27.さよなら兄ちゃん

パーキンスが顔をしかめて言った。


「お、お前、ほんとに殺っちまったのか?」


兄ちゃんは折られた前歯の感触を確かめながら言った。


「オー、いってえー。俺が銃を突き付けて『黙って大人しくしてれば命までは奪わねえ』って言ってんのに、あのクソ親父、ショットガンをカウンターの下から取り出して行き成り俺の顔面を台尻で殴りつけて銃口を鼻頭に突き付けるとこう言ったんだ。『小僧、わしの店で狼藉を働くとはいい度胸をしておる。観念して豚箱に行くがよい。どうせ、その銃もはったりなんじゃろう。わしに小細工は通用せん。さあ、頭の後ろで腕を組んで腹這いになれ』ってね。俺、ただでさえあんたに一本前歯を折られてんのに、また親父に残りの一本も折られちまってさ。だからさ、すっげーむかついて親父の銃口を下から払い除けてから銃口を掴んで親父を踵で蹴り飛ばしたんだ。すると、親父は後ろに吹っ飛びショットガンは俺の手中に収まったって訳でさ。で、台尻で前歯を折られた俺は頭にきちゃっててさ。親父に言ってやったんだ。『親父、俺にショットガンを向けるなんざ、いい度胸をしてるじゃねえか。あんたの度胸に敬意を表して今からあんたの脳味噌を吹っ飛ばしてやるぜ』ってね。で、ショットガンが火を吹いて親父の頭はミンチになったって訳さ」


車窃盗と強姦まで犯した上に殺しまでやるとはと私はこの兄ちゃんに一目を置こうとしていた。


パーキンスが顔面蒼白になって兄ちゃんに尋ねた。


「で、親父は死んだのか?」


兄ちゃんはせせら笑いながら言った。


「ああ、今頃、地獄で餓鬼どもと乱痴気騒ぎしてると思うよ、ヘヘヘヘヘヘ」


「で、俺が渡したリボルバーは?」


兄ちゃんは思い出したかのように言った。


「あっ、いっけねー、忘れてきちまった」


パーキンスの蒼白度はみるみる増して言った。


暫しの沈黙と重い空気が取調室を支配する。


パーキンスは頭を抱えながら、この窮地を如何に脱しようかと思案を巡らせていた。


私も事の重大さと己の悪ノリに良心の呵責を痛感していた。


すると兄ちゃんが「クックックック」と気でも触れたかのように笑い出した。


これが殺人鬼の狂気という奴かと背筋がぞくりとした。


すると、兄ちゃんは快楽殺人による陶酔からだろうか?


満面の笑みを湛えた。


そして言った。


「全部うそぴょ~ん。なんちゃってぇ~。前歯を折られたところまではほんとだけど俺が揉み合いになってショットガンを奪ったら、じいさんブルっちまってお漏らししてやがんの。リボルバーもここにあるよ。さっきから、あんた達、俺の事こけにしてっからやり返してやろうと思ってたんだ。からかわれた気分はどうだい?」


兄ちゃんは、してやったりという表情でほくそ笑み腰の裏に差していたリボルバーを取調室のデスクの上に置いた。


私は、やられたーと思ったが死人が出てないというだけで胸を撫で下ろした。


パーキンスはヒヒの尻のようにみるみるうちに顔を紅潮させていき目が血走っていった。


い、怒っている。


私は不吉な前兆を察知した。


「て、て、てめえ、俺をコケにしてんのか。この街の保安官ジェイムズ パーキンス様を…」


そのパーキンスの怒りを察知した兄ちゃんは蒼褪めた。


つかつかと兄ちゃんに歩み寄りパーキンスはフォーティーフォーに手を掛けた。


一歩退く兄ちゃんを睨めつけフォーティーフォーをガンホルダーから抜き取ると目にも止まらぬ速さで頭上に振りかぶりグリップの台尻を兄ちゃんの耳に目掛けて叩き込んだ。


グシャ!


鈍い打撃音とともに兄ちゃんの耳が裂け血飛沫が宙に舞った。


「ギャアーーー!!!」


トマホークチョップのような台尻での衝撃に兄ちゃんの内耳は破壊され鼓膜が破れたのは必至だと思われる。


三半規管をやられた兄ちゃんはよろよろとよろけて跪いた。


パーキンスの表情は『エクソシスト』の少女に憑依した悪魔のように何かに取り憑かれたような顔つきに豹変していた。


跪いて耳を抑えている兄ちゃんの蟀谷に鋭角にグリップの台尻を何度も何度も叩きつけるパーキンス。


グシャ!


グシャ!


グシャ!


グシャ!


グシャ!


耳を覆いたくなるような打撃音が取調室に反響する。


そして、数十発の打撃を喰らった末に兄ちゃんはばたりと後方に崩れ落ちた。


私は手で覆った指の隙間から兄ちゃんを凝視した。


ぴくりともしない。


私は恐る恐る兄ちゃんに近付き脇腹を爪先で数回小突いた。

「し、死んでる!」


パーキンスが私の目を覗き込んで言った。


「済まない、お嬢ちゃん。あんたを巻き込んじまって」

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