博多噺~はかたばなし~

あるち.ZK

痴情のもつれ

 JRの福間ふくまから荒尾あらおにかけて流れている通勤列車、先の先にまでいったことはないけれどそれが毎日通る通勤路になっている。

 くたびれて色のせた電車の三両目、入ってすぐの出入り口前が私の定置で今日も懸命に満員電車の波に抗っている。

 車窓から差してくる夏の日差しは、そんな私をまぶしく照らしていた。

 なぜこんなところにわざわざ陣取っているのか、それはこの電車は大多数の乗客の目的地である博多駅の5番ホームの左側につくからだ。

 言うまでもないが、通勤ラッシュの8時半から9時頃の駅の込み具合は常軌じょうきいっしていて、先頭を歩いている一人が転ければ100人はドミノ形式に巻き込まれそうなものである。

 そのためなるべく前に立って少しでも早く行列を抜け出せるようにするのは遅刻回避のための必須スキルと言えるだろう。


 この博多の街では次から次に人が波に流れていく。

 これはその中で起こったなんでもないようなそうでもないような話である。


・・・


 その日の私は、地下鉄の乗り換えで降り過ごして呉服町ごふくまちから中洲川端なかすかわばたに戻っているときに起こったことであった。

 別に少し遅れる程度の事だし、大して気にすることでも無かったため適当に車内を眺めていた時のことであった。

 面白い場面に遭遇した。端的に言えば痴情のもつれ、カップルの喧嘩であった。

 正直こういう話に目がない、独身貴族の私からしたら、まさに他人の不幸ほど蜜の味であった。

 だが生憎私は耳がいいほうではない。障害者というほど緊迫したようなものではないが少なくとも一般人よりかは聞こえにくい自負があるし実際鮮明に聞こえたわけではない。

 ...というか、声は大きいがそれでも聴き取れはしないから意味のある言葉を発していたわけではないのかもしれない。

 その聞き取れないほどの罵り合いはその電車が中洲川端につくまで続き、私はその現場を後にしたからそのあとの詳しいことは知らないが、私が下りる直前になって彼女だと思われるほうが相手の顔を割と心配になるほど腫れるまで殴っていたので、いいぞもっとやれ精神が少し収まって誰か警察呼べよみたいな雰囲気で満たされていた。

 もちろん憶測でしかないが、あれはたぶん武芸か格闘技の類を何か噛んでいたのであろう。彼氏は文字通り完全にノックアウトであった。


・・・


 その少し後のことだった。時間にして数時間といったところだろうか。

 博多付近での用、まあ少し歩いたところにある友人の家に顔を出す程度の野暮用だったんだが、それを終えた私は再び博多駅に戻っていた。

 帰りの門司港もじこう行きの電車を2番ホールにできた列の中で待っていた時だった。

 時間が被ったのだろうか、偶然そのカップルの彼女のほうを列中から横目に見つけた。

 場所は大体さっきと同じ電車に入ったら両の前のほうに格闘技女、後ろのほうに私といったところだった。

 その格闘技女は、驚くことにさっきと違う男と話していた。話しているだけなら別におかしくもなく、まあただの友人であろうというものだが、電車を待つ間にも周りに見せびらかすように熱いキスをしていたので男で間違いないだろう。

 まあそれだけならただの不倫沙汰だろう。よくある話だ。

 しかし、問題は駅を待つ2番ホームから見える待ち電車のない3番ホームの先にある4番ホームで同じようにその彼氏が見えたことだ。

 まあもちろんここからだとその彼氏側だと断定するのは難しいのだが、半袖短パンの恰好で朝に殴られた箇所を当てはめれば、腫れ方からもほぼ彼氏だ。

 あちらは別にこちらを見ている様子はないので浮気がバレることはないだろう。

 しかし問題はではない。

 その彼氏側も誰かと横に並んでいるのがここから確認できた。

 しかもその横に並んでいるのは男だ。

 2番ホームからみる4番ホームは背になっているのでそれが男だということを確かめることはできないけど肩幅身長佇まいから見て男だろう。

 彼氏と男はえらく親しげなようで、ここから見えるだけでもハグを数回は交わしていた。

 別にLGBTを否定したいわけではないが、少なくとも駅のホーム、しかもそろそろ退勤ラッシュという時間帯で人も込み合っているときにすることじゃないだろう。

男同士の熱いキスが今にでも始まりそうなときにようやく待っていた門司港行きがついた。

 ふと横に目をやって不倫女を見るとこちらもまたまわりのことなど気にしないというような様子で、少なくとも目の前の惨状に気づきそうなものではなかった。

 目撃してしまった者としては、なんとも気色の悪い話だが、本人たちが気づかないまま幸せが続くというのなら、世の中本当に知らないほうがいいこともあるのかもしれない。

...しかし人前でおっ始めるのはいかがなものか。

そんなことを考えながら、私は家にたどり着いたのであった。

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