やっぱり自分は変われない

「なんでそんな酷いことを言うのよ!勇凛君!」

 綾華さんは体育館内に居る生徒や先生たちのざわめきを無視して語り始める。

「私との活動が嫌だったの?私と一緒に居るのが本当は嫌だったの?」

「そうゆうわけでは......」

「じゃあなんでそんな酷いことを言うのよ!」

 いつもの冷静沈着でカッコよくも美しい綾華さんではなく、子どものよう。

「さっきから同じ事言ってるだけですよ?生徒会役員をするもしないも俺の自由じゃないですか」

「それはそうだけど......」

 さらに周りがざわつく。きっと綾華さんに反抗したことが余程意外なことで無謀な戦いであることを確認しているように思えた。

 だが今日は違う。否、今は違うといった方がいいだろう。

「僕は生徒会役員を辞めたい。ただそう思っただけです」

「......」

 綾華さんの表情は何処か悲しげで憐れんでいるように見えた。

「もう俺には綾華さんの力は必要ないんです。あの頃みたいに何もかもが嫌なんてことはないし自分の力で進もうとすることができる。綾華さんに迷惑ばっかり掛けるわけにはいかないないんです」

「私は迷惑なんか......」

「自分で言うのはあれかと思うんですけど、学校一の嫌われ者だと思っているんですけど違います?そんな奴と居たっていいことは何も何でしょう?」

「そんなことは......」

 そんなことはある。と言いたかったがその口を動かせなかった。

 なぜなら、目の前に広がっているのは悲しみや憐みの顔ではなく怒りの顔。

 きっと他の人には理解ができないだろうし表情は何一つ変わっていないのだから、怒りなんてわからないだろう。しかし、長年の付き合いがある俺だからこそなのか、この言い合いを仕掛けた張本人だからなのかは分からないが、彼女から普段からは想像ができない程の怒りのオーラを感じる。

「なんで私の気持ちをわかってくれないの!」

 声を張り上げ彼女は叫ぶ。

「私は勇凛君と一緒に居たいの!小さい頃から一緒に居て、いつまでも仲良く遊んでいたいの!」

 キョトンとする俺。

「だっていつまで一緒に居られるか分からないんだもの!勇凛君は私の数少ない友達だもの。そんな人を私は手放したくないの!」

「そんなことは......」

「あるの!」

 俺が言えなかった言葉を彼女はなんのためらいもなく言う。それがなんとなく羨ましいと思ってしまった。

「綾華さんが高校を卒業しても会えるじゃないですか」

「会えるけど違うの!私は君といつまで一緒に居られるか分からないのよ!大学行って必死に勉強することや社会に出て会社の為、多くの人の為に何かを成し遂げること以上の事をしなければならない責務が私にはあるの!その責務を果たす為には数少ない大好きな友達とも離れないといけないのよ......」

 稲荷綾華は神様の子どもで俺はただの人間。生まれも育ちも大きく違う。

 そして、生まれた時から求めらるものが違う。

 子どもが生まれれば多くの親は子どもが健康に元気に育ってほしいと思うだろう。俺の両親も何をするにもその言葉を言っていた。

 だが彼女は、健康で元気に育つこと以上の事を求められているのだと思う。

 その内容については当然知る権利などはなく、いつまでたっても聞くことは出来ないだろう。

 ただわかるのは、大人の事情一つで少女は大きな悩みを抱えることになってしまったのだろう。

 それが許されない出来事なのかは正直分からない。大人たちはきっと自分たちが歩んできたレールを伸ばしているだけなのだから。

「生徒会長なんて立場は正直どうでもいい!君と一緒に居られる空間が欲しかっただけなの!でも、生徒会長の仕事をしていると段々と誰かの役に立つことが楽しくなっちゃって。嬉しくなっちゃって」

 だから生徒会長を続けたいと言いたいのだろう。

「でも俺は生徒会役員を辞めたい。アテナだって入ってきたばかりで話せるようにようやくなってきたところだけど。それでも辞めたいよ」

「私は辞めて欲しくない」

 お互いに頑なになってしまう。傍から見たら子どもの喧嘩のように見えるだろうが本人たちは真面目だ。

「勇凛君が居なくなったら体育大会とか文化祭の準備はどうするの?去年すっごい頑張ってたじゃん!誰もやらないから、楽しんでもらいたいからって言って放課後ずっと残って準備したり企画だってたくさん出してくれたり。来年も色々やりたいですって言ってくれたじゃん!生徒会に入らないと去年みたいなことはできないよ?」

 優しい声で説得される。それと同時に会場内がまたざわつき始める。俺が張り切って準備していたことが意外だったのだろうか。

「別に俺にしかできない仕事なんてなかったよ。あんなの誰でもできる仕事だよ」

 テントの設営とか会場準備とか誰でもできる。

「でも、他の人にしかできないって言っているけど他の人はしなかったんだよ?つまりは勇凛君しか行動に移せなかったわけだよ?それはきっと勇凛君にしかできない事だったんだよ」

「......」

 喧嘩しているはずなのにその言葉は素直に嬉しいと感じた。

「これからも生徒会に居てくれよ」

 ふと体育倉庫側から声が聞こえた。誰かがはやし立てている。

「これからも学校の為に働いてくれよ」

 今度は壇上の下あたりからだ。辺りを見回してみると見覚えのある野球部が同調するかの用に声を上げる。

「本当は学校の為に頑張ってくれてたんだね」

「変な噂ばっかりだけどほんとは嘘なんじゃね?」

 二つの掛け声が火種となり弾けるように言葉が飛んでくる。

 体育倉庫側からにやりと笑った男の顔を俺は見逃さなかった。

 してやられたって訳か。この展開はすべてあの男が仕組んだ展開なのだろうか。

「みんなは勇凛君にまだ生徒会役員として働いて欲しいらしいけどどうする?」

 久しぶりに見たような気がする笑顔。涙でぬれた表情は自信ありげな表情をしていた。

 しょうがない。ここは奴のシナリオに乗ってってやろう。後で色々言われそうだがその時はその時だ。

「訂正します!俺は生徒会副会長としてこの学校を盛り上げていきたいです。そのために稲荷綺華に投票をお願いします!」

 今日の俺はやっぱりいつもの俺だった。

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