第3話 劣等生と呼ばれて


 出雲いずも桃太とうたは、同世代の男女と比較しても小柄な少年だった。

 取り立てて体格に恵まれたわけでもない息子が、「命の危険と隣り合わせの迷宮探索者になりたい」と全寮制の専門学校に入学を志望したのだから、彼の両親は当然ながら反対した。

 しかし桃太の憧れは強く、辛抱強く説き伏せることで、どうにか冒険者育成学校へ入学することが出来た。

 矢上やがみ遥花はるかが担当する新入生クラスに配属された桃太は、中学とはまるで異なる授業に心を躍らせた。

 

「初めて耳にする方も多いと思いますが、異界迷宮の中ではコンピュータをはじめとする精密機械が作動せず、生息する怪物にも銃弾やミサイルといった現代兵器が通用しません。ですが、人類は異形との戦いの中で、モンスターを狩る為の力を編み出しました。それが〝鬼の力〟です」


 人類は次元の裂け目を通って異界に入り、あるいは異界から採れた物質と接触することで、超能力めいた異能の力を発揮できるようになった。

 この新しい力は〝鬼の力〟と呼ばれ、冒険者には必須の能力となっていた。


「皆さんには、これから一年間で〝鬼の力〟を伸ばし、適性テストを受けて、怪物と戦う〝役名〟に就いてもらいます」


 一般的には――。

 前衛でメインアタッカーとなる〝戦士ウォーリア

 後衛でサブアタッカー兼支援役となる〝黒鬼術士ソーサラー

 傷ついた仲間の傷を癒やす、命綱の〝白鬼術士ヒーラー

 偵察や罠設置、遊撃を担当する〝斥候スカウト

 という四種の〝役名〟に就く者が多いという。


「矢上先生は、どの〝役名〟に就かれたんですか?」


 桃太の質問に、遥花は照れたように白い頬を赤らめて白いフリルと黄色のリボンで飾った大きな胸を弾ませた。

 

「えへへ。お姉さんはちょっと変わっているんです。昔、〝鬼神具きしんぐ〟と呼ばれる武器と出会って、〝白鬼術士ヒーラー〟から黒鬼術も使える〝賢者ワイズマン〟という役名に変化しました」


 他にも――。

 この学校を運営する八大勇者パーティ〝C・H・O(サイバー・ヒーロー・オーガニゼーション)〟の代表、三縞みしま凛音りんねは、究極の役名である〝鬼勇者ヒーロー〟という役名に付いているし、上級幹部もそれぞれ特別な〝役名〟に就いているのだという。


「皆さんにも最初に〝鬼の力〟の触媒となる灰色のツナギが配られますが……。探索中に、自身の能力を引き出す特殊な武器や防具、〝鬼神具きしんぐ〟を見つけ出すことで、特別な〝役名〟に就くかも知れませんね。異界迷宮には、無限の可能性があります。獅子央ししおうほむら様や凛音様のように、〝勇者ヒーロー〟と呼ばれるのも夢ではありません。お姉さん、応援しちゃいますよー!」


 生徒達は大歓声で応え、憧れの冒険者育成学校生活が幕を開けた。

 しかし、桃太はあっという間にヒエラルキーの最下層に転落した。

 普通の学科試験や体力試験こそ平均以上の得点を獲得したものの、異界迷宮の探索に必須となる異能〝鬼の力〟をまるで使いこなせなかったからだ。


 寿ことぶき試験官の見立ては正しかった。

 桃太の〝鬼の力〟への適性は著しくかけており、学校の定めたテストをクリアして、〝役名〟に就くことすらままならない劣等生であり……。

 力に酔った不良生徒に、教科書を隠されたり、机に落書きされたり、宿泊寮で衣服を破かれたり、物陰で殴られるような犯罪行為が頻発ひんぱつした。


「待て諸君。学級委員長たるこの私、くれ陸喜りくきがある限り、イジメは見過ごせん!」


 しかし、そんな桃太に手を差し伸べてくれた友がいた。

 長い黒髪をオールバックに固めた背の高い偉丈夫が、鐘のようによく通る声で見得を切ると、イジメっ子達は蜘蛛の子を散らすように逃走した。


「ちくしょう。あんな優男なんて、フクロにしちまえば……」

「よせ。アイツは若手冒険者で名を挙げた親戚がいたはずだ」

「そもそも、あの学級委員長は強いっ」


 文武に優れて、一流の書家としても知られた麒麟児きりんじ。人並外れた優等生である呉陸喜が、学級委員長なる立場と矜持きょうじから、劣等生であった桃太に世話を焼いてくれたのだ。

 桃太は、陸喜の懐の深さに憧れた。親友とさえ思っていた。

 半年後に起こる、決定的な事件までは……。


――――――――

あとがき

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