17.ドライデンとのドライブ
車の通りは閑散としていた。
日差しがジリジリと照り付けて車中は暑かった。
ドライデンが済まなさそうに言った。
「済まねえな、クーラーガスが切れ掛かってるみたいで効きが悪いんだ」
クーラーのつまみを強にしているにも関わらず温い微風がエアコンの通気口から申し訳なさげに吹き出ている。
「まぁ、そんな日もあるわよ」
私は暑さを堪えて言った。
暫しの沈黙。
この暑さにも関わらず運転席のドライデンが口笛でテンプテーションズの“クラウド ナイン”を吹きながらハンドルをパーカッションのように叩いている。
この男、めっちゃテンション高いんですけど。
“クラウド ナイン”は本人達は否定しているがドラッグを臭わせる歌だ。
ドライデンもコーク(コカイン)とかスマック(ヘロイン)とかやっていうんじゃないだろうか?
ドライデンがラジオのつまみをAMの1250Hzに合せた。
耳障りでは無い音楽がスピーカーから流れて来る。
1250HzといえばKFFA。
KFFAといえば『キング ビスケット タイム』だ。
『サニー ボーイのコーンミールとキング ビスケット ショウ』という番組が前身となる『キング ビスケット タイム』はアーカンソー、ヘレナの名物番組だ。
1941年にブルーズマンのサニー“ボーイ”ウィリアムソンII世がパーソナリティを務め始まった長寿番組である。
クロスロードで悪魔と契約を交わし、そのギターの腕前を手に入れたと言われる伝説のブルーズマンロバート ジョンスンの継父に当たるロバート ロックウッド.Jrはサニー“ボーイ”の相棒で番組にも度度、共演しバンドを加えて生演奏も番組内で聴かせていた。
KFFAからボビー“ブルー”ブランドの“トゥー ステップス フロム ザ ブルーズ”が流れて来た。
この曲は彼の1stのタイトルトラックで名門デュークに残した名盤中の名盤だ。
ボビー“ブルー”ブランドといえばデューク。
デュークといえばボビー“ブルー”ブランドだ。
確か、後にデュークを買収してオーナーになるピーコックのドン ロビーはマフィアと紙一重の男だったな。
ラジオから流れて来る曲に合わせてボビー“ブルー”ブランドのようにドライデンが歌っている。
中中、堂に行った歌いっぷりだ。
ボビー“ブルー”ブランドの独特な唱法は喉をガラガラと震わせて歌うという超個性的な歌い方だ。
巷では嗽シャウトとか痰切りシャウトなどと汚らしい呼称で呼ばれている。
私は、いつも、その呼び方はボビー“ブルー”に失礼だろうと思っていた。
それにしてもドライデンの歌いっぷりは中中味があって良いではないか。
ブルーズシンガーとしてデビュー出来るくらいの声量の持ち主だ。
私は尋ねた。
「あなた、歌上手いわね。ボビー“ブルー”ブランドみたいなブルーズシャウターにだってなれるんじゃないの」
ドライデンがルームミラー越しに私の方を覗き込んで言った。
「あんた、解ってるねえー。俺もガキの頃はおふくろの兄貴の影響でブルーズやソウルを齧ってたんだ。おふくろの兄貴、まぁあ、俺にとっての叔父ちゃんなんだけどね。そのフロイドって叔父ちゃんが、まぁ~、根っからのサザンソウルやシカゴブルーズの大ファンな訳よ。クラレンス カーターやダン ペン、マディやリトル ウォルターのレコードをフロイド叔父ちゃんから借りまくって聴き漁ってた訳よ。そんで、俺もこんな風に歌ってみてえって気になってな。で、ガキの頃からプロを目指して歌ってる訳。ダン ペンがボビー“ブルー”ブランドに憧れてボビー“ブルー”ペンって名乗ってたの、あんた知ってるかい?まあ、そんな感じみたいなもんよ」
私もかなりの音楽通だが、この男もかなりの通だなと思った。
「ダン ペンはアメリカが誇る最高のソングライターだわ。スプーナー オールダムや後でアメリカンスタジオを作るチップス モウマンと組んで素晴らしい曲を残しているものね。ジェイムズ カーの"ダークエンド オブ ザ ストリート"アリーサの“ドゥ ライト ウーマン ドゥ ライト マン”なんて何度聴いてもほろりとさせられちゃうわ」
ドライデンが、またちらっとルームミラーに視線を移しウインクをミラー越しに投げて寄越た。
「あんた、解ってんねー。ソウルやブルーズってな曲は魂な訳よ。それにしても、あちーなー」
丁度、前方80ヤードにセブンイレブンの看板が立っていた。
ドライデンはセブンイレブンに立ち寄った。
「ちょっと、アイスコーヒーでも買って来る。あんた、ミルクとシロップは入れるか?」
ドライデンは私の事を気に入ってアイスコーヒーでも奢ってやろうという気になったんだろう。
私は遠慮なくその行為に甘える事にした。
「1個ずつお願い」
そう言えば、今日は何も食していない。
さっき飲んだアスピリンも効いてきて頭の痛みも大分緩和している。
昨日の夜から何も食べてないな。
ちょっと、小腹が空いて来たんですけど。
ともすれば今頃は寝ゲロで、おててのしわとしわを合わせてしあわせ、南無ーになってた事を忘却の彼方に葬りかけようとしていた。
おててのしわとしわを合わせればしわ合わせだろうとYouTubeで、お仏壇の長谷川のCMを観ながら、よく突っ込んでいたのを思い出して逮捕されているにも関わらず、ちょっと笑いが込み上げて来た。
そう言えば、さっきドライデンは逃亡の恐れがあるとかなんとか言って家に上がり込んでシアーズのカタログ見てたけど私を運転席に移動させてハンドルに片方の手錠の輪を繋いで私が逃げられない様にする為の措置なんて取っていない。
私は手錠は掛けられているが車のドアを開けて逃げようと思えば逃げられた。
多分、ドライデンは外で待つのが暑かったから逃亡の恐れがあるとかなんとか言って家に上りたかったんだろう。
そんなどうでもいいことを考えていた。
逃亡よりも私はアイスコーヒーが飲みたかった。
だって、セブンのアイスコーヒー超美味しーんですもの。
このプライスはスタバを超越している。
私はドライデンの帰りを忠犬ハチ公のように待った。
ドライデンが店内からアイスコーヒーのカップを二つ持って出て来た。
運転席の所まで来るとカップをボンネットに置いて後部座席のドアを開けた。
「手を出しな」
私はコーヒーのカップをくれるのだろうと思って手を出したらドライデンはジーンズのポケットから手錠の鍵を出して手錠を外してくれた。
「あんた、逃げれたのに逃げなかっただろ。ほら」
そう言うとドライデンはボンネットのカップを一つ渡してくれた。
後部座席のドアを閉めてボンネットのカップを取ると彼も運転席に乗り込んだ。
ストローでアイスコーヒーを吸って彼はドリンクホルダーにカップを差し込んだ。
私もストローでアイスコーヒーを吸った。
甘くてほろ苦くてとても美味しい。
ラジオからはジュディ ホワイトの“サティスファクション ギャランティード”が流れていた。
ドライデンがダッシュボードから何かを取り出した。
巻き煙草の葉だと思った。
だが、彼の一言でそれが何だか解った。
「保安官には内緒だぜ、あんたもやるか?」
そう言うと彼はジョイントを巻き出した。
「ネズ メズローみたいに六角形に巻くのが俺流だ」
そう言って巻紙に折り目を付けながら器用にドライデンはジョイントを巻いていた。
「ネズ メズローのジョイントの巻き方はジェリー ウェクスラーの自叙伝で知ったんでしょ」
ドライデンはにやりと笑って見せて二本ジョイントを巻き終えると一本を私にくれた。
私がジョイントを銜えると彼が1ドルショップのライターで火を点けてくれた。
大きく煙を吸い込んで虚空に吐く。
葉っぱの紫煙がエアコンの通気孔の微風に吹かれてゆっくり車中に揺蕩う。
ドライデンもジョイントを銜えて火を点けた。
「フゥー、最高だな。まあ、あんた、リラックスしなよ。賠償金は払わされるかも知んねーけどムショは行かなくても済むだろう。まあ、せいぜい100日間の福祉活動に従事するくらいで検察は手を打ってくれると思うぜ」
私とドライデンはセブンイレブンの駐車スペースでジョイントでハイになりアイスコーヒーを啜りながら音楽談義に花を咲かせて意気投合していた。
「いっけねー、もうこんな時間になっちまってる。油を売っちまったな。保安官にどやされちまうぜ。ちょいと飛ばすから、しっかり掴まっててくれよ」
ドライデンは、そう言うとピックアップを公道に出してアクセルを踏み込んだ。
「葉っぱの臭いが服に付いちまうから、ちょっくら窓を開けるぜ」
窓から入ってくる風が頬をなぞりエアコンの微風よりも気持ちよかった。
私は今から保安官事務所に引っ立てられるというのに何だか奇妙な高揚感に包まれていた…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます