第12話

 三人のいるカフェに戻る。


 すべての暴露を終え、あとは三又浩二の返事を待つだけの加地菜々子。隣でばぐん、ばぐん、と、恋人つなぎの自らの手で額を叩きつけている円谷義実。そして、ついに超野生の壺を発見した、三又浩二。


 状況は今まさに、佳境を迎えていると言って差し障りないだろう。


「あなたがそうやって、ずっと黙りこんでいるのもわかるわ。こんなこと急に言われても困るわよね。でも……これは事実なの。わかって、受け入れて欲しいの。もちろん、私はどんな非難でも受け入れる。当然よね……それだけのことをしたんだから。もし私になにか要求があるなら言ってちょうだい。どんな困難なことでも、あなたがそれでこの事実を受け入れてくれるなら、構わないわ」


 ばぐん、ばぐん、と額を打つ円谷義実。


 無言で隣のテーブルの下を見つめる三又浩二。その視線の先はもちろん、超野生の壺だ。この店のなかには、彼以外に野生の壺が見える人物はいない。


 沈黙する、加地菜々子。


 店内にいるすべての客と店員が、三人の、こののっぴきならない雰囲気を感じとっている。興味本位で遠まきに眺めている客もいれば、空気に耐えられずに店を出ていく男女もいる。店員達は自分の仕事をこなしながらも、どうしても気になってときおりチラチラと目線を向けている。


 ばぐん、ばぐん、と打ち付けられる拳。


 黙ってテーブルの下を見つめる三又浩二。


 加地菜々子もしばらくは沈黙を続けていたが、ついに耐え切れずに立ち上がる。


「ちょっと、そろそろなんとか言ってちょうだい!」


 ばぐん。ばぐん。


「お願いだから……」


 ばぐん、ばぐん、と打ち付ける円谷義実の手を加地菜々子が掴み、


「もう、いい加減にして! うるさいのよ!」と、ついに叫び声を発してしまう。


 額に定期的に打撃を与えることでかろうじて危うい精神の均衡を保っていた円谷義実は、うめき声がはじけたような奇妙な悲鳴をあげて立ち上がる。


 騒がしいようでいて、しかし三人以外には言葉を発する人もおらず微動だにしない空間。ある意味で時間が止まっているともとれるような、不思議な世界だ。


 しかしそんな状況に、はたと我に返ったこの店舗を任されているアルバイトリーダーが動き出す。すみませんお客様、他のお客様もおられますので、と定型文のような注意事項を口にして三人のテーブルに歩み寄ってきたまさにそのとき、


「静かに!」


 の声が、空間を切り裂く。文字通り、鋭利な刃物を一閃したような、切れ味鋭い声であった。発言者は、三又浩二である。


 長らくの沈黙を破った三又浩二は立ち上がる。


「みなさん、静かに……ここに、超野生の壺がいます」と、誰もいないテーブルの足元を指差す。もちろん、ここに記録されている内容など知らない加地菜々子も、アルバイトリーダーも、彼がなにを言っているのか瞬時には判断できない。


「超、野生の壺です。間違いありません……今から狩りますから、静かに……」


 言いながらそっとテーブルにある自分の携帯端末を手に取り、そして、ぱしゃり、と写真を一枚。


 沈黙が支配する空間で、三又浩二が端末の写真を確認する。指でタッチしながら、じっと画面を見る。そして大きく頷き、席に着いてコーヒーを一口すする。


 ええと、とアルバイトリーダーはどうしていいかわからない。


 複雑な表情の加地菜々子も、そっと席に座る。


 円谷義実は涙を流しながらも、こんな状況のなかで逆説的にではあるが、ゆっくりと事実を認識しつつあった。


 そんな周囲の様子を意に介さずコーヒーの最後の一口を飲み下した三又浩二は、


「さあ、行こう。そろそろ予約の時間だ」


「え? ええと……ああ、そうよね。産婦人科よね」


 立ち上がる加地菜々子。


「僕も行く。一緒に行かせてもらうよ。今日だけになるかもしれないけれど」


 卑屈に口角を上げながら笑う円谷義実も席を立ち、三又浩二が後に続く。


「お会計を、お願いします」

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