第8話
5
野生の壺に関して、世界の状況に目を向けてみる。
まず、ある機関が集計した野生の壺の出没率ランキングを紹介する。この集計は、アマゾンの奥地やアフリカ内陸部、及びアジアの密林地域はデータがないために除かれているが、世界の野生の壺分布状況を概ねは正しく表しているという評価を受けている。
方法としては、世界各国からランダムに抽出されたある一定の人数にアンケートを取り、国別に集計するというものだ。もちろん、統計的に意味のある件数は超えているということは、ここに追記しておく。
集計によると1位は当然日本であるが、全目撃例の実に65%を占めている。しかも日本人にとっては野生の壺は存在しないので、ここでの目撃例はほぼ日本人以外からの声である。
例えば観光客であったり、日本に移住してきた外国人からのものだ。つまり、母数は非常に小さくなるにも関わらずこの圧倒的な結果なのである。
もし仮に日本人がその存在を認識することができていたならば、その目撃例に占める割合は間違いなく99%に達するだろうとすら言われている。
ただ一方で『日本人にとって野生の壺が存在しない』ということこそが、日本が野生の壺大国である所以だとも言われている。
それが正しいとするなら、日本人が野生の壺を認識できているとすれば、逆に目撃例は激減し、2位以下の国と同等になってくる可能性がある。この話はどこまでいっても、たら、れば、の議論になるため、ここで一旦保留とする。
次に2位以下に目を向け、日本とそれら2位以下の国同士での共通点を探ることで、野生の壺とはなにか、という問いに対する答えを探ることとする。
まず、2位はイギリス。この国は全世界の目撃例の10%程度を占める。日本との共通点を議論してみると、誰でも思いつくものでは島国であるということだ。また、ある一定の経済力を保有していることも、挙げることはできるだろう。
次に、3位~5位を列記すると、ブータン8%、韓国7%、ロシア5%と続く。ここにきて日本、イギリスとの共通点と言われると、わかるようでわからなくなってくる。
色々な意味で他国から隔絶されていることが条件になるような順位にもとれるが、それならば他にもランクインしても良さそうな国は存在する。ただし、そこは集計の仕方にも依存することが考えられるため、このあたりが現在の野生の壺研究の限界点である。
そんななか、ブータンでの目撃数の経時変化は、着目に値する。
ブータンがこのトップ5に入ってきたのは近年になってからことなのである。それまでは逆に野生の壺がほとんど目撃されない国だったのだ。その推移に着目する。と、かつて幸せの国と呼ばれていたブータンにグローバル化の波が訪れ、若者が離れていった時期と、野生の壺の目撃例が急増した時期がちょうど一致する。だからどうなのかという明言は避けられているものの、なんとなく言いたいことは推測ができる。この仮説に関しては検証の結果が待たれるところである。
そんな、日本とはかなり事情が異なる海外へ、三又浩二が進出することになる。表向きは〈タクティクス〉の社員としての商談だったのだが、彼としては〈N〉の構成員としての視察もかねていた。
今回彼が訪れたのは中国である。国別で見た場合には極めて野生の壺出没率が低いと位置づけられている国である。ただここで注意しておきたいのはこの集計が面積比であることだ。
中国ほどの広大な国土を抱える国では当然出没率には地域差が生じる。地域によっては非常に多くの野生の壺が出没するような場所もあるのだが、国別に見る、という特性上、どうしてもそういった細部が埋もれてしまうことになる。
国別集計でなくその分布率を赤から青へのグラデーションで世界地図上に表現したものもなくはない。しかし、これも目撃された数をもとにしているため、どうしても人口が多い地域に分布率が高いことを示す赤色が集中してしまう傾向がある。
結局、野生の壺の分布率の真の姿を示しているとは言い難く、ともすればただの人工密度分布に近いものになってしまうため、一般的にはあまり使われていない。
中国では野生の壺のことは『野生的鍋』と表記する。文化的にも存在が認知されているため、会話のなかで登場することもあれば、書籍のなかにも当然記載されている。
ただし、市場で『野性的鍋』という札が貼られて売られている壺は当然、偽物の野生の壺である。確認にはなるが、現在、野生の壺が捕獲された例はなく、また手に触れたという証言はあるものの、事実として認定されるには至っていない。
また、世界的には一般名称として『WILD POT』と呼ばれることもあるが、ほぼ日本に特有の現象という意味でハラキリやカロウシと同じように〈YASEINOTSUBO〉と固有名詞で表記されることが多い。
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