第5話

生きてるって、もしかしたら毎日が答え合わせなのかもしれない。今日美香がなんというのか。昼ごはんに何を食べて、いつ寝るのか。それは決まっているようで決まっていない。未来があるものにしか見られないことの連続なんだ。


もうここには何もない。未来も今もない。過去だけがかけらのように過ぎ去っていく。ぐるぐると螺旋を描くように。落ちているのか上がっているのかもわからない。


けれど無数の思い出がキラキラと星空のように舞い始めた。どうやらここは地獄ではないようだ。でもきっと天国でもない。キラキラ輝く私の欠片は、どれを覗いても他愛もない。美香との帰り道だったり、学校のプールだったり、何気なくて何を話したかも覚えていない。そんな日常の欠片が無数にキラキラしている。こんな一日の欠片のようなものが私にとってこんなに幸せなことだったのかと気づく。無数の美香との帰り道。何を話したのかなんてほとんど、覚えていないのに。



聞く?


ってスクリーンが透の姿を映し出した。中学校に上がった私は、いじめこそなくなったもののクラスメートとはつかず離れずの距離感だった。美香の委員会が終わるまでの待ち時間を、教室になんとなくいることができなくて外の非常階段に出た。扉を開くと初夏の青空がきれいで、少し熱い外気は爽やかで深く呼吸ができた。そんな階段の踊り場で、透がカセットウォークマンを聞きながらギターを弾いていた。透は口数が少なくて、重めの黒髪がなんとなく近寄りがたい空気だった。お互い話かけなかったけど、私はイヤフォンから漏れる音楽が気になった。


音楽が好きだった。施設のテレビを見る時間、みんなはアニメを見たがったけど、私はいつも音楽番組を希望した。気になるけど、話しかけられない。そんな気まずい雰囲気が流れた時、透が聞くかと聞いてくれたのだ。


聞く。


私はそれだけ言って、彼の隣に座った。イヤフォンを片方貸してもらった。やっぱり。私が好きな女性バンドの曲だった。


いいよね、これ。


うん、名曲。


そういって、透が練習中のギターを弾くから、私は自然と歌っていた。


いい声だね。


そういわれて、頬が熱くなったのを覚えている。それからたびたび、透と非常階段で音楽の話をするようになった。時に歌いながら。透は私が知らない海外の歌もたくさん知っていた。どれがいいとか、この歌は流行るよねとか、それはとても楽しい時間であっという間だったから、美香が迎えに来ることがあった。美香が来るとき、透は「っす」みたいに呟いて下を向く。それが、少し傷ついた。美香がきれいなことを、はっきりと自覚した頃だった。


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