第4話 惨劇と覚醒


 出雲いずも桃太とうたくれ陸喜りくきは、冒険者育成学校で訓練に励んだ。

 ランニングから始まって、筋力トレーニング、格闘訓練、座学、そして〝鬼の力〟を引き出す為の獣骨じゅうこつや奇石を使った不可思議な儀式……。

 小柄な劣等生と背の高い優等生という対照的な二人は、なぜだかウマがあい良くコンビを組んだ。

 桃太と陸喜はくたくたになって寮に帰る前、近所のハンバーガーショップへ寄り、ポテトをさかなにジュースで乾杯して、たわいも無い夢物語に花を咲かせるのが常だった。


「なあ、トータ。今は跡形もなく消えてしまったが、何十年も前の高度経済成長期、ジイサマのくれ陸尊りくそんと、オヤジのくれ陸項りくこうが率いた冒険者パーティ〝G・O(グレート・オーキス)〟は、八大勇者パーティにも負けない強さだったんだ。私はいつか〝G・O〟を再建したい」

「リッキーなら出来るさ。クラスの誰よりも早くテストに合格して〝黒鬼術士ソーサラー〟の〝役名〟に就いたし、前の全国試験だってトップ一〇位だったじゃないか」

「学級委員長として皆の模範になりたいからな。我が友よ、ありがとう。私が独立を果たしたその時は、共に迷宮最奥にあるという幻の国を……、いやトータに是非副代表をやって欲しい」

「ああっ、皆の度肝を抜かしてやろうぜリッキー!」


 それは、子供らしい希望に満ちた未来図だった。

 冒険者育成学校の教練開始から、半年が経った二〇X一年一〇月八日。

 出雲いずも桃太とうたは退学期限ギリギリで斥候スカウトの〝役名〟に就き、他の冒険者育成学校の生徒達と共に、スポンサーである八大勇者パーティ〝C・H・O (サイバー・ヒーロー・オーガニゼーション)〟の実地研修に参加した。

 生徒達は、太平洋沿岸に浮かぶ和邇わに島へ専用船で移動。光り輝く〝裂け目〟をくぐって、水がしたたる緑に覆われた岩の洞窟へ足を踏み入れた。


「ここが初心者向けの第一階層、〝水苔みずごけの洞窟〟になります。怪物はまだ出現しませんが、足場が悪く、縦穴に落ちたら命はありません。くれぐれも足元に気をつけて探索してください」


 研修生は怪物との戦闘にはまだ早いため、異界迷宮の空気に慣れることを目的に、苔や草の採取を命じられた。


「これらの植物は、特定の割合でたるに詰めて発酵させると、大きな光と音を発するスタングレネードのような武器になるんです。もしもの時、皆さんの身を守るのにも役立ちますから、頑張って集めてくださいね」

「はーい。メモメモと。蛍光ペンあるけど使う?」

「ありがと、携帯端末が使えないと、写真撮影も録音もできないから不便だねえ」


 異なる世界ゆえか、迷宮の中では精密機械が作動せず、無線通信どころか携帯端末そのものが機能しなかった。

 生徒たちの中には不便さから不貞腐ふてくされる者もいたが、桃太はそれどころではなかった。


「うひゃあ、これが空間転移ってやつか。ドキドキするなあ。この苔、真っ赤で燃えているようだし、この草は青くて宝石みたいだ」


 支給品の灰色ツナギを着て、採集袋を手にはしゃぎまわっていると――。

 勇者パーティ〝C・H・O〟に所属する遺跡探索者のうち、ある者は和やかに頬をほころばせ、ある者は苦虫を噛み潰すように桃太を睨みつけた。


「へえ、今年は元気な子が研修に来たなあ」

「微笑ましいわね。私にもあんな時代があったわあ」

「しっ、目を合わせちゃダメよ。あの子、とんでもないクソステータスって話だもの」

「そんな劣等生が来るなんて、かの英雄、獅子央ししおうほむらの縁戚たる〝C・H・O〟も堕落したものだね」


 桃太は、聞こえないふりをした。

 いや実のところ、外野の野次などろくに耳に入っていなかった。


「うおおおっ、これも、これも、あれも凄い!」


 桃太は、地上では見られない〝曲がりくねった花の咲く草〟や〝幾何学模様きかがくもようを描くコケ〟、〝泡のように消えては生まれる鉱物〟に見入っていた。

 辞典を片手にあれこれ採取に励むと、一ヶ月の時間が瞬く間に過ぎていった。


「ZZZ……ん?」


 一一月七日、草木も眠る丑三つ時。

 深夜二時過ぎに、洞窟内のキャンプ場に建てたテントで眠る桃太は、異常を感じて飛び起きた。


「リッキー、おかしいぞ。血の臭いがする。矢上先生を起こそう」


 寝袋を脱ぎ捨てながら、傍らにいるはずの親友に呼びかけると……。

 薄暗いランプの明かりが、ナイフを手に立つオールバックの少年、くれ陸喜りくきの影を映していた。


「すまない。我が友よ、決別の時が来た。冒険者パーティ〝C・H・O〟は今日、日本国に宣戦を布告する」

「リッキー。寝ぼけているのか、それとも、そういう設定の模擬訓練か?」


 桃太は、半年を共に過ごした友。誇り高き学級委員長の、突飛な言動に困惑した。


「トータは〝選ばれなかった〟が、他の奴にやらせるのはしのびない。せめて痛みのないよう即死させる。私はお前という親友の犠牲を乗り越え、必ずや光り輝く新世界を掴んでみせる。発動せよ、鬼の矢!」


 呉陸喜が喉も裂けよと叫び、彼の血走った瞳の色が黒から赤色に変わる。

 桃太の額がナイフで裂けて、鮮血がほとばしった。加えて、灰色ツナギを触媒しょくばいに鬼の力が具現化され、ナイフから魔法の矢となって放たれた。


「これで、もう後戻りは出来なくなった」

「……イヤだね。リッキー、お前、泣いてるじゃないか。そいつは、道理が通らない!」


 しかし、桃太は鬼の力に耐えた。

 そして彼の黒い瞳もまた、薄く〝青い光〟を発し、輝いていた。


――――――――

あとがき

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