8.金払い
フィオナがデリバリーの注文の電話を切って私の方を見た。
久久の対面なのでぎこちない空気が空間を漂う。
「元気にしてた、フィオナ?」
私はSM倶楽部の待合室で偶然に出会した会社の上司と部下のような空気感に耐えられず当たり障りのない話で切り出した。
「ええ、私は元気だったわよ。キャシーはどうだったのよ」
他愛も無い会話で場を取り持つ。
30分後。
インターフォンが鳴りピッツァのデリバリーが来た。
フィオナがオートロックを解除して玄関に財布を持って行った。
デリバリーボーイの歯切れのよい声がした。
「ミックスシーフードのミドルサイズとイベリコ豚とフルーツトマトとバジルソース掛け4色チーズの彩りピッツァのミドルサイズですね。お会計は61ドル75セントになります」
フィオナがデリバリーボーイに言った。
「あら、あなた可愛いわね。いつもの子はニキビ面で顎もしゃくれてて会う度に食欲が失せちゃうのよね。これからは、あなたが持って来てちょうだい。これ80ドル。お釣りはチップに取っといてちょうだい」
フィオナはデリバリーボーイに色目を使いウインクまで投げて寄越した。
デリバリーボーイの子は嬉しそうに「えっ、こんなにチップ貰っちゃっていいんですか?」と問い返した。
「ええ、いいのよ。気にしないで取っておいてちょうだい」
私は羽振りの良さにフィオナの金蔓の事が気になった。
フィオナがピッツァを抱えてリヴィングに戻って来た。
私は一応、社会人のエチケットとしてバッグから財布を出して聞いた。
「ごめんね、フィオナ。私が出すわ」
私は割り勘が妥当であろうという楽観的な気持ちで言ったつもりだった。
すると、フィオナが満面の笑みで言った。
「あら、そう。ありがとう、キャシー。80ドルよ。それと、モエ エ シャンドンが50ドルで130ドルよ」
私は目じゃなくて耳を疑った。
まるで突発性難聴にでもなったかのように何を言っているのか判然としなかっった。
私は「えっ、今何て言った?最近、耳の調子が悪くて聞き取れなかったわ」と言い返そうとも思ったが社会人としてのプライドが自重させた。
がめつい女めッ!
彼女は昔からこういう一面があったという事を私は失念していた。
財布なんて出さなきゃよかった。
財布の札入れには100ドル紙幣と20ドル紙幣しか入ってなかった。
「140ドルしか無いわ」
流石に「お釣りある?」なんて聞けなかった。
私は10ドル負けてくれるかと淡い期待を抱いて45秒の沈黙を貫いた。
フィオナが体裁を繕うように言った。
「ごめんなさい、キャシー。今、10ドル紙幣を切らしてるの。丁度あるかしら?」
「あっ、私も100ドルと20ドルの紙幣しかないんだけど…」
私は哀願の眼差しでフィオナの瞳を見つめた。
何も応答が無い。
フィオナは全財産をヴェガスのカジノで擦ったギャンブラーのように肩をすくめて首を振っていた。
私には、これ以上の引き延ばし工作も徒労に終わり私の人間性までも疑われそうな気がしたので140ドルをフィオナに手渡した。
「ありがとう、キャシー。今月は金欠で困ってたのよ。助かるわ」
フィオナは悪びれもせずに140ドルを財布に仕舞った。
絶対に金欠なんて嘘だ。
あのデリバリーボーイのチップも私が払った事になるしフィオナがモエ エ シャンドンの金額を正確に言ったとしても10ドル得してるじゃないの。
フィオナの事だから絶対に水増し請求してるに違いないわ。
私は、こんな事になるなら、あのデリバリーボーイを呼び戻して肩でも揉ませてやりたいわという衝動に駆られた…
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