング サン”を口笛する。


「んじゃ、帰っとすっか、後は頼んだぞ、ドライデン」


そう言い残しパーキンスは保安官事務所の入り口に向かった。


「はい、保安官、了解しました」


ドライデンがパッと敬礼する。


入り口を出る前にパーキンスは、こちらを振り返らずに右手を上げた。


ブルン、ブルン、ブルルルルン。


ハマーの超弩級な重低音の排気音が聞こえるとパーキンスはゆっくりと夜の帳へと消えて行った。


後は夜が明け白日の下に晒されるアルミホイールの傷に気付かないでいてくれる事を祈るだけだ。

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