第5話 血染めの追放劇


 出雲いずも桃太とうたは、ナイフと爆発で十文字に裂かれた額から赤い血を流しつつも、くれ陸喜りくきが振りおろす、返り血に濡れたナイフの柄を掴んで止めた。


「リッキー、目が真っ赤だぞっ。どうなってるんだ!?」

「トータこそ、その目の色は何だ? 青なんて見たことがない!」


 小柄な桃太は高身長の陸喜ともみ合いになるも、必死で踏ん張った。

 二人は灰色のツナギを血で染めながら肘や肩をぶつけ合い、衝撃でナイフが弾け飛んだ。


「「おい、そこ。何をやっている!?」」


 騒ぎに気づかれたのか、テントが外側からびりびりと裂かれた。しかし――。


「学級委員長め、妙な仏心を出すんじゃないっ」

「劣等生は追放、処刑!」

「それはもう決まったことだ」


 戦いに割り込んで来た三人は、かつて桃太をイジメていた不良生徒だった。


伏胤ふせたね張間はるま林魚はやしうおもかっ)


 剣に、槍、斧といった凶器を手にした彼らの黒い瞳も、陸喜と同じ赤い色に輝いている。


寿ことぶき試験官が、〝侵食レベル〟と呼んだ理由がわかってきたぞ)


 かくも露骨な変貌を見れば、劣等生と呼ばれる彼にも想像もつく。


(〝鬼の力〟は危険なものだ。俺の求めるモノじゃない!)


 桃太は深呼吸して、灰色ツナギを介して肉体をむしばむ、悪しき何かを吐き出そうとした。


「がはっ。ごほっ」


 桃太の口から赤い霧のようなものが溢れ出て、黒い瞳がいっそう青く輝く。


「へっ、むせてやがる。斥候スカウトなんて雑魚が、戦士ウォーリアになった、伏胤ふせたね健造けんぞうサマに逆らうんじゃねーっ。くらえ鬼斬りいっ」


 以前に桃太からカツアゲしようとした、パンチパーマの男子生徒は〝鬼の力〟で肉体を強化して、赤い霧をまといつつ大上段から剣を切り付けてきた。


矢上やがみ先生が教えてくれた体術を無視かよ。授業でいったい何を習ったんだ?」

「ほ、ほげえっ」


 されど、振り下ろす剣の動きは〝鬼の力〟に酔った稚拙ちせつなものだ。

 桃太は、〝鬼の力〟を吐き出したことで、水を得た魚のように身体能力が向上し、伏胤のアゴを掌底しょうていで撃ち抜いて倒した。

 

「ぎゃははっ、油断してやられてやんのっ。劣等生は、張間はるま聡太そうたが討ち取ってやるよ。さあ経験値になりな」


 かつて桃太を物陰で殴りつけた生徒が、赤い霧で髪をモヒカンのように逆立てながら槍を手に突進し。


「出雲桃太、お前は〝選ばれなかった〟。この林魚はやしうお旋斧せんぶに殺されることを光栄に思え!」


 桃太の衣服や教科書を破いた生徒が、今時珍しいリーゼントで固めた頭部と斧を大きく横薙ぎに振りながら斬りつける。


「タイミングがまるであってない。つるんでいた癖に、実は仲が悪いだろう!」


 桃太から見た不良生徒二人の動きは直線的で、体術授業で学んだ通りにかかとを蹴ると、容易たやすく足を払うことができた。


「「うわああああっ、なにをする!?」」


 モヒカンとリーゼントの不良生徒二人はつんのめって激突し、互いの槍と斧で深い傷を負い、テントの残骸を巻き込みながら、ゴロゴロと岩の上を転がった。


「やるじゃないか、トータ。それでこそ、私が認めた友だ。〝鬼の力〟を使えずとも、人間の力だけで授業についてきたものなあ。眠りの雲よ!」

「うわっ」


 桃太はとっさに真横へ跳躍し、陸喜が鬼の力で生み出した灰色の雲を避けた。


「「おいバカやめろ、すぴー……」」


 桃太の代わりに睡眠を誘発するガスに包まれて、不良三人が寝息を立てる。


「リッキー、正気に戻れ!」

「トータ、正気だから喰らうのだ。すべては新世界の為にっ。我が拳を受けよ」


 桃太と陸喜は、互いの右ストレートパンチをぶつけあった。


「でたらめを言うな。リッキー、お前は冒険者パーティ〝G・O(グレート・オーキス)〟を再建するんじゃなかったのか?」

「そうだ。私はお前と一緒に……。トータ、後ろだっ。あぶない!」


 拳を重ねたショックで、正気に戻ったのだろうか? 

 陸喜は桃太を突き飛ばして、操り糸の切れた人形のように卒倒した。

 直後、遠方から飛び込んで来た闖入者ちんにゅうしゃによって、二人が先程まで立っていた空間が斬られ、岩床が大きく裂けた。


「チッ、何かおかしいと思ったら。小僧、使っているのは〝鬼の力〟じゃないな。まさか〝かんなぎの力〟か! 寿ことぶきのナマズたぬき矢上やがみ雌狐めぎつねめ、見抜いていながら黙ってやがったか!?」


 斬りつけて来たのは、パンフレットで何度か顔写真を見た、渋茶色の着流しを身にまとう、老けた灰色髪の中年男だった。


「その顔は、鷹舟たかふね副代表。この騒動の主犯は貴方か!?」


――――――――

あとがき

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