16.保安官事務所に連行される私

ドライデンに逮捕状を突きつけられた私はなにがなんだか解らなかった。


「取り敢えずあんた、此処じゃなんだ。ちょっと降りてくれよ」


ドライデンが運転席側のドアに回り込みドアを開けた。


私は言われた通り車から降りた。


其処は見慣れた景色だった。


記憶を失っているにも関わらず私は家の前まで帰って来ていたのである。


私はガレージに車を入れずに前の公道に車を停めて一晩やり過ごしていたようである。


私は衣服に付いたゲロを払い落とした。


そう言えば、さっき、この保安官助手のドライデンは車はお釈迦だとかなんとか言っていたな。


私は確かにこの愛車ライフはポンコツだが、まだお釈迦ではないだろうと思い愛するライフを見やった。


だが、其処には私の愛するライフの面影は無かった。


私の愛車は見るも無残な有り様に変貌していた。


バンパーは取れてどっかに行っている。


ライトの右目は割れていてボディはボコボコに凹んで大破していると言ってもよい状態に変貌していた。


スクラップ置き場に積まれていても外観を損なう事はないであろうと誰しもが思う状態に以前よりもグレードアップしてライフは仕上がっていたのである。


私は目を丸くして、その変わり果てた愛車を見つめていた。


罪状は確か市の迷惑防止条例違犯と飲酒運転、それと器物損壊と言っていたな。


どうやら轢き逃げはしていないようだ。


私は人を傷つけたり殺めたりしていない事に安堵を覚えた。


ドライデンが横に来て言った。


「あんた、その状態じゃなんなんで家でひとっ風呂浴びて着替えて来いよ」


彼は私の腕を掴んで玄関まで連れて行った。


玄関を開けて家に入ると物音で察知した夫が書斎から駆けて来た。


夫はライフ同様、ゲロ塗れで変わり果てた私の姿を見て仰天した。


「ど、ど、どうしたんだい、キャシー、その姿は…」


私は無言で夫をじっと見ていた。


夫が私の背後のドライデンに気付き私に尋ねた。


「そ、その人は一体誰なんだい?」


ドライデンが言った。


「あんた、旦那さんかい?かみさんには逮捕状が出ている。ちょっと、このまんまじゃしょっぴけないんでひとっ風呂浴びさせて着替えさせてやってくれ」


夫の顔が青ざめた。


「キャ、キャシー、君は一体何をやらかしたんだい?」


私は夫の質問には何も答えなかった。


私は黙って脱衣室に向かった。


ドライデンが夫に言った。


「逃亡の恐れもあるんで悪いが俺も上がらせてもらって待たせてもらうぜ」


「え、ええ、どうぞ」


夫は怯えたリスのようにドライデンをリヴィングに請じ入れた。


私はゲロの付いた衣服を脱ぎ捨て熱いシャワーを浴びた。


シャンプーで髪を洗いボディソープを手に取り体を入念に洗った。


ゲロの不快感は体からは消えたが口内は一週間、歯を磨いていないホームレスのおじさんの臭いがした。


掌を口の前に当てて息を吐き臭いを嗅ぐ。


オ、オェー!


私は洗面台から磨き子と歯ブラシを取り入念に歯を磨いた。


そして、口を漱いでリステリンで嗽した。


ミントの爽やかな香りが鼻腔を駆け抜けていく。


今の私ならラヴシーンで相手の男優にも不快な感情を与えずにきっちり熟せる筈。


それにしても頭がガンガンする。


常備薬を入れている棚からアスピリンを取り出し4錠、掌に載せた。


私は、それを噛み砕いて飲み込んだ。


こっちの方が早めに効くだろう。


そして、水栓を捻り私は蛇口に口を付け水をがぶ飲みした。


また浴室に入りシャワーで水を浴びてバスタオルで体を拭き上げた。


シトラスのオーデコロンを馴染ませ下着を付けようと箪笥を開いた。


こんな時に限って新しいブラジャーとパンティは洗濯籠に行っている。


私はお古のブラジャーとパンティを付けてオリー&ナイチンゲイルズのソウルTシャツにブラックボトムを合わせてラフな着熟しでリヴィングに向かった。


ドライデンがリヴィングでテーブルに置いていたシアーズのカタログを捲って時間を潰していた。


夫は挙動不審なヤクの売人のようにおどおどしながらリヴィングとキッチンを行ったり来たりしていた。


私がゲロ塗れから一変、イカしたレディソウルへと変貌したのを見て夫は多少は落ち着いたようであるがドライデンからは何も聞かされてはいないようであった。


ドライデンが見紛う如き私の一変したレディソウルの装いにヒュ~と口笛を鳴らした。


「よぉ、あんた、さっきまでのゲロ塗れの汚れたスケからイカしたスケになっちまってるじゃねえかよ。ところで、あんた、今日は留置所でおねんねになるかと思うからよジャージかスウェットを持って来なよ」


私は言われた通りにした。


クローゼットからナイキのジャージを取り出してボストンバッグに詰めてリヴィングに戻った。


私は愛車の大破と何か関係しているのであろうとは推測したが何の罪で争われるのであろうかと内心、心配した。


飲酒運転、それと器物損壊は、まぁ間違いないであろうと愛車の状態で確信した。


でも、迷惑防止条例違犯とは何であろう?


ドライデンが手錠を出して私の手首に掛けた。


「キャシー マッキンタイアー、市の迷惑防止条例違犯、飲酒運転、器物損壊であんたを逮捕する。あんたには黙秘権がある。後、あんたには弁護人を付ける権利もある。金が無かったら公選弁護人を付ける権利もある。以上、了解したな」


私は別に頷く訳でもなく無言でドライデンの言う事を聞いていた。


ミランダ警告を言い終えたドライデンは己に満足したように私をフォードのピックアップの後部座席に乗せ車を発進させた。


このピックアップはドライデンの私用車だろう。


運転席と後部座席の間は金網で仕切られているどころか、後部座席にはペントハウスが一冊置かれていて表紙にはたわわな乳房を手で持ち上げているモデルのグラビアが堂堂と映っていた。


私は、こうして保安官事務所に連行された。


私はルームミラーを見た。


其処にはボリュームの無い髪を風に靡かせてポツンと佇んでいる夫が映っていた…

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