6.是非、死んでください

部屋に入るなりベッドサイドのナイトテーブルの上のラップトップを起動させた。


彼の帰りの遅い時もあり随分前から夫とは寝室を別にしている。


私はアマゾンにログインしカスタマーサービスに商品が入っていない旨を書き込み送信した。


ハアーーー。


またも無意識の内にに零れる大きな溜め息。


余計な手間まで取らされて楽しみにしていたCDはお預け。


踏んだり蹴ったりだわ、もー。


骨折り損のくたびれ儲けだわと私は10分くらい寝室のベッドで放心状態になっていた。


そういえば、ケンタッキー買って来るっていってたなぁ~。


ケンタッキーでも摘みながらプライムビデオで『ソプラノズ』の続きでも観よっかなぁ~。


この前買ってたハイネケンが半ダース冷蔵庫に冷えてるし。


私は気を取り直しベッドから起き上がろうとしていた。


すると、夫の寝室の方から耳障りな音楽が…


サブちゃんの“函館の女”のイントロと下駄のカランコロンという足音が寝室に近付いて来た。


私は嫌な予感がした。


今から起こる出来事に対処する時間は私には残されていなかった。


ごくり。


生唾を呑み込む音が鼓膜を介して脳内に残響として広がる。


私は安眠中に強盗に侵入され間一髪でクローゼットに身を隠し息を呑みながら気配を殺している女の心境だった。


寝室の扉の入り口にナイトクラブのスタンダップコメディアンよろしく!颯爽と現れた夫。


着流しと下駄姿で薄くなったボリューム感の無い頭髪をポマードでジャパニーズサラリーマンよろしく!七三ヘアにびっちしと撫で付けている。


右手にはカラオケ内蔵マイク。


そして彼は私の寝室に乱入してくるなり飛び切りのスマイルでBGMに合わせて熱唱した。


「は~るばる来たぜ 箱だっけ~♪あ~なたと食べたいッ さ~け茶漬けぇ~~~♪♪♪」


夫は熱唱しながらカラオケ内蔵マイクを握っていない方の手を着流しの胸元に差し込んだ。


そして、夫は蛮行に出た。


自分の夜食用に大量に買い込んでいた永谷園のさけ茶漬けを悪徳商法で成金に伸し上がったおじさんよろしく!まるで、札束の帯を切ったばかりの新札の100ドル紙幣でもばら撒くかのように散布してるのである。


えっ、一体何が起こっているの?


私はホリフィールドに強烈な左フックを喰らってMGMグランドガーデンアリーナのリング上でダウンし虚空を漠然と見ているような感覚に捕らわれた。


脳の中を羽音を立ててグルグルと蠅の群れが旋回している。


レフェリーが10カウントの7つ目まで数えている声が聞こえてきた。


その夫の蛮行はタイソンがホリフィールドの耳を噛み千切った光景よりもインパクトの面では私にとっては絶大だった。


また何処かで馬鹿な日本人観光客から入れ知恵されたんだわ。


クソッ、クソッ、クソッ、イエロージャップどもめ。


私は何故、此奴と結婚したんだろう。


私は無言で夫の横をすり抜けリヴィングのテーブルからキーチェーンを引っ手繰るように掴み取りガレージのライフに向かった。


サブちゃんの等身大ポスターの視線が私の事を流し目で見ている様に感じて目敏かった。


夫は私の後を金魚の糞のように付いて来て「あれ、何処に行くの?僕が買って来たケンタッキー食べないの?」と聞いてきた。


無視!


無視!


無視!


眼中に無し!


ポマードで撫で付けた七三ヘアを鷲掴みにして引きずり回したい衝動を抑え私はライフに乗り込みキーを捻りバックさせ公道に出るとホイルスピンさせながらその場を走り去った。

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