31.FBI捜査官ジェフリー マードックとその部下達
ドライデンが通話を終えると不味い事になっちまったなというような表情でこちらを窺った。
「不味い事になっちまった。今からFBIの奴らが来るそうだ」
私は大学の女子寮の寮母のおばちゃんのように胸をパンと打ってドライデンを落ち着かせた。
「私に任せて。私はバーで酔っ払って一悶着あって此処にいる事にするの。あなたはパーキンスが兄ちゃんの実況見分で出掛けなくちゃいけなくなって非番で家で一杯ひっかけていたところを呼び出された事にすればいいのよ。さあ、人生ゲームを片してちょうだい。私はビールの空き缶とか食べ掛けのポテトチップスとかナッツとか片しちゃうから」
ドライデンが、よし来たといった感じで素早く人生ゲームを自分のデスクの引き出しに仕舞いに掛かった。
私もハイネケンの空き缶やポテトチップスやミックスナッツの食べ掛けをセブンイレブンのビニール袋に放り込んでシンクの下の開きに隠した。
デスクの上のポテトチップスの食べかすを手で床に払い落とし灰皿にこんもりとなっている吸殻をゴミ箱に捨てて青雲の線香を焚いた。
フローラの香りが穢れ切った保安官事務所を聖なる高みへと浄化していく。
仏壇を並べていれば此処はさながら長谷川仏壇店の見本市といったところだろう。
私は被っていたパーキンスのステッドソン帽をマホガニーのデスクの上に置き一先ずFBIを迎え討つ手はずは整った。
ここで下手を打てば死体遺棄幇助の罪が私に待ち受けている。
用心に越した事はない。
昔、ラジオで聴いた。
成功する経営者はリスクヘッジ出来る人物だと。
今、自分がどう行動すれば先にある危険を回避出来るのか?
それを予見出来れば失敗する事は無いのだ。
私は、それが出来る女、キャシー マッキンタイアー、38歳。
保安官のポコチンをフェラしてあげただけで脱糞女、うんこ女、極太特大クソ女という汚名を拭い去った女だ。
私はFBIを迎え討つ準備が整った事に気を良くして冷蔵庫にハイネケンを取りに向かった。
冷蔵庫を開けて思った。
あっ、危ない危ない。
また空き缶を増やすところだった。
私は危険を回避する女、キャシー マッキンタイアー、38歳。
どんな石橋でもハンマーでブッ叩いて渡る女。
私は冷蔵庫を閉めて取り敢えず煙草で勇む気を鎮めた。
ドライデンにも一服勧めて二人で紫煙を気持ち良さ気に燻らせていると保安官事務所の前でエンジン音が聞こえてきた。
最初はパーキンスが戻って来たのかと思ったが車の排気音と車のエンジン音が複数台であるというところから、すぐにFBIの奴らだと察した。
保安官事務所の前にはビュイックのハッチバックとトヨタのステーションワゴンが停まっていた。
ビュイックのハッチバックからブルックス ブラザーズのスラックスにフェラーリのポロシャツ、足下はクロケット&ジョーンズの革靴という中中ハイセンスな出で立ちの齢50と思わしき男が颯爽と降りた。
本人的には『逃亡者』のトミー“リー”ジョーンズを意識しているのかも知れない。
衣服には気を遣っているようだが頭頂部は空襲を受けた跡の焼け野原のように見るも無残にハゲ散らかっている。
顔はトム クルーズのように整っているのだが…
さながらトム クルーズの15年後といったところだろうか?
いや、今現在のトム クルーズもゲーハーで植毛かヅラかも知れない。
これは、あくまでも私の憶測なのだが…
セレブの世界では何事も秘密厳守で行われているのである。
その誓いを破った者はそれなりの代償を払わせられるのだ。
横のステーションワゴンからはポロシャツにスラックスの男とアロハシャツにジーンズの男、それとリクルートスーツの女の三人が降りてきた。
アロハシャツの男はボックスみたいな物を抱えているので鑑識だろう。
ハッチバックから降りてきたハゲ散らかった男を先頭に保安官事務所に入って来た。
ハゲ散らかった男がドライデンに言った。
「あんたが保安官のミスター パーキンスかい?」
「いいや、俺は保安官助手のドライデンだ」
ドライデンが右手を差し出した。
「俺はFBI捜査官のジェフリー マードックだ」
マードックが差し出された手を握り返す。
にこりと笑った瞬間に前歯の金歯がキラリと光った。
まるで黒人ラッパーのようだ。
私は、その道の先駆者、白人ゲッパーだ。
このゲーハーと対等に渡り合える女、キャシー マッキンタイアー様なのだ。
「で、ポロシャツの奴が部下のコスビー、で、スーツの女がトロイ。で、アロハで髪がもじゃもじゃなのが鑑識のホルムだ。俺達はいつもチームで動いてる。ま、言ってみりゃ一蓮托生って奴だ。ところで、あんた、ドライデンと言ったっけ。顔が赤いが一杯やってんのか?」
マードックが部下を紹介して鋭いツッコミをドライデンに入れる。
ドライデンは行き成りの先制パンチにも物怖じせずにのうのうと言ってのける。
「ああ、まいっちまったぜ。実は俺、今日非番でな、そんで家で一杯やってた訳。そしたら保安官が逃亡したドイル コズニックの取り調べ中に供述と一致しない点があるから実況見分に疑問を抱いてコズニックを現場に連れて行く事になって急遽呼び出しが掛かった訳なんだよ。録画していた『オプラ ウィンフリー ショー』を観ようと思ってたのによ」
ドライデンの自然体な切り返しはマードックに不信感を与えていない。
やるな、ドライデン!
マードックがドライデンに同情を寄せる。
「ああ、その気持ちよく分かるよ。俺も駆け出しの若い時分にはよく呼び出されたもんさ。で、そちらのレディは?」
ドライデンがさっき会ったばかりなんだとばかりに白々しく言ってのける。
「ああ、彼女か。彼女は、さっきバーでトラブっちまってな。俺が呼び出される前でパーキンス保安官が事情を聞くのに保安官事務所に来てもらった訳よ。まー、言ってみりゃ一般人。名前、確かマッキンナントカ、あー、マッキントッシュだったかなー」
さ、流石、私のソウルメイト、ジャック ドライデン。
私が、さっき使った偽名を以心伝心で察知するとは…
私はにこりと笑みを返すだけに留めておいた。
マードックが、へーそうなのかいといった感じで私を見た。
すると、保安官事務所の前で車が停まる音がした。
このエンジン音はハマーに違いない。
パーキンスが帰って来たんだ。
保安官事務所の入り口から、如何にもやっちまったな!と己のミスを悔やむような冴えない顔付きでパーキンスが入って来た。
競売で、大きな商談を取り逃がした経営者といった感じだ。
如何にも悔しがっている枯れた男の哀愁が滲み出ているような表情だ。
怪演だ。
やるな、パーキンス!
人を殺めておきながら虎視眈々と己のシナリオを完遂させる男、ジェイムズ パーキンス保安官、57歳。
2時間くらいの間に4回射精したというのは伊達ではない男。
おい、兄ちゃん、気安く俺に触れるとフォーティーフォーが火を吹くぜ。
ポコチンのでかさはグロックの22口径くらいだけどよ、ケッケッケッケッケ。
さあ、悪徳保安官、ジェイムズ パーキンス様のワンマンショウ始まり始まり。
パーキンスが入って来るなりFBIの奴らは一様に振り返った。
パーキンスがつかつかと自分のデスクに歩み寄りステッドソン帽を被って言った。
「俺が、この街の保安官ジェイムズ パーキンスだ。で、お宅らを仕切っているのは?」
マードックがパーキンスの存在感に圧倒されつつ一歩前に出た。
「お、俺だ、俺の名はジェフリー マードックだ」
パーキンスが右手を差し出しマードックに詫びた。
「この度は、あんたらに余計な手間を取らせちまって申し訳ない」
マードックが手を握り返し左手でパーキンスの肩をポンと叩いた。
「まあ、気にしなさんな。人間にはミスは付き物さ。まあ、俺から言わせれば人間その物が罪深い生き物だからな。この世に完璧なんて有り得ない話さ。おい、コスビー、この前ウェイクフィールド(注、アーカンソーにある刑務所)から脱獄した男、彼奴、名前なんて言ったっけ」
コスビーがしかつめらしい顔付きで答える。
「ウェス モンゴメリーです、ボス。あのジャズギタリストと同じ名前の」
マードックが左の掌を右の拳でポンと打って、アーそうだった!といったような顔付きで言った。
「パーキンス保安官、このモンゴメリーって男は間抜けな男でな、ホワイトハウスを爆破しようとして手製の爆弾を製造していて右手の親指と人差し指を吹っ飛ばしちまったバカな男なんだ。で、ギターを爪弾くにもピックが握れなくなっちまったって訳さ。名は、あのウェス モンゴメリーと同じ名のにさ、アハハハハ。で、コスビー、奴が脱獄して俺らは何時間で身柄を確保した?」
コスビーがしかつめらしい表情を微塵も崩さずに答える。
「11時間34分と23秒です、ボス」
マードックが、な!と私とパーキンス、ドライデンに己の有能さを誇張するかのような顔付きで一望した。
「まあ、そういうこった。パーキンス保安官、心配しなさんな。俺らに任せとけばあんたらの身は安泰だ。大船に乗ったつもりで俺らのエキスパートぶりを拝んでいてくれよ」
フッ、バカな男め、ジェフリー マードック。
兄ちゃんは湿地帯の泥の下でゆっくりおねんねしてるんだよ。
あんたが兄ちゃんを捕まえる時はあんたが地獄に落ちた時だ、ヒッヒッヒッヒッヒ。
マードックの高慢な態度にもパーキンスは低姿勢で物腰低く応対する。
「いやー、そうかい。そりゃー助かる。俺も八方塞がりでどうしようかと迷っていたところなんだ」
マードックがドライデンに尋ねる。
「ドライデン保安官助手、地図はあるかい?」
ドライデンが、ヤバッ!っといった感じで困った顔付きになった。
パーキンスがドライデンを急かす。
今もコズニックは逃亡中だ。早く地図を出せ、ドライデン」
ドライデンが仕方なく引き出しを開けた。
人生ゲームが「またオイラで遊んでくれるのかい?」といった感じでお目見えした。
パーキンスの眉尻がぴくりと動いた。
「何だ、そりゃ、そのボードゲームみたいなのは?」
ドライデンが緊迫した面持ちで答える。
「じ、人生ゲームです。甥っ子へのプレゼントにと思いまして…」
パーキンスがデスクの上のマールボロに手を伸ばし一本銜えて火を点けた。
「ふーん、そうか。だが、神聖なる保安官事務所に私情で私物を持ち込むとは感心せんな。今後こんな事が続くとお前の人生の転換期が訪れる事になるぞ。それでお前の人生もゲームセットだ」
パーキンス、あんたが言うなよ。
あんたもポルノのDVDを引き出しに忍ばせて来々軒の親父と共有してるじゃないか!
「い、以後気を付けます」
アロハで髪がアフロみたいにもじゃもじゃなホルムがドライデンをフォローする。
「子供ってのは何でも欲しがるからな。俺もうちのチビ達がおねだり三昧でまいっちまうよ」
ドライデンが人生ゲームの下から地図を取り出しパーキンスに手渡した。
マホガニーのデスクの上に地図を広げるパーキンス。
パーキンスが地図を指差して言う。
「コズニックが事に及んだ現場はユーレカスプリングス南東1,5kmのこの地点だ。西には国道62号線が走っている。車を盗んで逃走している可能性は大だ。なんせ奴は車窃盗でパクられた前科があるからな」
マードックがパーキンスの話を吟味しコスビーに的確な指示を送る。
「コスビー、62号線に3km置き、それとハイウエイの出口に郡警察のありったけの人員を投入させて検問を張れ。夜が明けたら上空にはヘリとドローンを飛ばして巡視させろ。それと今から2時間以内に盗難届が出ている車の型とナンバーを根こそぎ検問中の警官に伝えろ。後、地元の猟銃会の奴らに協力してもらって警察犬と猟犬を駆りだして近辺の山や森に潜伏してないか当たらせろ」
コスビーがしかつめらしい表情で答える。
「了解です、ボス」
コスビーがスマートフォンをスラックスのポケットから取り出し郡警察に電話する。
「こちらFBIのレオン コスビー捜査官だ。署長を頼む」
暫く待つと郡警察の署長が受話口に出た。
「もしもし、署長、私はFBI捜査官レオン コスビーです。今現在レイプ事件で逃亡しているドイル コズニックの捜査の指揮権は私のボスのジェフリー マードック捜査官が執る事になったのでご了承を。ボスからの指示を伝えるのでお願いします。62号線に3km置きに検問を張りハイウェイの出口にも同様にお願いします。今から2時間以内に窃盗にあった車のナンバーと型を全警官に伝えてください。後、地元の猟銃会のメンバーにも警察犬と猟犬を使用してユーレカスプリングス近辺の山や森の捜索をお願いします。上空からはヘリとドローンで明朝から巡視させてください。何か掴んだらマードック捜査官に一報を。では、お願いします」
マードックがよくやったとばかりにコスビーを見やった。
パーキンスが気を利かせてドライデンに指示した。
「そういえば、あんたらにコーヒーの一つも出してなかったな。ドライデン淹れてお出ししろ」
マードックが制止する。
「いや、それには及ばんよ。コーヒーなんてのは女に淹れさせるもんだ。トロイ、コーヒーを淹れてやれ」
男尊女卑とは、どんな世界でも根絶できないものである。
男とは身勝手で愚かな生き物。
リクルートスーツのトロイが、何であたしが淹れなきゃならないのよといった感じで眉間に皺を寄せぎろりとマードックを睨んだ。
マードックがトロイの睨みを鋭い眼光で跳ね返す。
「何だ、その目付きは」
ボスは、この俺様だ!
マードックの鋭い眼光は何も述べなくともそれを示唆していた。
観念したトロイはトボトボとコーヒーメーカーの前に行きコーヒーを淹れ出した。
ポコポコポコポコ。
コーヒーの何とも言えない香しい香りが鼻孔を駆け抜ける。
トロイがコーヒーを淹れて先ずはボスであるマードック、そして初見のパーキンス、ドライデン、同僚のコスビー、ホルムへと手渡し一息入れて自分もコーヒーを啜る。
あれ、私のが無い!
同じだ!
昨日のフィオナ邸と同じだ。
ふむふむふむ、これがデジャヴという奴ですな。
いや、感心している場合ではない。
私は一人除け者にされているのだ。
私が沸々と怒りを滾らせているとマードックがトロイに向かって罵声を浴びせた。
「おい、トロイ、お前角砂糖はいつも3つ入れろと何度言えば解るんだ、このウスノロ。俺は甘えん坊で甘ったれの甘ちゃん中の甘党だって言ってんだろうが。俺はパパやママに甘やかされて育っているんだ。パパやママにおねだりして買ってもらえなかった物なんてこの世に一つもねえんだ。そんなこったからお前の頭はとろいんだよ。だから亭主がNASAの宇宙飛行士の見習いの家に垂らし込んでんだよ」
トロイが正鵠を射られムキィーーー!という表情でマードックを睨み返す。
いい気味だ。
マードックがトロイを嘲る。
「何だ、その顔は。図星だろ。人間ってのはほんとの事を言われるとムキになるからな。お前のその表情が雄弁に物語っている。私はドジでマヌケなノロマのカメなんですとな。お前が俺のチームにいられるのも俺がムラっときた時の性処理係だからだ。そうでなかったら無能なお前を俺が使うと思うか。顔は普通で地味なお前を。えー、解ったか、このドジでマヌケなノロマのカメヤロー」
マードックの叱責に場がシーンと静まった。
私は、ふと疑問に思った。
パパとママにおねだりして買ってもらえなかった物は一つもない?
私は、その疑問を率直にマードックにぶつけた。
「マードック捜査官、パパとママに買ってもらえなかった物がないって言ってたけど何故あなたはパパとママにヅラをおねだりしないの?」
マードックが即答した。
「人間は自然体でいる事が何よりだ」
一同はマードックの何気ない深い言葉に「ふむー」と頷いた。
だから、この人は甘えん坊で甘ったれの甘ちゃん中の甘党の利かん坊なんだと…
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