10.早飲み競争

そのコルクを抜く音は陸上競技のスターターが鳴らすピストル音に聞こえた。


パブロフの犬が食事を出されると唾液の量が自然と増えるようにランナー達もスターターのピストル音が鳴れば我先に絶好のスタートを決めようとする。


そして、この部屋にも二人のランナーがいた。


フィオナはコルクを抜くと我先に自分のフルートグラスに並並と神が創りたもうたシャンパンゴールドの雫を注いで一気に飲み干し間髪入れずにグラスを満たした。


フライングだ!!!


私はやられたと思った。


フィオナの手からボトルを奪回し私はラッパでゴクゴクと呷った。


「ゲプッ」


またしても私はゲップをした。


今度のゲップは先程のゲップより強烈だった。


この世にラッパーという職業が存在するようにゲッパーなる職業が生まれたら私はその第一人者でなるであろう。


私は己の中に秘めた未知なる力を実感した。


私は、はしたないとは思ったが手の甲で唇を拭いまたしても「ゲプッ」とゲップをした。


すると、今度は、さっき食べたピッツァもちょびっと込み上げて来た。


や、やばい!


ちょいゲロった。


酸っぱい物が口腔から鼻腔に駆け抜けていく。


私のその有り様を呆気に取られて茫然と見ているフィオナ。


私は少しばかりやり過ぎたと思い直し何事もなかったようにボトルをワインクーラーの氷に浸けた。


そして、込み上げて来たゲロを呑み込んだ。


ごくり。


不快な物体が食道から胃袋へ押し戻されていく。


私の口内はモエ エ シャンドン(ピッツァゲロ味)となっていた。


暫しの沈黙がリヴィングを支配する。


「昔は、こうやってラッパでよく回してたよね」


私はお道化てみせて、またワインクーラーからボトルを抜き取りラッパで呷った。


ゲロの不快感が少し消えた。


「フィオナも昔みたいにラッパで飲みなさいよ」


私はフィオナにボトルを差し出した。


「え、ええ」


フィオナは若干たじろいだ様子を見せながらも私からボトルを受け取り一口だけ呷ってワインクーラーに浸けた。


私のゲロが微量だが付着した瓶の口にフィオナが口を付けたのを見て些か罪悪感も感じたが、さっきのお金の件もあるのでチャラだなと己を納得させた。


フィオナがボトルの残量を確かめて右の眉毛の端がぴくりと吊り上がった。


キープしていたモエ エ シャンドンが空になろうとしていた。


ここで、私とフィオナの闘争心が火柱を上げたように再燃し目と目が合って火花が散った。


私とフィオナはボス猿の第一夫人の座を奪い合っている牝猿のように険しい目付きで互いを威嚇していた。


私はラスト1杯の甘美な雫をグラスに注ごうとボトルに手を伸ばしたが間一髪の差でフィオナの手の方が速かった。


私は食べ放題のバイキングでラスト1個のパンナコッタに手を伸ばそうとして食い意地の張ったおばさんにかっさらわれた気分になった。


フィオナはボトルのラスト一滴までもグラスに振い落しボトルを置いた。


私の方を一瞥するなり悪びれもせずに一気に呷った。


私は砂漠に救助隊に出たチームの一員で悪天候に晒され遭難してしまい猛烈に喉が渇いていたのに最後の水筒の一杯を眼前で隊長に飲まれてしまったような気分だった。


フィオナは満ち足りた表情で私を見やり「ゲポォ」とゲップをした。


私はいらッとした。


確かにこの部屋はフィオナの部屋であり隊長はフィオナかも知れない。


だが、最後の禁断の雫を眼前で飲み乾され手をこまぬいて見ている私に腹が立った。


この場に銃がなかった事は私に幸いした。


仮に銃がもしこの場にあったならば私はフィオナの眉間目掛けて躊躇う事無くトリガーをひいていただろう。


私は夫だけではなく彼女にも殺意を感じていた。


すると、フィオナのスマートフォンが鳴った。

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