第9話 親友との別離


 水苔の洞窟内で採取した草と苔を、一定割合で樽に詰めて発酵させれば、スタングレネードに似た道具となる。

 研修の始まりに習った授業は正しかった。

 オールバックの少年、くれ陸喜りくきがアイマスクと耳栓をつけて蹴飛ばした樽は、異界迷宮〝水苔の洞窟〟の階層を閃光と轟音で満たした。


「おいいっ、学級委員長。いったい、何をやっているんだ?」

「おのれおのれ、ガキめ、お前も偉大なる勇者パーティ〝C・H・Oサイバー・ヒーロー・オーガニゼーション〟を裏切るのか?」


 鬼の力に憑かれた冒険者が一〇〇人集まっても、不意打ちを受けてはたまったものではない。

 赤い瞳の生徒たちはショックのあまり大半が気絶して、修羅場に慣れているはずの大人達も大勢が目と耳が利かなくなって転倒した。


「そう。私は学級委員長だ。婦女暴行もイジメも許さん。これのどこが〝勇者パーティ〟のやることだ!」


 陸喜りくきの正論は、鬼の力に狂ったクーデター参加者達に聴こえていたのだろうか?

 もっとも当人も、アイマスクこそ外したものの耳栓をつけたままだったので、狂った群衆が浴びせる罵詈雑言ばりぞうごんを平然と受け流している。


「出雲君、今がチャンスよ。これを使って!」


 矢上やがみ遥花はるかは、今やテロリストに堕ちた勇者パーティ〝C・H・O〟の注意が逸れた隙を突き――。栗色の髪から赤いリボンを外して、桃太の右手に握らせた。


「このリボンは、〝夜叉やしゃ羽衣はごろも〟と呼ばれる〝鬼神具きしんぐ〟なの。伸ばすも縮めるも、蜘蛛糸のようにくっつけたり外したりするのも自由自在。出雲君の思いのままに動くわ。呉君と合流して、ひとまず奥へ逃げましょう」

「先生、わかりました。こう使えば良いのかな」


 桃太は赤いリボンを伸ばして、自分自身と遥花の体に巻きつけ、フルハーネスのように結びつけた。


「うおおお、漫画やアニメみたいにやれるかなっ!」


 さらに夜叉やしゃ羽衣はごろもを伸ばし、洞窟天井の突起に巻き付かせて、あたかも映画のワイヤーアクションのように二人で滑空した。


「ちくしょう、涙が止まらない」

「耳も聞こえないし、ちゃんと立てないよっ」

「彼は劣等生じゃなかったの? なんであんなに自由自在に動けるのよ!」

「だから殺さなきゃいけないのでしょう!」


 赤い瞳の狂信者集団が、投げナイフや魔法矢を浴びせてくるも、桃太は己が手足のように赤いリボンを操って回避、親友の元へと辿り着いた。


「リッキー、一緒に行こう!」


 桃太は左手を伸ばそうとしたが、負傷のせいか思うように動かなかった。


「ああ、トータ!」


 それでも陸喜が手を伸ばし、桃太の手を握った瞬間。

 バン、という発砲音が響いて、親友の胸が鮮血に染まった。


「リッキーいいいい!?」


 日本政府を裏切った、元監察官の黒山くろやま犬斗けんと

 彼が履いた皮具足の一部が裂けて金属製の義足があらわになり、黒光りする銃口が見えていた。


「黒山、貴様ああ。よくもリッキーをっ」

「クソガキども、良いことを教えてやる。異界迷宮の中でも銃を使う裏技はあるし、怪物どもに通じなくとも人間相手なら効くんだよ!」


 黒山の義足から八発の弾丸が立て続けに放たれて、六発は外れたものの……。


「出雲君、わたしを盾に使いなさい。あうっ」

「そんなことできません。があっ」


 二つの銃弾が、それぞれ桃太の左手と遥花の右足に直撃。

 桃太は衝撃のあまりリボンのコントロールを失い、遥花と共に洞窟の壁へ激突し、真下にあった縦穴へと落下した。


「うわああああああっ」


――――――――

あとがき

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