第13話

 超野生の壺を狩ることができた者には、ある一定の箔がつくことになる。世界の野生の壺業界のなかでも一流であるとみなされるのである。また、通常の野生の壺からも一目置かれることになる、とする説もある。

 実際、超野生の壺を狩った人物がそのあと、A級の野生の壺をたてつづけに狩っている例は多い。しかしそれは、もともと野生の壺を狩る能力があったからこそ、超野生の壺を狩ることができたわけであってその逆ではないのではないか、とも言われている。


 また、超野生の壺は正確に分類すると、野生の壺とは異なる種に属することが、ここ最近の研究で明らかになってきている。


 通常の野生の壺は『人のため息』から生まれる、と言われている。『ため息』の段階では当然目には見えない。それが成長して半野生の壺となった時点でようやく視認できるようになり、最後に野生の壺になるのだ。


 一方で超野生の壺に関しては、最初から完成された状態でそこにある、というのが通説になっている。つまり超野生の壺には成長という概念がなく、野生の壺とは根本的に異なる存在だというわけだ。


 また、野生の壺の末路については諸説があり、まだ共通認識にまで醸成されていない。不死であるという説も一部で囁かれることもあるが、もしそうなら世界は野生の壺で溢れてしまう、という言葉で否定する見方が一般的だ。

 それについても、高次の存在に対して『溢れてしまう』などといいう三次元空間的な考え方をあてはめるのはいかがなものか、という反論も聞かれる。ただそれは居酒屋などでときおり愚痴として交わされる程度で、まだ正式に議論されるまでには至っていない。


 高次の存在、という観点でここにすこし述べておくと、日本で狩られた野生の壺が、ほぼ同じような時刻にイギリスでも狩られた、と話題になったこともあった。

 もう十年以上は前のこととなる。その事実は、野生の壺が空間を飛びこえて移動できる――つまり高次の存在である、ということのひとつの証左として、業界のなかでは大きな出来事と捉えられている。

 また、野生の壺の出没率に、季節や天気などの環境要因がまったく影響していないという事実がある。このことは、野生の壺がこの三次元空間の温湿度や光や雨などを一切知覚していない――つまり、この三次元空間には存在していない、ということを示唆しているとも捉えられている。



 さて、超野生の壺を狩ることができた三又浩二はその興奮がいまださめない。


「君には見えない、ということは、そういうことなんだね」


「どういうことなのよ……別にいいけれど」


 大阪市内ではあるが中心部からはすこし離れた住宅街に、目的の産婦人科がある。


 三又浩二を先頭にして、右側体半分ほど後ろに加地菜々子が続く。そしてふたりの後ろ姿が視界に入るような位置取りで、円谷義実が独歩する。


「写真集になると野生の壺は誰にでも見えるようになるんだ」


「それは、ただの壺だからじゃないかしらね……」


「うん」と話を続ける三又浩二。

 ちなみにこの「うん」は、加地菜々子に対するものではなく、自分の話に呼応して頷いたにすぎない。


「つまり、あの場所にいた君にとっては、あそこには超野生の壺はいなかった、ということなんだ。だからこの写真にもなにも写っていない。惜しいことをしたね。もしあの場所にさえいなければ……もっと言えばあの場所さえ見ていなければ、今頃は超野生の壺の写真を見ることができたのにね」


「もうどうでもいいけれど……」


「ああ、着いたね。ここだ。津野田産婦人科医。名医だという噂だよ」


「そう……」


 古くもなく、かといって新しくもないどこにでもあるような町の医院だ。十人も入ればいっぱいになってしまいそうな待合室には、今は誰もいない。受付にいた老婆に促されて、まずは加地菜々子のみ診察室に向かう。各種の検査の後、三又浩二と円谷義実も診察室に呼ばれることになる。

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