第7話 恩師


 前門の虎、後門の狼とはこのことか?

 出雲いずも桃太とうたは、機械化した両腕で岩盤をも切り裂く剣鬼、鷹舟たかふね俊忠としただの魔手から逃れたものの……。

 今度は、冒険者パーティ〝C・H・Oサイバー・ヒーロー・オーガニゼーション〟の代表であり、ロボットめいた義眼から熱光線を放つ和服姿の少女、三縞みしま凛音りんねが立ちはだかった。

 

「三縞代表、考え直してくれ!」


 桃太は壊れた剣を投げ捨て、水に濡れた洞窟内を走り回って熱線を回避しつつ、凛音に反乱計画を止めるよう呼びかけた。


「今は二一世紀だぞ、クーデターなんて成功するはずがない。パーティの中にだって、反対する奴はきっといる!」

「出雲君と言ったわね。世界に目を向ければ、二一世紀でもクーデターなんてありふれているものよ。それに、反対派の制圧はすでに終わったわ」


 桃太は凛音の指摘を受けて、恐る恐る背後を振り返った。


(なんの映画だ? なんのフィクションだ?)


 桃太は戦闘に夢中で気づいていなかったが、あまりに濃厚な血の匂いにむせて吐きそうになる。

 この一ヵ月を共に過ごした、見覚えのある生徒や大人が全身を切り刻まれて、折り重なるように死んでいた。


「異端者を追放せよ!」

「劣等生は撃ち殺せ!」


 彼や彼女を葬ったのだろう、二〇人の殺人者……。豹変(ひょうへん)した生徒たちは、鬼の力に憑かれた、赤い瞳を輝かせながら、ゾンビ映画のクリーチャーのように距離を狭めてくる。


「わかったでしょう? まだ抵抗しているのは、貴方達二人だけよ」


 もはや凛音が、直接手を下すまでもない。

 二〇人を超える鬼憑きの集団が、一斉にナイフを向けるのだ。

 桃太には逃れるすべなどなかった。しかし。


「え、二人って、俺と誰のことだ?」


 桃太が誰何すいかの声をあげると、バシャンバシャンという水音が立て続けに響き渡った。

 栗色の髪を赤いリボンで結び、薄い緑と藍色のフリルワンピースを着た女性が、タイトスカートから伸びた黒タイツを履いた足で洞窟の壁を蹴り、桃太と追っ手の間に割り入ったからだ。

 彼女は、髪と衣服を飾る黄や白や青といったリボンを伸ばして巧みに操り、迫りくる武器を全て叩き落とした。


「出雲君、無事だったのねっ」

「矢上先生!?」


 恩師たる女性は、鬼気迫る生徒の群れを相手に一歩も退かずに交戦の構えを見せた。


「ありがとうございます。俺が前にいる代表を引きつけるので、先生は後ろのあいつらをお願いします」

「本当にいい子ね。……ごめんなさい。こんな馬鹿げたことに、貴方を巻きこんでしまった」


 桃太は、遥花の謝罪に違和感を覚えたものの、その疑問を口に出す余裕はなかった。


「お喋りをしている暇はないわよ」


 凛音が、両の義眼から再び熱レーザーを放ち――。


「危ないっ」


 遥花が、前方にリボンを壁のように並べて防いだものの――。


「ぐぅっ」


 熱線は、防壁をあっさりと焼き切って桃太の左肩を撃ち抜いた。


「出雲君っ、大丈夫!?」

「かすり傷です。どうってことない」


 桃太は激痛に顔を歪めるも、立ち止まらない。 

 彼の左手は、鷹舟の義手に切られ、凛音の熱線に撃たれ、もはや満足に動かない。

 それでも彼は痛みを押し殺し、八大勇者パーティ〝C・H・O〟の代表少女に向かって疾走する。


「そう。線の攻撃で止まらないなら、面の攻撃を試してみましょうか」


 凛音が薄く微笑むや、義眼から発射する熱線が複数に分かれ、格子こうし状のレーザー板を形成して直進した。


「うおおおっ。ここ、だあっ」


 桃太は遥花のように洞窟の壁を蹴りながら、岩床のわずかな窪みを利用してレーザー板をくぐり抜けた。

 額に十文字傷を刻まれた少年の無謀な突貫は、結果的に囮として十全な働きを担ったのだろう。


「貴方達は、全員補習ですっ」


 遥花のリボンが宙を舞う。


「劣等生を追放、うわああ」

「異端者に死の制裁を、ひいい」


 遥花が大きな胸を弾ませながら投げたリボンは、浜に打ち寄せる白波のように、あるいは鎌首をもたげた大蛇のように伸びて、赤い瞳の生徒達二〇人を縛り上げた。そして。


「〝鬼の力〟は必要ない。この異界の土が、水が、風が、俺に力を貸してくれる。三縞凛音、アンタを止める!」

「驚いた。ワタシの目と耳の分析を超えたんだ?」


 桃太もまた熱線の迎撃をくぐり抜け、凛音に青く輝く右の掌底を届かせていた。


――――――――

あとがき

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