26.兄ちゃんの帰還

「1」


「4」


「3」


私とパーキンスは両の手に拳を作り手錠を嵌められたようにその拳を突き合わせ立てた親指の数を当てるゲームをしていた。


私は、このゲームでは無類の強さを誇り小学校から高校まで親指姫という称号で呼ばれていた。


ミックのナイトは、なんちゃってだが私の親指姫は筋金入りの本物だ。


生涯勝率は8割5分を優に超えているだろう。


軽く20000回くらいは闘っているだろうから、ざっと見積もっても17000勝3000敗といったところか。


パーキンスとの勝負も、ここまで35連勝中とクイントン ランペイジvs31歳男性空手歴3年白帯といった感じで圧倒的な強さを誇示していた。


ここまで圧倒的な格の違いを見せつけて私はパーキンスをのしていた。


だが、私は己の圧倒的強さと格下のパーキンスに物足りなさを感じ燃える闘魂が掻き立てられずパーキンスにある提案をしてしまったのである。


「次負けたらデコピンね」


パーキンスは不敵な笑みを浮かべて言った。


「よーし、受けて立とうじゃないか」


パーキンスはヴァンダレイ シウバのように両の手の指を絡めてグルグルして首もグルグル回していた。


私の中の親指姫はアントニオ 猪木のように燃える闘魂の火柱をゴーゴーと焚き付けていた。


私は自分の敗北する姿など微塵も予想だにしていなかった。


私はチャンピオン。


それも過去に例を見ない程の圧倒的強さを見せつけるチャンピオンなんだと自分に言い聞かせた。


カーン。


ゴングは鳴らされた。


私が先攻で「1」と言って私はパーキンスが立ててこないと踏んで一本親指を立てた。


案の定。


パーキンスは立ててこなかった。


ヒヒヒヒヒ。


私は拳を一つ引っ込めた。


次は後攻のパーキンスの番だ。


心理戦に長けている私はパーキンスは「2」をコールし二本親指を立ててくると読んだ。


私が親指を立てれば3になりパーキンスの拳は二つ残る事になる。


よし親指を立てよう。


パーキンスが両の親指をぴくりとさせてコールした。


「1」


はっ!


私は親指を立てていた。


パーキンスの親指は…


た、立っていない。


二本とも…


や、やられた!


パーキンスの陽動作戦にまんまと嵌ってしまった。


私とした事が…


私は内心で「チッ」と舌打ちした。


パーキンスがにやりと笑って拳を一つ引っ込めた。


ち、畜生。


いや、まだ私が有利なのに代わりはない。


今度は私が嵌めてやる。


奴は次こそは親指を立てる筈だ。


私が親指を立てて「2」とコールすると踏んで。


私は親指の付け根をピクリとさせてコールした。


「1」


えっ!


パーキンスの親指はぴくりともしない。


勿論、私もパーキンスが親指を立ててくると踏んでいたので立てていない。


次はパーキンスの番だ。


や、やばい。


形勢は逆転した。


私は親指を立てようか立てまいか。


次にパーキンスがコールするのは「0」なのか「1」なのか「2」なのかと人工知能を凌駕する計算力で叩き出していた。


すると、間髪入れずにパーキンスが「1」をコールした。


私は2と踏んで指を立てなかった。


し、失敗った。


た、立っている。


パーキンスの親指はノルマンディ上陸作戦でアメリカ兵がドイツ軍からノルマンディを奪還し星条旗を晴れやかに掲揚したように突き立っているではないか!


まるで己の勝利を祝うサムズアップのように。


パーキンスが拳を引っ込め両の手の指をポキポキと鳴らして言った。


「お嬢ちゃん、俺もべっぴんなあんたにデコピンなんて惨い仕打ちはしたくはねえが勝負は勝負だ」


私は死を悟った流浪の旅人のように目を閉じて静かにデコピンの刑を待った。


バッチーン!!!


いったーいーーー!!!!!


パーキンスの熊のようなごつい手から放たれたデコピンが額にクリティカルヒットしでこは蚯蚓腫れのようにみるみる赤く腫れあがった。


脳が揺れた。


私は軽い脳震盪と眩暈を感じながら悦に入ったパーキンスを見た。


さっきは愛おしくポコチンを銜えてあげたのに今度は軽い殺意が芽生えて来た。


自業自得だ。


私は己に言い聞かせた。


私は圧倒的な己の強さに慢心し過信し過ぎていたらぬデコピンの勝負を望んだのだから。


人は傲り高ぶらず謙虚に生きるべきだと、その術と教訓を学び取った。


人は敗北からも学ぶ事がある。


勝利至上主義のこの世で私は今、貴重な経験を積ませてもらったのだ。


そうだ。


今、私は徳を一つ積んだのだ。


パーキンスが強烈なデコピンに手ごたえを感じもう一勝負望んできた。


「続きをやろうじゃないか、お嬢ちゃん」


私は圧倒的な勝率を誇っていながらも勝負どころの甘さを以前から常常感じていた。


だから、オンラインカジノで3ヶ月で2000ドル以上擦っているのだ。


丁度いいところに強盗に行っていた兄ちゃんが息を切らして帰って来た。


私は負け惜しみを悟られない様にパーキンスに言った。


「勝負はおあずけね。あなた、私の殺人級のデコピンを喰らわなくて良かったわね」


「おう、帰って来たな。守備は上上だったか」


パーキンスは私の言葉を無視して戦利品の取り分けに取り掛かっていた。


兄ちゃんはセブンのビニール袋に入れた戦利品をデスクにドンと置いてスキーマスクを脱いだ。


あれっ?


さっきパーキンスに折られた反っ歯は一本でもう一本黄ばんだ反っ歯が残っていたのにその片割れの反っ歯も無くなっている。


反っ歯が折れている部分から血がポタポタと垂れていた。


私は兄ちゃんに尋ねた。


「歯どうした?」


兄ちゃんは痛みに顔を歪めながら答えた。


「店主の親父にショットガンで抵抗されて、そん時に台尻で折られた」


パーキンスが憮然と尋ねた。


「で、親父はどうした?」「」


兄ちゃんがおどおどしながら言った。


「ショットガンを奪って殺っちまった」



えー、えー、えー。


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