第3話

施設の人にひどいことをされてきたわけじゃない。ご飯も三食出てきたし、時々お店でお菓子を買ったりもできた。隙間風なんて吹かない、ちゃんとした大きい家だったし、みんなでゲームだってできた。仲良くなれない子はいたけど、学校みたいにいじめが起こるなんてことはなかった。だけどここはずっとの家じゃないことはわかっているから。卒業していくお兄さんやお姉さん、新しく入ってきたり、戻ってきたりする子供たち。


スクリーンが夜の道を流しだした。


美香と部屋割りが違う時、どうしても耐えられない夜があった。暗闇の中に風船を離すみたいに、自分の境界線とけてなくなるようで、たまらなくなって施設を飛び出したことがあった。外は暗くて、裸足で来たから足が痛くて。もうこのまま消えてもいいなって思いながら街路灯の光に向かって歩いていたら、美香だけが気づいてこっそり探しに来てくれた。どこにあったのか、手にプリンを持って。


食べたら、ばれないうちに帰ろう。


それだけ言った。施設からいなくなったことばれると、警察に通報されちゃうから。それでも長い時間、街路灯の下、二人無言で座った。プリン、スプーンがなかったから下のポッチを折って、少しずつ口に流した。


あのプリンが一等おいしかった。


最後、涙の味になったけど。すすり泣く私の手を優しく握ってくれた美香のぬくもりを頼りに、夜の道を帰った。


美香。あの時、美香も裸足だったんだね。気づいてなかった。あのプリン、どうしたの?買ったの?ねえ、美香。キラリ、と光る欠片が側に現れた。ガラスの破片のようで尖っているようで尖っていないその煌めきの中に、この日の美香がいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る