第8話 裏切り者


「リッキーが使った〝鬼の矢〟を、俺なりに再現する。これで、どうだあっ!」


 桃太とうた凛音りんねに掌底を命中させた。

 青く輝く掌から、螺旋を描く衝撃波が生じて、凛音を包み込んだ。だが――。


「こ、これが勇者パーティ〝C・H・Oサイバー・ヒーロー・オーガニゼーション〟を束ねる、鬼勇者ヒーローの力なのか?」

「よく言うわ。弱い力をここまで練り上げるなんて、さすがは伝説に謳われる〝かんなぎの力〟といったところかしら。命の危険を感じたのは、一〇年前のお家騒動以来よ」


 彼女が印を結んで作り上げた、全身を覆う黒い雪のような鎧に阻まれていた。


「一〇年前のお家騒動?」

「失言だったわね。そんなことより、貴方も矢上やがみ遥花はるかも、そんな満身創痍まんしんそういで、いったいどう巻き返すつもり?」


 凛音の問いかけに、桃太は思わず背後を見た。

 なるほど彼は額に十字傷を刻まれ、左腕をえぐられ、左肩を撃たれて重傷だ。

 しかし、恩師たる女性は戦いを優位に進めていたのではなかったか?


「矢上先生っ」


 桃太が振り返ると、栗色の髪を赤いリボンで結んだ恩師が、黒い皮鎧を身につけた男と揉み合いになって、薄い緑と藍色のフリルワンピースを裂かれ、白い肌があらわになって倒れるのが見えた。


「鷹舟副代表が戻ってきたのか? いや、アンタは政府が派遣した目付役の、なんだっけ?」


 遥花を打ち倒したのは、ギラギラと光る大ぶりのナイフを握り、禍々しい獣皮を重ねた革鎧を身につけた、いっそ山賊という表現が似合うヒゲ面の中年男だった。

 

「クソガキめ、わしの名前ぐらい覚えておけ。冒険者監督省、上級監察官の〝暗黒鬼士ロード〟、黒山くろやま犬斗けんとだ」

「長い肩書きだけど、アンタはもう役人じゃないだろっ」


 口さがない生徒達の間では、「実は犯罪者が入れ替わっているらしい」とか、「調査の名目で女生徒を乱暴しているらしい」などといった噂が流れていたが……。

 瓢箪ひょうたんからこまとはこの事か、黒山は本当にテロリストへ堕ちていたようだ。


「黒山監察官。貴方が裏切ったということは、日本政府や、八大勇者パーティを統括とうかつする〝獅子央ししおう家〟にも、スパイが入り込んでいるの?」


 遥花は破れた胸元を隠しつつ、破れたリボンを操って抵抗を試みている。


「裏切った、か。グヒヒ、元天才少女よ、先にわしらの期待を裏切ったのは、アンタの方だろう?」


 しかしながら、犬斗は手足に絡みつくリボンをナイフで切り伏せ、遥花の衣服を嬲るように引きちぎった。


「一〇年前に英雄、獅子央ししおうほむらが亡くなってからの〝御家騒動〟で、子供だったアンタの意見は、獅子央ししおう賈南かなん達に聞き入れられず、弘農こうのう一葉いちは二河にかわ五馬いつまと多くの血が流れた。だから潔く政治の舞台から去ったのだろうが、石にかじりついても相談役を続けるべきだったんだよ」

「訳の分からないことを言っていないで、矢上先生から離れろっ。この助平野郎!」


 桃太は恩師への侮辱を見過ごせず、凛音に背を向けて駆け出した。

 彼は凛音から追撃を受けることを覚悟したものの、もはや勝負はついたと見たのか、彼女は気だるげに見送るばかりだった。


(まずい、どうすればいい? クーデターを止めるはずの役人まで懐柔されている。外の警察に通報しようにも逃げ場がない)


 そして、状況は更に悪化する。


「イハハハッ。おいおい黒山ぁ、流石にいいがかりだろう。もし矢上の雌狐が相談役として残っていたら、お前は〝なんで潔く辞めなかった〟って因縁をつけたに違いねえ」


 桃太が遥花の側に駆け寄った時には、渋茶色の着流しを羽織った灰色髪の副代表、鷹舟たかふね俊忠としただが、新たに赤い瞳の研修生とプロの冒険者一〇〇人を連れて到着したのだ。


「グヒヒ。そりゃ、そうか。鷹舟の言う通り、わしは元々、天才なんて呼ばれたこの女を、組み伏せたくてたくて仕方がなかったんだからよ」

「くそったれ、地獄へ落ちろ」


 桃太は震える遥花の肩を右手で抱き、舌を伸ばしてナイフを舐める犬斗から守ろうとするも、正直なところ勝ち筋がまるで見えない。


「負け犬の遠吠え、ご苦労さん。クソガキ、ひとつ学んだだろう? 大人の世界は準備と根回しがものを言うんだよ」


 桃太は犯罪者の言うことかと歯噛みするものの、打開策はまるでない。否!


「それは、どうかな? 先生を連れて逃げろ、トータ!」

「リッキー!?」


 増援の最後尾にいたくれ陸喜りくきが、桃太ら生徒達が集めた草と苔を詰めた樽を転がして、洞穴内は閃光と轟音に満たされた。


――――――――

あとがき

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