24.みんなでカツ丼
窓から見える空には白い入道雲が棚引いていた。
一雨来そうだな。
兄ちゃんがよれよれのローリング ストーンズのTシャツの袖で顔に飛ばされた精液を拭っている。
今、気付いた。
ストーンズなんてダサいTシャツ着てるわね。
キースとミックの痴話げんかなんて、いい歳こいたおっさんがなんて笑っちゃったものね。
ローリング ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー。
はぁー、ミックが16位。
お前らの耳はクソか?
ジェイムズ カーとかスペンサー ウィギンスの方が断然上だろうが、このボケナス。
彼らがランキングされてないだけでもウンザリなのにボビー ブランドやウィルスン ピケット、ソロモン バークよりもミックの方が上だなんて有り得ない。
ナイトの称号は存分に活かされてるな、こりゃ。
イギリス王族万歳!
大体、リチャード マニュエルが入ってない時点でこのランキングはクソだな。
リチャードの酒で枯れちまって振り絞るように歌い上げる、あの切ないヴォーカルの方が染みて泣けるだろうがよ、このオタンコナス。
ローリング ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト。
キースが4位?
ウーン、耳が腐ってますね。
ジェリー ガルシアやドゥウェイン オールマンの方が断然テクでも音色でも上回っているのに。
あーあー、あれですね。
ただ単に売れてるってだけのあれですな。
キースよりもトミー コグビルやレジー ヤング、ボビー ウーマックの方が断然上なのに売れてるってだけのあれですね。
こんなクソみたいなランキング、クソ喰らえだ。
やっぱ音楽は自分の耳で掘るのが一番だ。
君達も、こんなクソみたいなランキングに騙されるな。
大体、ヘヴィメタとかハードロックもクソだし。
私は現在の音楽事情を憂いた。
あー、63年R&Bチャート1位のガーネット ミムズの“クライ ベイビー”が聴きたい。
嗚呼、そう言えばガーネット ミムズもローリング ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガーにランキングしてない。
とことんクソだな、こりゃ。
大体最もって言うワードを付属させんのなら1位だけ選べつーの、この言葉知らずめが。
ガーネット ミムズが聴けないのなら、何ならジャニスのカヴァーでもいい。
そう言えば、今の子達は学力社会で“クライ ベイビー”だわよね。
大体、ブリティッシュインベイジョンなんて何処がいいか解んないし。
ストーンズやビートルズの括りでしか語れない音楽ファンなんて所詮それしき。
デッドやジャニス、オールマンやザ バンドの方が最高だし。
それにベティ ビブスとかヴァーノン ギャレットとかジョニー ワシントンなんて目から鱗級のシンガーなんて絶対知らないしね。
嗚呼、マニアックなファンにしか理解不能な美声なシンガーが土石流で圧死寸前の群衆のように埋まっているのに…
13th フロア エレベーターズとかクイック シルバー メッセンジャー サービスなんてのも良いわね。
Fameやマスル ショールズ、ゴールドワックス、ダイヤル、サウンドステージ7、スタックス、モータウンのアーティストなんて超最高。
私は今日、ドライデンというソウルメイトとめぐり逢えて良かった。
そういえば、今日子 小泉って人の売れた曲に“あなたに会えてよかった”とかいう曲があったな。
私は兄ちゃんに憐憫の情は感じず寧ろ自業自得だろと嘲っていた。
大体、オルタモントの悲劇でてめえの同胞の黒人が殺られてんのにストーンズのTシャツなんか着てmんじゃねーつんだよ、このウスノろ。
私は言った。
「あんたもこれでムショで生き残る術を覚えたわね」
「う、うっせーよ」
兄ちゃんは強がった。
パーキンスが銜えていた煙草に火を点けて射精後の一服を心行くまで楽しんでいる。
私も遠慮なく煙草を一本抜き取り勝手にジッポを借りて火を点けた。
私は、またしても売春婦スタイルで煙草をふかして兄ちゃんの顔に煙を吹き掛けた。
フー。
「も、もう俺に構わないでくれよ」
兄ちゃんが仲間はずれにされていじけた小学生のように言った。
私はおもしろくなってきたので執拗に煙を吹き掛け一通り楽しむと灰皿で煙草を揉み消した。
パーキンスが兄ちゃんに言った。
「おい、お前、かつ丼でも食うか?お前がそんな風にお天道様に背を向けていたら田舎のおふくろさんも悲しむぞ」
お、おい、そりゃ、あんた、自供を引き出す為に使う泣き落としの常套句だろ。
自供した今、此奴にかつ丼は上等過ぎるだろ。
マックのハンバーガー一個でも勿体ないよ。
水でいいんじゃないの?
兄ちゃんが寂しそうに言った。
「かあちゃんは俺が5つの時に家を出て行ってニューヨークで金持ちの弁護士と再婚してるんだ」
パーキンスがグーパンチで兄ちゃんの横っ面を張り倒した。
「バカヤロー、てめえは素直におふくろは田舎に住んでる事にしときゃーいいんだよ、このニガーのクソガキがッ」
はっ!
またハイド氏なパーキンスがッ!
自分のシナリオを崩されて自制が利かないパーキンス。
パーキンスが、はっと我を取り戻し兄ちゃんに謝った。
「す、済まん、つ、つい自分を見失って…美味い日本食の店が近くに出来てな。デリバリーもしてくれるんだ。かつ丼でも食ってさっきの事は水に流そうや」
パーキンスはマホガニーのデスクに置いてあるスマートフォンを手に取り電話した。
「もしもし、こちら保安官事務所のパーキンスだが。至急かつ丼を三人前頼む」
電話を切るとパーキンスはラップトップの前に座り人差し指でポチポチしだした。
また短い供述書を偽造しているのだろう。
絶対に私と兄ちゃんにフェラしてもらった事は墓場まで持って行くつもりだ。
もし、私や兄ちゃんが他言すれば、その時は44口径の風穴が蟀谷に開く時だ。
私はパーキンスがラップトップを使っているので手持ち無沙汰だった。
私はドライデンの安物のデスクにバナナがあるのを発見した。
そう言えば今日は何も食べずにコーヒーを4杯飲んだだけだ。
私はバナナを掴んだ。
猿のようにがっつこうかとも思ったがもうすぐかつ丼がやって来る。
空腹で食べるかつ丼はさぞかし美味しいだろう。
今、バナナを食べてしまえば興を削ぐというものではないか。
私は何か楽しくなる事を考えた。
こ、これだ。
私はバナナを持って兄ちゃんの横に立った。
兄ちゃんは強制フェラのショックからはまだ立ち直っていないらしくしょんぼりしていた。
私はバナナを自分の股間に宛てがい『スリーパーズ』のケヴィン ベーコンを真似て言った。
「しゃぶれ。しゃぶるんだ」
兄ちゃんは、またかと私を疎ましそうな視線で睨めつけて言った。
「もう勘弁してくれよ」
パーキンスは短い偽造供述書の作成が終わったらしくマールボロに手を伸ばしながら兄ちゃんに言った。
「お嬢ちゃんに言われた通りにしろ。そうじゃなきゃカツ丼はお預けだ」
兄ちゃんの魚眼レンズのような目が、この窮地から自分を救出してくれる人物を探し求めるように右へ左へと泳いだ。
だが、その抵抗も虚しい徒労に終わる。
何故なら此処には私とパーキンスしかいないのだから。
そして、兄ちゃんはカツ丼の甘い誘惑にも抗えなかったようである。
兄ちゃんは諦めたようである。
仕方なく跪きバナナを口に含んだ。
私はテンションが上がって悪ノリした。
「鶏が餌を啄むように首を使うんだ。こうだ、こうやって首を使え」
私は兄ちゃんの縮れ毛を掴み頭を揺さ振った。
「ゲホッゲホッゲホッ」
咽せ返る兄ちゃんを見て、これが凌辱という奴かと私の中のハイド氏が歓喜の声を上げた。
私は支配する側の享楽を感じていた。
私のサディズムは今、目覚めようとしていた。
「私はお前がムショで生き残れるように教育してあげてんだよ。オラ、もっと首を使いな。オラ、もっと喉の奥で感じるようにディープスロートするんだ。オラ、吸え。吸って吸って吸いまくれ」
私は掴んだ髪を前後に激しく振った。
「グォォォーゲホッゲホッ」
私は疑似射精の代わりにバナナを抜いて兄ちゃんの顔に唾を吐き掛けた。
ペッ。
兄ちゃんの股間はテントを張っていた。
女の私に凌辱されて興奮したのであろう。
先程のパーキンスの強制フェラの対価としての気慰み程度にはなったのではなかろうか。
私はパーキンスの煙草を遠慮なく失敬し気分良く紫煙を燻らせた。
「こんちはー、来々軒でやんすー。カツ丼三人前お持ちしやしたー」
事務所の入り口から健壱 なぎらに似た日本人が岡持ちをぶら下げて入ってきた。
「よお、親父、来たな」
健壱 なぎらに似た親父は取調室の中まで入ってくると岡持ちを置いて黒人のブラザーのようにパーキンスと上腕を頭上で合わせ拳を作ってグータッチした。
どうやら懇ろの仲のようだ。
それにしても日本食の店なのに来々軒なんてラーメン屋みたいなネーミングセンスは10年先を走っているような気がした。
「パーキンスの旦那、この前貸してくれたパツキンのネーチャンのポルノ、ありゃー最高でしたぜ。一晩に3回マスかいて、そんでも収まりがつかねーもんですからコールガールのネーチャンを呼びやしてね。黒人のネーチャンが来たんでやんすけど、これがまたエロいの何の。500ドル払って開店30分前までハメ倒してやりやんしたぜ」
「おー、そうか親父。あのブロンドのお姉ちゃんのポルノ最高だっただろ。黒人のコールガールのお姉ちゃんかよ。かー、そりゃ堪んねえな。親父、今度、俺も呼んでくれよ。それで3Pでも楽しもーや」
「パーキンスの旦那、それ名案。あっしも前から3Pに興味があったんでやんすよ。今度は旦那も呼んでハッスルしやしょーや。それにいつも贔屓にしていただいてありがとごぜーやーす」
「親父、いいって事よ」
また頭上で上腕を合わせてグータッチするパーキンスと親父。
健壱 なぎら似の親父のTシャツを良く見ると〈I Love SABU〉のプリントが…
私は健壱 なぎら似の親父に尋ねた。
「そのTシャツ、CDの特典に付いてた奴?」
健壱 なぎら似の親父は愛想よく答えた。
「あっ、これ、リサイクルショップで1ドル50セントで売ってたんでやんすよ。着れればいいって性分でやんしてね、あっしは。服なんて安いにこした事はねーでやんすからね」
夫はリサイクルショップで1ドル50セントで叩き売られている特典のTシャツ欲しさに大枚を叩こうとしていたのかと思ったらげんなりしてきた。
健壱 なぎら似の親父は言い終えると岡持ちからかつ丼と赤だしの味噌汁と沢庵が二切れ入った小皿を三人前デスクの上に置いた。
「旦那、支払いはツケでいいでやんすか」
「ああ、どうせ税金から払うんだ。幾らでもツケておけよ、親父」
「ありがとーごぜーやーす」
パーキンスと親父は、また頭上で上腕を合わせグータッチした。
「それじゃ、あっしはこれで。ありがとーやんしたー」
「それじゃ、またな親父」
パーキンスがピースマークを右目に宛てて、そのピースマークを親父に突き出した。
親父もパーキンスに同じように返す。
パーキンスがパイプ椅子をもう一脚持って来てみんなでカツ丼を囲む。
「このカツ丼、幾らするの?」
私はパーキンスに尋ねた。
「35ドルだ」
えー!
私は昨晩に引き続き目ン玉が飛び出た。
私達は豚のようにカツ丼にがっついた。
う、うんまーい!
バナナは食べないでよかった。
カリッと揚がったカツに程よい甘さの割り下と半熟卵が絡んで名状し難い絶妙なマッチングを醸し出している。
赤だしの味噌汁も啜った。
う、うんまーい!
兄ちゃんは不器用に箸を使いながらどうにかカツ丼を食している。
パーキンスは泣き落としでいつもカツ丼を食しているようだ。
器用に箸を使っている。
私は逮捕されているにも関わらずこの上ない至福に包まれながらカツ丼を味わっていた…
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