12.再度、酒宴の仕度

フィオナがジェイクからクーラーバッグを受け取りキッチンに行った。


クーラーバッグにはグッチのロゴが入っている。


たかがクーラーバッグ。


されどグッチのクーラーバッグ。


金持ちは持ってる物が違うわね。


私の使っているクーラーバッグは14年前にシアーズの景品で貰った物だ。


あちこち擦り切れているがまだ使える。


貧乏性な私は車といいクーラーバッグといい天に召されるその日が訪れるまで使い続ける。


人間は使える物をゴミに出し新商品に買い換える。


企業は自社の懐を肥やす為に次から次へ新商品を開発する。


アップルだって少し機能を追加しただけで次から次にiPhoneの新シリーズを発表する。


必然的にまだ使えるのに古くなった商品がゴミ集積所へと向かう。


幾らリサイクルだとか再利用だとかレアメタルだとかいっても限界がありゴミとなった使える商品はダイオキシンへと変貌していく。


私は、またもペシミズム的思想にどっぷり浸かり世を憂いた。


フィオナがまたリヴィングに戻って来るとワインクーラーや私達が飲み散らかしたボトルやグラス、ピッツァの空箱を全て片しテーブルを布巾で拭いた。


「ジェイク、お腹空いてない?」


「ああ、飲むのに何かちょっとつまむのが欲しいな」


「ちょっと待ってて、すぐ作るから」


強欲女の点数稼ぎが始まった。


いい女、出来る女を演じ切り搾れる金と精子を全て搾り取る女、フィオナ ターナー、38歳。


フィオナがキッチンに行ってつまみを拵える準備に取り掛かる。


水道で何かを洗う音がして包丁でトントン刻む音がした。


ジェイクが話し掛けて来た。


「キャシー、君はなんの仕事をしてるんだい?」


「私は貿易会社で日本の業者との電話応対やメール、ファックスなどでの通信業務の仕事をしているの」


「へえ、じゃあ君は日本語がペラペラって訳なのかい?」


「まあ、アメリカ人としてはね」


私は謙遜して答えた。


「日本人のクライアントとの間で万が一にも困った時に遭遇したら君に頼めば問題はばっちり解決だね」


ジェイクが不自然な程に真っ白な歯を覗かせて言った。


その真っ白な歯は私に何故だか解らないが経帷子を連想させた。


「あなたは資産運用のコンサルティングのお仕事をしているんでしょ。さっきフィオナから聞いたわ」


「うん、まあね。退屈な仕事だよ。人様の金をあっちからこっちへ、こっちからあっちへって感じでね。僕はその浮いた金からお零れに与っている物乞いみたいなもんだよ」


「ふーん、物乞いの割には着てる服といい乗ってる車といい羽振りは良さそうに見えるけど…」


「まあね、車の話もフィオナから聞いたのかい。今度ランボルギーニも買うつもりなんだ」


えー、えー、えー、マジっすか!ランボルギーニっすか、兄貴!


わたしは目が飛び出るという格言を身を以って体験した。


マスクを被ったジム キャリーのように目ん玉が飛び出た。


私は再び神の不平等さを呪った。


私の目ん玉が警察に失踪届けに出ている間にキッチンから肉が焼けるジュゥーという音と香ばしい香りが漂って来た。


ジェイクと二人で社交辞令な会話をしているとフィオナがスモークサーモンのカルパッチョ、生ハムとスモークチーズのタルティーネ、それとイベリコ豚の豚テキを装った皿を盆に載せて運んで来た。


それらの品をジェイクの前に並べてまたキッチンに戻るフィオナ。


何が金欠だよ。


金欠のご家庭にこんな豪勢なつまみが並ぶか。


金欠のご家庭ならば出て来るつまみは精精背伸びしてもピーナッツ、ポテトチップス、スルメくらいなもんだ。


嘘つきで強欲な女フィオナ ターナー、38歳。


そして、同じ品をまた盆に載せて運んで来た。


今度は私の前にそれらの品が並ぶであろうと私は身構えた。


何故ならば私もこの家の客人なのだから。


一般的常識を備えた人物ならばそうするであろう。。


だが、フィオナはそうしなかった。


全地球、いや、全宇宙の良識を兼ね備えた人物及び宇宙人ですらそうするであろう。


火星人だって私の前にその豪勢な食事が盛られた皿を一流レストランのウエイターのように並べて飛び切り素敵なウインクを投げて寄越して「マダム、ゴユルリトオタノシミクダサイ」と言ってくれるに違いない。


私は、そのレストランを立ち去る時にあの火星人ウエイターに100ドルのチップをテーブルに置いて風の様に去るだろう。


5年後のある夏の日。


私はイタリアのフィレンツェでバカンスを楽しんでいた。


中世の風情を残しノスタルジーな雰囲気に包まれた街並み。


ロマネスク様式、ゴシック様式のファサードを覗かせる歴史的教会。


建物に囲まれた狭い路地が迷路のように入り組んでいて私は迷子になった。


当ても無くフィレンツェの石畳の上をとぼとぼと歩く私。


イタリア語を話せない私はフィレンツェの街を彷徨っていた。


すると、後ろから声が。


「ドウカナサレマシタカ?」


私は後ろを振り返った。


そこには、あの火星人ウエイターがいた。


私は彼とフィレンツェを散策し一晩のアヴァンチュールな夏のロマンスを楽しんだ。


人間の男性のありふれたおざなりの前戯と違って火星人の独創的でオリジナリティ溢れる愛の営みに私はめっちゃ感じた。


私は火星人ウエイターにメロメロだった。


あっ、やばいやばい。


フィオナの予想外な行動に私は己を見失った。


常識を凌駕するフィオナの行動。


私はあまりの衝撃に見舞われて現実逃避してしまった。


フィオナは自分が座っていた場所にそれらの品を並べたのである。


私は、この行為に愕然とした。


普通ならば客人が先で自分は後だろう。


フィオナがキッチンに戻った。


次に盆に載って来る品は私の前に並ぶだろう。


私は確信した。


何故ならば、それが常識であり良識を伴った人間のあるべき姿なのだから。


だが、フィオナが次にキッチンから運んで来た物を私は目にして私が抱いた確信は希望的観測だった事を思い知らされる。


フィオナはワインクーラーに入ったドン ペリニヨンのプラチナとペアのクリスタルのシャンパングラスを持って来たのである。


私は数時間前の女性版Mr.ビーンのように口を半開きにして薄知の子のようにフィオナの一挙一動を眺めていた。


テーブルの真ん中にワインクーラーを置きクリスタルのシャンパングラスを彼と自分の座っている場所に置いたのである。


あれッ?


何かがおかしい。


何か不穏な空気が部屋の中に漂っている。


まるで、認知症で徘徊する老人のように…


その老人に此処はアーカンソーなのに「此処はニューヨークのグリニッジヴィビレッジですか?」と執拗に質問されているような錯覚に陥った。


それは、ミステリー小説の緻密なロジックが少しずつ脱線していき読み終われば駄作だったといったような感覚であった。


迷走する私。


尚も認知症で徘徊する老人は私に問い掛けて来る。


「この通りがディランがストリートパフォーマンスをしていた場所でしょうかな?」


私は沸々と沸き起こる怒りを抑制出来ずグーパンチで徘徊する老人をぶん殴りたくなった。


うっせーよ、ジジイ!


知 る か ボ ケェーーー!!!


女性版Mr.ビーン状態で石像のように固まっている私。


さながら公園のオブジェといったところだ。


私は物欲しそうな上目遣いでフィオナを見た。


土砂降りの中で震えている子犬のような目付きで私はフィオナにサインを送った。


カウチに掛けている私を上から見下ろすようにフィオナが一瞥した。


そして、腰に両手を当ててから、もう、仕方ないわねぇ~といった感じでキッチンに消えた。


通じた。


私の哀願が。


私の眼前にも豪勢なつまみとクリスタルのシャンパングラスが並ぶのだ。


私もこれで酒宴に参加出来るのだ。


そして、次にフィオナがキッチンから持参して来た物を目にして欽一 萩本よろしく!


私はその場で欽ちゃんジャンプをしそうになった…

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