第14話
「ときに、このお二方とのご関係は?」
津野田院長のこの発言も、もっともである。通常は男女ふたりで来るものである。
「どちらかの子供です」との加地菜々子の発言にも、
「はあ、なるほど、それで三人で」とすぐに納得する津野田院長は、
「それで、どちらの子供かが知りたい、とそういうことでしょうかな?」
この発言には、「えっ?」という加地菜々子の驚きの声を「わかるのですか!」の叫びがかき消した。なにごとかと振り返る加地菜々子。そこに仁王立ちしているのは円谷義実だ。一方の三又浩二は顎に手を当てたまま微動だにしない。
「わかるのですか!?」
もう一度叫んだ円谷義実が、津野田院長ににじり寄っていく。津野田院長は椅子に座ったまま器用に体を反転させる。車輪の付いた、上等な椅子だ。その椅子のまま、ついっと診察室の床をなめらかに滑り、ディスプレイの前に進む。
「普通はわからないでしょうな。なんせ、男の子か女の子かもまだわからないぐらいですからな」
「なんだ……」とうなだれる円谷義実に対し、加地菜々子が
「一応言っておくけれど、どちらにしてもあなたの子供にはならないからね」
と、ちらと三又浩二を覗き見る。
当の三又浩二は、顎に手をやったまま沈黙している。目線は津野田院長が操作するディスプレイに釘づけだ。
「そんなことはない」と円谷義実が続ける。
「きっとこれは試練なんだ」
「はあ?」と加地菜々子。
「今のこの試練を乗り越えられたら、この大恋愛も成就するはずだ。そうだ。それだけは間違いない。僕はそう確信しているんだ。さあ、行こう菜々子!」
演技的な仕草で手を差しだしている円谷義実から距離をとる加地菜々子。そしてこの診察室に入ってから沈黙を守り続ける三又浩二の隣に身を寄せる。
と、その刹那、津野田院長が「なるほど!」と叫び声をあげる。その言葉はすこし裏返ってすらいて、その視線の先のディスプレイに皆が注目することになる。
「これは――」と津野田院長が指をさしながら説明を加えようとした矢先、診察室の扉が開かれる。今度は皆揃ってそちらに注目する。
「あ、きたね」と今まで微動だにしなかった三又浩二がついに動く。その顎にやっていた手を離してポケットから携帯端末を取り出す。
診察室に入ってきたのは〈N〉の少女だ。
「ああ、君か」と、津野田院長はディスプレイになにが写っているのか――、の説明を中断して少女に声をかける。
「ご無沙汰していました。先生」
元気にしていたか、という話に始まり、ひとしきり近況を伝え合うふたり。そして、ただ立ち尽くすしかない加地菜々子に軽く目礼した少女が、すぐに三又浩二のそばに歩み寄る。
「お疲れ様です。三又浩二課員……それで、連絡してくれた超野生の壺というのは?」
「これです」と携帯端末の画面を少女の方に向ける三又浩二。それを真剣な眼差しで食い入るように見つめ、ゆっくりと頷いた少女は、
「間違いないわ。超、野生の壺よ」
その言葉を受けて感慨深げに目を閉じて、小さく、よし、と口のなかで呟く三又浩二。さらに、超野生の壺の写真をおさめた携帯端末を胸に抱く。
その様子を呆気にとられたまま見ていた加地菜々子だが、すぐに我に返り津野田院長の方へ視線を向ける。
「ちょっと、そんなことよりなにが写っているの?」
「ん? これは超野生の壺だが?」と三又浩二が反応するが、もはやそちらに目を向けることもしない加地菜々子は、
「そっちのこと言ってるんじゃなくて! ねえ先生、なんなの?」
診察室据えつけのディスプレイの方を指さしながら、津野田院長を睨みつける。
「いや、まあ間違ってはいない。野生の壺なのだがね」
「だから、そっちの携帯端末のほうじゃなくて!」
このときの加地菜々子は、若干冷静さを欠いていると言ってもいいだろう。
なぜなら、津野田院長は間違いなく自分が操作するディスプレイに映る『何か』のことに言及していたのだから。
「いやいや、だから、野生の壺なのだよ」
津野田院長は、今度はディスプレイを指差しながら言ったのであるが、やはり加地菜々子には届かない。
「先生までいったいぜんたいなにを言っているのよ……だから、そっちのディスプレイになにかが写っているんでしょう? それでさっき叫んだんでしょ?」
「いやだから、このディスプレイにも、野生の壺が写っているんだよ」
「……そんなわけないじゃない。だってそっちのディスプレイは……」
少しずつ、現実を認識し始めたのだろう。加地菜々子の言葉には迷いが生じはじめている。
「いや、それがだね。そういうわけなんだよね」
と、津野田院長は椅子に座ったままではあるが加地菜々子の方に向き直り、姿勢をただしてから話し始める。
「あなたの子供の父親がどちらなのかは、わかりません。でも今はっきりしたのは、それが男の子でも女の子でもなく――野生の壺だということです」
「はあ?」
「あなたの子供は、野生の壺です」
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