第7話

きらきらひかる おそらのほしよ

まばたきしては みんなをみてる

きらきらひかる おそらのほしよ


ってスクリーンが歌いだした。それを私は記憶していないのに、なぜか胸にせまってくる。覗いてみると、お母さんだった。もう記憶していた顔もおぼろげだったけれど、間違いない、お母さんだ。私の奥にちゃんと入っていたんだ。


お母さん。


ずっとその名前を呼びたかった。


5歳の時に、私はデパートに置きざりにされた。それでもずっとお母さんが迎えに来ると思っていた。なぜなら記憶の中のお母さんはとても優しかったから。だんだん声を思い出せなくなって、顔が細かく思い出せなくなって、そうやって忘れていくことが申し訳ないと、そう思えるほどに。


でもやっぱりそうだった。今スクリーンに映るお母さんは、とても優しく赤ちゃんの私に歌ってくれている。でも記憶のそれよりもこうしてはっきりと見るお母さんは、とても顔色が悪く折れそうなほど細い。そして私の隣にはもう一人、おばあちゃんがいる。この人のことを私はあまり覚えていない。スクリーンがつむぎだす映像を見る限り、この人は私のお祖母ちゃんで、ほとんど寝たきり。だけどお母さんが朝から夜遅くまで働いているからその間、私を見てくれていた。お母さん、どんなに遅く帰ってきても私に話しかけてくれている。抱きしめて、寝てくれていたんだ。なんでこんなに大切にしてくれていたのに、私を捨てたの?この家、隙間風が入って寒かったけど、ごはん少なかったけど、私、幸せだったのに。


ごめんね、お金、少なくなっちゃったんだ。


ってお母さんの声が聞こえる。お祖母ちゃんが亡くなったみたい。どういうことだろう。それから毎日、お母さんは私の預け先に苦労していた。お母さん、私がいる時にごはん食べてない。ただでさえ青白かった顔がどんどんひどくなっていく。


次に映ったのは電車に乗っているシーンだった。私は初めての電車に興奮している。お母さんは私を抱っこして、外の景色を見せていた。私は温かそうな上着とマフラーまで巻いているのに、おかあさんはカーディガンだ。そして、降りてから、デパートへ向かっていった。そうか、この日は私が捨てられた日だ。私は初めての大きな建物に感動して


ここ大きくて温かいねー!


って言っている。今まで見たことのない色んな色、キラキラした飾りに私は夢中だ。だけどお母さんは


そうね


というだけだった。屋上に行くといろんな乗り物があった。寒い中でも大勢の人ににぎわっている。私は大興奮でお母さんの手を引いて、あれ何?あれ何?って聞いて回っている。お母さんが膝をついて、私の頭をなでて、抱きしめた。その感じに私は少し違和感を感じながらも、初めて見る光景に興奮が勝っていた。長めの抱擁を終えると、お母さんは笑って


あれ、乗ってきていいわよ


って手のひらに小銭を載せてくれた。やった!ってすぐにでもそこに行きそうな私を、引き留めてお母さんは言った。


小鳥、お母さんって言って。


私は不思議に思いながら


お母さん


っていった。


かわいい声。私、小鳥の声がすごく好きなの。生まれた時、天使の泣き声かと思ったから。だから小鳥って名前にしたの。ごめんね、名前しかあげられないようなうちで産んで。だけどお母さん、貴方のことをずっとずっと愛してるからね。


今にも泣きそうな声でお母さんは言った。私は満面の笑みで


知ってるー!


って答えた。お母さんも笑って、


ほら、いってらっしゃい。


って私の背中を押した、私は


いってきます!


と言って遊具の中に駆けていった。お母さんは静かに人ごみの中に消えていった。


お母さん、私の名前、そういう意味だったんだね。


私、自分の名前をようやく思い出せたよ。


私の名前は小鳥。小鳥だ。


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