第6話
最後に残るのは結局、見た目の色味である。
人工物でも例えば薄く緑がかったガラスでできた半透明の壺は多くあるが、それは一目瞭然で人工の壺であるとわかる。また、光沢が出るように金属のラメを練りこんだガラスで作られた壺もあるが、これもある程度近づけば、容易に判定できる。やはり野生のそれとは光沢の質がまったく違う。
このように選り分けていった場合、最後にいわゆる半野生の壺もしくは超野生の壺と呼ばれている相反する評価を受けるカテゴリが残る。これは海外の写真集でも物議をかもしているが、光沢のない壺や、すこし赤みがかった壺などのことである。それはただの壺なのではないか、という指摘もあれば、希少価値を認める専門家もいて、その評価は非常に難しいとされている。
そういった例外はとりあえず置いておこう。
ここでは次に、価値のある良質な野生の壺とは何か――この命題に対して、三又浩二と加地菜々子の会話の一部を取りあげることで、説明に代えさせていただく。
「野生の壺はその質によって、A級、B級、C級に分類される。まあ、知っているとは思うけど……。ちなみに、〈N〉の少女によれば、良質な野生の壺を見分けるためには、ある程度の経験が必要らしい」
「どうして知っていると思うのかはわからないけれど……そうなんだ……」
「そうそう。だけれど、基準がないわけじゃないらしい。そのひとつは、光沢の具合という話。できるだけ強く艶を放っているほうがいいらしい。まあこれは見る人の感性にもよるからわかりにくいけどね。しかも、当然写真の撮り方にも依存するから、狩る人の力量も影響するんだよね」
「……そうなんだ」
「そう。それからその少女が言うには、原色のような緑はあまり評価されない。どれだけ他の要素が良くてもB級がいいところだそうだ。A級以上の評価を受けるのは、最初は逆に黒と間違うような深い色合いで、よく見ると緑がかっているような色目だっていう話。ここまでいい?」
「……そうなんだ」
「そう。それで難しいのはやっぱり透明性だよね。透けてなかったらそれはもうただの壺だし、完全に透明だったらそりゃあお前、ただのガラス瓶だろ、って感じで! ハハハ!」
「ん? ……今、笑うところ?」
「それで思うのは、今この野生の壺大国日本という恵まれた環境にいるからわからないこともあると思うんだけれど、一度海外の野生の壺も見ておきたいな、と」
「はあ? 海外? 旅行にでも行こうって言ってるの?」
「違う違う。今度、海外出張があるんだ。一週間程度だけれどね」
「ああ、あの客先回りの話、決まったんだね」
「そうなんだ」
「で、その仕事の方はどうなの? 最近、うまくいっているの?」
「仕事って、なんの?」
「なんの……って、あなたの仕事はひとつしかないでしょう……」
「〈タクティクス〉の仕事のことを言っているんだったら、大丈夫だよ」
「大丈夫って……なにが大丈夫なのよ! 色々と、聞いているわよ……けっこう最近大きな失敗したっていう話じゃない」
「失敗って……ああ、あれのことか……」
「なにしたのよ?」
「プラスチック重合用の大型の釜を受注したんだよ。プラントに設置する生産用の」
「よかったじゃない。受注したんだったら……それが?」
「数量を間違えた」
「数量? 釜の?」
「そう」
「そんな大きなもの……間違えようがないじゃない。一台で数百万とするでしょ? それに、工場にいっぺんに何台も入れないでしょう」
「一台の注文を受けたんだ」
「そうでしょうよ……で?」
「百台、メーカーに発注をかけたんだ」
「――は?」
「百台」
「百台? なんで? 間違いとかそんなレベルじゃないじゃない……そんなわけないのわかるでしょ? で、どこまでいったの? 発注はメーカーまで届いていたの?」
「ああ、作りかけていたらしい。でも、そこで念のための確認連絡が部署に届いて、上司が気づいたんだけど……まあだから、そこまでの工数分の損害賠償があっただけで終わった」
「その額は聞かないことにしておくわ」
「だけれど釜って……ともすれば壺に近いよね。今回はそれに気づくことができたね」
「なに言ってるの?」
「だから、壺の話だよ。違いがあるとすれば、透明性だよね。少女が言うには――」
「いやだから、あなたさっきからなにをしゃべっているの! それに、聞き流してたけど、さっきからちょいちょい出てくるその少女って何者よ!」
「だから、言ったじゃないか。〈N〉の構成員だよ!」
「なによ! 〈N〉って! 援助交際でも斡旋している団体!?」
「は? 君までいったいなにを言っているんだ? どうしたっていうんだ?」
「どうしたっていうんだ、はこっちのセリフよ! ……もういい!」
「ちょっと待って――」
この会話で別れたあと、再度会うことなく、三又浩二は中国への出張に赴くことになる。そのあいだに加地菜々子が元恋人と一夜を共にしていることなど、当然ながら三又浩二には知る由もない。
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