30.ドライデンと遊戯
私は60インチの壁掛けの4Kテレビでスマートテレビを利用してアマゾンプライムで『スポンジ ボブ』を観ていた。
「スポ~ンジ ボ~ブ ズボンは四角~♪スポ~ンジ ボ~ブ ズボンは四角~♪」
『スポンジ ボブ』の歌を口遊みながらキャッキャッと笑う私。
めっちゃ癒される。
仕事、首になったらスポンジ ボブとカーニーバーガーで一緒に働こっかなー。
ハイネケンも既に4本目に突入。
ポテトチップをバリバリと豚のようにがっつく私。
「ゲプッ」
既にジョアンの箴言は何処か遠くの宇宙の片隅で藻くずとなって消えていた。
壁の鳩時計が9時の時を知らせた。
クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー、クルックー。
うっせーー鳩。
其処で喧しく喚いている暇があったら伝書鳩となってドライデンに早く来てくれと伝えろ、このボケナス。
私はハイネケン片手にマールボロを大きく燻らせながらデスクに足を投げ出して鳩にぼやいた。
すると、鳩に私の意思が通じたのか!
ドライデンが保安官事務所に入って来た。
めっちゃ寛いでる私を見るなりドライデンが脇に抱えていた物をどさりと落とした。
私は言った。
「落としたの、何?」
ドライデンが言った。
「じ、人生ゲーム。あ、あんたが暇だろうと思って家から持って来た。と、ところであんた、一体どうなってんだ、こりゃ。さっきから何回も電話してたんだぜ。最初は通話の呼び出し音が鳴ってたけど途中から通話中に切り替わってそれからずっと通話中だ。それに保安官は何処に行っちまったんだ?」
「何度も掛かって来ていた電話あなただったの。あれ、でも電話はもう切ったから通話中ってのはおっかしーなー」
私は電話を見た。
ちゃんと受話器が掛かってない!
だ か ら かー!
私はドライデンに言った。
「受話器がちゃんと掛かってない。だから通話中だったんだ。まっ、このままにしといていいんじゃないの。これから人生ゲームもするんだしー」
「と、ところで保安官は何処にいるんだ?」
ドライデンが人生ゲームを拾いながら言った。
「何か兄ちゃんの実況見分で不十分なとこがあるらしくて兄ちゃん連れて出て行ったまんまそれっきり。だから、私が保安官代理として此処に残された訳」
「はっ?」
ドライデンは自分のデスクに人生ゲームを置いてデスクチェアにどっかと座った。
私はマールボロをドライデンに差し出す。
「それ、保安官のじゃねえのか」
私は肩を竦めて見せた。
「これ、臨時収入で差し入れの分。3カートンはあなたの分。あー、後ビールとポテチとミックスナッツも差し入れ。近所の日本食屋の来々軒ってとこの親父が持って来た。なんでもいつも世話になってるからって言って」
ドライデンが赤マルを一本抜き取りデスクでトントンしてから銜えると1ドルショップのライターをデスクで探した。
「あれ、おっかしーなー。さっきまで此処に置いてた筈なんだけどな」
「ああ、それ、取調室のデスクの上」
私はパーキンスのジッポで火を点けてやった。
「サンキュ」
ドライデンは天を仰いで紫煙を大きく虚空へ燻らせると煙で輪っかを作ってポコポコと吐いた。
何て器用な男だ。
私も真似てみた。
ひょっとこのように口を窄ませポコポコと吐いてみたが全然出来ない。
傍から見れば水面に餌を求めて浮上して口をパクパクさせている鯉とでもいったところだ。
「下手だな、あんた」
ドライデンが呆れた顔で私を見る。
私は尋ねた。
「なんで遅くなったの」
「車を運転して来てたらよ、いきなし目の前に飛び出して来たじいさんがいてよ。危うく轢き殺しちまうとこだったぜ」
ドライデンがTシャツの胸の生地を摘んでフーっと大きく息を吐く。
さぞかし危なかったのであろう。
ドライデンが紫煙を燻らせながら続ける。
「俺は車から降りて『じいさん、死にてえのかよ。危ねえとこだったぜ』って言ってもじいさんは知らんぷり。で、首からパスポートみてえなのぶら下げてる訳。よく見ると、そのじいさんはラモント シーゼルって言うじいさんで認知症で徘徊するので見かけたら電話くれって書いてた訳。で、じいさん放ったらかしにしとく訳にもいかねえしよ。で、電話したら娘さんが出て旦那がじいさん探しに車で行ってるらしくてよ。で、仕方ねえから俺が隣町まで送ってった訳。だから、遅れちまったの。で、何度も電話してたけど繋がんねえし。まあ、そんなこった」
昨晩、私の脳内で忙しなくグルグル徘徊し「この通りがディランがストリートパフォーマンスをしていた場所でしょうかな?」と言ってたじいさんは此奴ではなかろうか?
ドライデンが私に尋ねた。
「で、何で御香なんて炊いてる訳?」
「あっ、これ。あなた達、男の職場って汗臭くて男臭いじゃないの。イメチェンよ。これから女子にモテたかったらアロマの一つや二つは始めなくちゃね」
「ふーん、そんなもんなのかなー」
ドライデンが着ているミッキー マレイのソウルTシャツの袖の部分の臭いをクンクンと嗅ぐ。
私は冷蔵庫から自分の分とドライデンの分のハイネケンを取り出しドライデンに渡した。
同時にプルタブを引き乾杯する。
「じゃ、お疲れ」
缶を突き合わせゴクゴクとハイネケンを呷る私とドライデン。
ドライデンがデスクの上に人生ゲームを広げ出した。
私はポテトチップスとミックスナッツをドライデンのデスクに移動しパーキンスのキャスター付きデスクチェアで氷上を舞うフィギュアスケーターのように滑って行った。
ビールと煙草をやりながら人生ゲームに興じる私とドライデン。
「1、2、3、株に投資して1万ドル儲かる」
「1、2、3、4、5、儲かった1万ドルを競馬で700万ドルに増やす」
「1、2、3、4、5、6、タックスヘイヴンでパナマにペーパーカンパニーを設立」
「1、2、3、4、5、億万長者ロードを順風満帆に驀進中!」
「1、2、3、4、5、6、金に物を言わせてスーパーモデルのかみさんをゲット!」
「1、2、3、秘書とセックスして隠し子が出来る」
「1、会社の方は右肩上がりに成長」
「1、2、3、4、隠し子がかみさんにバレる」
「1、2、3、4、5、家に帰宅するとかみさんが他人のポコチンをしゃぶっていた」
あっ、これはジョアンの事だなー。
今頃、旦那のポコチンは体から分離しているところだろう。
「1、石油発掘に参入して石油を掘り当てもう一丁、一攫千金」
「1、2、3、4、FXで損失10万ドル、損失は然程痛くない」
「1、2、タックスヘイヴンが脱税と認定され追徴課税5億5000万ドル持って行かれる、この辺りから雲行きは怪しくなる」
「1、2、3、4、5、6、かみさんとの離婚調停が纏まり慰謝料で財産半分持って行かれる」
「1、2、3、失った莫大な富を取り返そうとヴェガスで大勝負に打って出て裏目に出る」
「1、2、3、4、5、6、自己破産してホームレスになる」
「1、ホームレスで街を徘徊してたら女子高生のお姉ちゃんに『あたし、汚くてくっさ~いチンポが好きなの』と誘われてトイレに引きずり込まれる」
「1、2、3、アルミ缶をリサイクルショップに持ち込み8ドル53セントになる」
「1、2、3、4、5、6、この前の女子高生にマックを奢ってもらう」
「1、2、3、昔の伝手を頼ってマフィアに拾われてマネーロンダリングで資金を洗浄」
「1、2、3、4、金持ちだった頃を思い出し欲が出てマフィアの金を使い込む」
「1、2、3、使い込みがバレてポコチンを生きた状態で切り落とされて始末される」
私は言った。
「この人生ゲーム、ちょっとリアリティに溢れてるわね」
ドライデンが冷蔵庫からハイネケンを取り出しながら言った。
「ああ、イカしてんだろ。さっき言ってたフロイド叔父ちゃんの息子で俺より3つ年下のチェビーって従兄弟がおもちゃメーカーに勤めてるんだけど俺が企画して奴に作らせた」
ドライデンが私にハイネケンを渡して自分のデスクチェアにどっかと座りデスクの上の人生ゲーム、ポテトチップス、ミックスナッツ、煙草、灰皿をぐるりと見渡してから何かを思い出したかのように言った。
「あっ、いっけねー。スマフォを車の中に忘れちまってる。ちょっくら取りに行って来る」
ドライデンが外に出て行く。
私は6本目のハイネケンのプルタブを引いて一口呷り4Kの『スポンジ ボブ』に目をやった。
入り口からスマートフォンのディスプレイを見ながら「やっべー、何度も保安官から着信入ってる」と耳の後ろをポリポリと掻きながらドライデンが入って来た。
流石パーキンス。
保安官事務所に電話が通じないという状況下でドライデンに何も連絡していなかったら兄ちゃんが逃亡しているという設定で口裏を私と合わせているのでかえって怪しまれると思ったのだろう。
なので何度も着信を残しているのだ。
ドライデンが、さて困ったぞといった面持ちで思案する。
「私が代わりに掛けてあげよっか?」
「い、いや、いい。俺が掛ける」
ドライデンがパーキンスにリダイヤルした。
1コールでパーキンスが出た。
パーキンスが出て行ってから3時間が経過していた。
「もしもし、保安官、俺です。済みません、スマフォを車に忘れていたもので。保安官事務所の電話の受話器が上ってたのも今気付きました」
スマートフォンから通話音が聞こえて来た。
「何度も掛けたんだぞ、ドライデン。それよりも不味い事になっちまった。ドイルのヤローに逃げられた。奴がトイレに行かせてくれと言ってちょっと目を離した隙に」
「えっ」
ドライデンが驚愕する。
「俺は、もう30分ばかし辺りを捜索する。今、FBIに応援を頼んだ。もうじき、そっちに捜査官が着くだろうから頼んだぞ」
名演だ。
パーキンスは兄ちゃんを自分で殺しておきながら死体を遺棄して自演自作で逃亡に見せ掛けるという大胆不敵な目論見を完遂させようとしているのだ。
ジェイムズ パーキンス保安官、57歳、昼夜を問わず白濁の弾丸を連射し続けるガンマンにして、この街の保安官。
恐るべし、恐るべし、恐るべし…
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