9.意地汚い二人
支払いの件で一悶着あったが私は何食わぬ顔で冷静に対処した。
クレバーに徹してこそクールビューティーってもんよ。
私は己に言い聞かせた。
だけど、140ドルの出費は痛かった。
超ラッキー!といった感じでほくそ笑んでいるフィオナが親の仇のように憎たらしく思えた。
こんな展開になるのならおのれを自制してダメ夫が買って来ていたケンタッキーを頬張っていればよかった。
グルルルゥゥゥーーー!
背中とおへそがくっ付きそうなほど空腹だ。
私は140ドルの元を取るつもりでシャンパンをがぶ飲みしピッツァを頬張った。
フィオナも負けじとシャンパンをがぶ飲みしピッツァを頬張っていた。
その私達の食いっぷりと飲みっぷりといったら断食明けに素手で目の前に出された食物を貪り食う無節操な僧侶のようであった。
この強欲女めッ!
私はフィオナに眼光鋭く一瞥をくれてやった。
フィオナも負けじと私を睨み返してきた。
まるで縄張りを主張する野良犬のようだ。
豚のようにがっつく私とフィオナ。
互いにお腹も少し満たされ忘我のうちに脳の片隅に追いやられていた思慮と分別が戻りつつあった。
フィオナが紙ナプキンで唇をトントンしながら尋ねてきた。
「ところで、どうして急に来て泊まりたいなんて言ったの、キャシー?」
「実はね…」
私は、こんな意地汚くてお金に執着する女だけど愚かな夫の愚痴を聞いてくれるだけでも有り難いかなぁ~って思ってた。
私は先程の夫の蛮行を寸分狂わぬ描写を交えて夫のきちがい沙汰を余すことなく一部始終語って聞かせた。
私の形態模写を交えた若干オーバーアクション気味な語り口にフィオナは腹を抱えて大爆笑していた。
「あー、おっかしいー。笑い過ぎて涙が出ちゃったわ。あたし、腸が捩れそうになっちゃったわ。こんなに笑ったのは久し振りよ」
フィオナが目尻に人差し指を当ててまだ笑っている。
一笑いした後フィオナがシャンパンを自分のグラスに注ごうとしてボトルに手を伸ばした。
モエ エ シャンドンのボトルは私とフィオナの浅ましいまでの飲みっぷりに既に空になっていた。
フィオナはワインクーラーを持ってキッチンに行った。
ワインクーラーの氷が解けた水をシンクに廃棄する音が聞こえる。
ジョロジョロジョロ。
排尿の切れが悪いおじさんの放尿音のようだ。
彼女は冷凍庫の製氷機からスコップで氷を掬ってワインクーラーに並並と入れて冷蔵庫から冷えたモエ エ シャンドンを取り出してワインクーラーの氷に突き刺して戻って来た。
そして、タオルを敷いたテーブルの上に置いた。
私は流石に、もう今回のシャンパン代は請求はして来ないだろうと思って黙って見ていた。
フィオナはワインクーラーの氷に突き刺さっているボトルを掴んではいるものの決して次のアクション、コルクを抜く行為には移らない。。
それどころか、もう一方の手で親指と人差し指の腹を擦り合わせ物欲しそうな視線を私に向けて手薬煉を引いて待っていた。
あの指の動きは金銭要求のサインだ。
またしてもフィオナは私にお金を催促している。
な、な、なんてがめつくて強欲な女なの。
まるでメーガン妃とヘンリー王子の夫妻のようだわ。
私は酔いたい気分だった。
まだ飲み足りなかった。
今日は酔い潰れたかった。
私の一挙一動を見守っているフィオナの視線を感じながらバッグに手を伸ばした。
私は躊躇する己を一先ず脇に置いてから財布を取り出して中を見た。
100ドル紙幣が一枚入っているだけだった。
ク、くそォーーー!
こういう時の為に普段から少額紙幣を持ち歩くべきだった。
今頃、猛省してももう遅い。
私とフィオナの駆け引きは現在進行中なのだから。
フィオナ、ちょっと大きい紙幣しかないんだよね。ちょっと、そこのコンビニで両替して来るね。
そんな惨めったらしい言葉、口が裂けても言えない。
横目でフィオナを見た。
まるで万引きGメンが商品を陳列している棚に身を隠して犯行の一部始終を見逃さないような鋭い眼光で彼女はじっと私を観察している。
さっきフィオナに100ドル紙幣を一枚と20ドル紙幣を二枚渡した。
100ドル紙幣だとお釣りが無い。
私は、またフィオナに10ドル、いや、あの強欲女は水増し請求している筈だからそれ以上の利益を得ているに違いない。
癪に障るが1本のシャンパンを二人で飲んでも今日の私には飲み足りない。
ここは100ドル支払ってもう1本キープしとくか。
果たしてフィオナの冷蔵庫には、もう1本モエ エ シャンドンのストックが眠っているのであろうか?
私はポーカーで相手の手札と自分の手札で勝算があるかないかを予測しベッドをレイズするかコールしようかという選択に迷っているプレイヤーのような心境に陥った。
私は勝算の見込みは五分五分だと踏んだ。
仮にストックが眠ってなかったにしろ今の私には眼前のモエ エ シャンドンが必要だった。
素面じゃいられなかった。
このくらいの酒量じゃ飲み足りなかった。
例えフィオナ宅でジョン ボーナムのように寝ゲロで窒息死する事になっても。
寝ゲロで窒息死という惨めな臨終を迎え死んでも死にきれないという悔恨の情に捕らわれても私は眼前のモエ エ シャンドンが飲みたかった。
シャンパンの気泡とその甘美な雫を私の喉が欲していた。
私は物欲し気な目付きでじっと私の方を見ているフィオナの目を覗き込み50%の勝算に100ドルベッドした。
「きょうは久し振りにフィオナと会えて嬉しいわ。何だか学生時代に戻ったみたいでテンション上っちゃうよね。今日は飲んじゃいましょ。フィオナ、モエ エ シャンドンはまだもう1本くらいあるの?」
フィオナの目付きが一瞬で変わった。
餌に魚が食い付き糸を引いた瞬間を目にした釣り人のように「よし来た!」といった目付きに変わった。
「ええ、あるわよ」
フィオナは商売上手なダイナーのオーナーが満面の笑みを湛えて客を出迎えているように見せ掛けて内心では鴨がネギを背負って来たとほくそ笑んでいるように不敵な笑みを浮かべた。
私はフィオナに悟られないようにナチュラルな笑みを返して言った。
「あら、そうなの。それは良かったわ。今日は実は臨時収入があってね。アメックスでポイントが貯まって商品券と交換したの。もう1本くらいじゃ飲み足りないでしょ。よく学生の頃、マリファナやりながら二人で飲み明かしたわよね。今日は私の奢りよ。これ取っといてちょうだい」
私はなけなしの100ドルをフィオナに手渡そうとする。
フィオナが紙幣を摘んだが私は紙幣を摘んでいる指をなかなか放そうとしない。
今生の別れ。
まるで親の死に目に立ち会っている時の気分のようだ。
バッグに財布を仕舞う前に中身をちらっと確認した。
残った金額は1ドル紙幣が2枚と小銭入れの膨らみ具合で2ドル50セントくらいだろうか?と推量した。
フィオナ宅に来るまでは潤沢に潤っていた財布の中身はほぼ空と化した。
「あら、キャシー、ありがとう。今月はほんとに金欠だったのよ。奢ってもらっちゃって悪いわね」
そう言い放ち掴んでいたボトルを一先ず放しフィオナはちゃっかり財布に100ドル紙幣を仕舞った。
金欠は絶対に虚偽だッ!
絶対に彼女はお金を隠している。
タンス預金がこのマンションの3-Dの何処かの部屋に絶対にあるに違いないッ!
己の財布の膨らみに気分を良くしたフィオナはワインクーラーですっかりキンキンに冷え切ったモエ エ シャンドンのコルクを小気味よい音を鳴らして抜いた。
フルートグラスに満たされていく甘美な雫。
グラスの中でシュワシュワと気泡が立ち上る。
私を異邦者へと誘う禁断の果実酒。
私は聖杯を手にした愚人のように一気にその禁断の雫を飲み干した。
「ゲプッ」
私はゲップをした。
「あら、ごめんなさい。私ったら粗相をしちゃって」
ハネムーンスイートのベッドの上で男性遍歴が豊富なくせにヴァージンを装い恥じらう新妻を演じているかまととのように私はフィオナに下品な行為を陳謝した。
私は上品を装いつつも積極的にボトルに手を伸ばしシャンパンをがぶ飲みした。
せめて100ドル分の内75ドル分くらいは元を取ってやるわ。
私はホームスティールを狙っているサードランナーのように虎視眈々とシャンパンのボトルを狙っていた。
私はジャンジャングラスに注いで禁断の雫を呷った。
負けじとフィオナもガンガン飲んでいる。
嗚呼、私のモエ エ シャンドンがどんどん減っていくわ。
お互い会話もそこそこにシャンパンをがぶ飲みし、ものの数分で2本目のボトルは空となった。
私は味わうという喜悦を忘我のうちに放棄していた。
空虚感だけがサンダーストームのように駆け抜けて行った。
フィオナがワインクーラーを抱えキッチンに行った。
「このペースなら氷は少しでいいわよね」
キッチンからフィオナが何か言ってるなとは思ったがペースの速さに酔いが回り私はあまりよく聞いていなかった。
無言でスルーするとフィオナがリヴィングに戻るなり間髪入れずにコルクを抜いた。
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