第367話 悪鬼変生

367


 西暦二〇X二年八月一二日黄昏時。

 勇者パーティ〝TOKAI(トーカイ)〟を束ねる代表、八闇はちくら越人えつとは、コピー能力を使って、顔を老若男女コロコロと変えながら、岩壁がんぺきふもとでクツクツとほくそ笑んだ。


「クククっ。八岐大蛇やまたのおろちのエージェントとして、人類史を学んだが……、どんな名将も勝てない強敵がいる。それは、武器の欠如と疲労だ」


 人間は、補給と休息なしに戦えない。

 それは〝鬼の力〟という新しい力を得ても変わらない。


出雲いずも桃太とうたは、切り札の〝生太刀いくたち草薙くさなぎ〟と、建速たけはや紗雨さあめとの変身を使いきった。五馬いつまがいとの変身も既に限界だろう。今日は、朝早くヤタガラス隊との交戦から始まって、勇者パーティ〝K・A・Nキネティック・アーマード・ネットワーク〟との連戦だ。もはや奴らに武器弾薬はなく、戦闘を続ける体力も残っちゃいない」


 同刻、異界迷宮カクリヨの第九階層〝木の子の谷〟では……。

 額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太ら、冒険者パーティ〝W・Aワイルド・アドレンチャラーズ〟が、異世界クマ国の防諜部隊ぼうちょうぶたいヤタガラスと協力し、日本国でクーデターを起こし、異世界クマ国を乗っ取ろうとしたテロリスト団体〝K・A・Nキネティック・アーマード・ネットワーク〟を完全に制圧した。


「やめだやめだ。大将が負けちゃどうしようもない」

「無念ですが、煮るなり焼くなり好きにしてください」


 歯並びの悪い痩せ男、索井さくい靖貧せいひんや、太っちょの郅屋しつや豊輔ほうすけといった隊長を含めた一般団員も降伏し、戦場に弛緩しかんした空気が流れた時……。


「ががっ、が、GAAAAAAA!」


 桃太の必殺技を受けて、谷の奥地まで吹き飛ばされたはずの七罪業夢が、突如として谷に響き渡るほどの大声で悲鳴をあげたのだ。


舞台蹂躙ぶたいじゅうりん 役名変生やくめいへんじょう――〝大蛇おろち第七の首――吸血竜きゅうけつりゅうドラゴンヴァンプ〟!」


 業夢は最後の名残とばかりに、大音声で名乗りをあげるや、カメレオンに似て舌が長く、背には壺のような器官を背負う全長五メートルはあろう異形のドラゴンへと変貌した。


「〝大蛇おろち第七の首、吸血竜ドラゴンヴァンプ〟だって!? 業夢さんも鬼に堕ちたのかっ」


 桃太達がこれまで倒した、八代勇者パーティに巣くった悪鬼の中の悪鬼。

 嘘で世界を塗りつぶす〝八岐大蛇・第三の首〟黒山くろやま犬斗けんとや――、

 死肉と腐敗を操る〝八岐大蛇・第四の首〟四鳴しめい啓介けいすけ――

 が変身した怪物同様に、業夢もまた八岐大蛇・第七の首となりはて、鋼の如き鱗の隙間から、自らの血で作り上げた赤黒い翼を生み出して、戦場へと舞い戻った。


「連戦はキツいけど、業夢さんだって疲れているはずだ。血の補給ができないなら、勝機はある。正々堂々受けてたつ」

「おうよ」

「ニャーっ(どうやら黒山のように空間を支配できるわけでもないし、啓介のように無限の電力や死のケガレを扱えるわけでもなさそうね。〝忍者〟の力で倒しましょう)」


 桃太も、彼の顔に張り付く仮面となった五馬いつまがいも、三毛猫に化けた少女、三縞みしま凛音りんねも、一度勝利したことで甘く見ていたのかも知れない。


「クククっ。残念ながら、そいつはもう業夢ではない。吸血竜ドラゴンヴァンプは、この場の戦力では殺せない。出雲桃太、五馬乂。貴様達は、チェスでいうところの、逃れられない詰み。チェックメイトにハマったのだと思い知るがいい」


 七罪業夢を竜に喰らわせた八闇越斗が陰で嘲笑う中、桃太と彼の仲間達の、この日最後の、あるいは一生の最期となる戦いが始まった。

――――――――――

あとがき

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