最初で最後
「勇凛先輩!次が出番ですよ...」
「......そうだな」
「勇凛先輩!もうすぐ出番ですよ......」
「......そうだな」
「勇凛先輩!あとちょっとで......」
「わかってるから!てか、俺よりソワソワしてどうする!」
「すみません......」
何故、当の本人よりも緊張してるんだよ。
緊張はしているが、隣に自分よりも緊張している奴が居るとそっちの方が不安になってしまい自分の緊張なんてものは忘れてしまう。
うちの生徒会選挙って生徒会選挙に出る人たちだけが勝手に盛り上がっている。
やっているこちら側は本気であるが、見ている側の人間たちは適当だ。
中学校の生徒会選挙もこんな感じだったのだろうか。一度の生徒会選挙で両方の立場になることは出来ないからわからない。
中学校はもちろん適当側の人間だった。
「ただの生徒会選挙なのになんでこんなに熱くならないといけないんだろうな」
「どんなに小さなことだと思っていても本当に大事なものだと本能的に気付いているけど目をそらすなんてことは意外とありますよ?」
「例えば?」
「勇凛先輩の勉強に対する姿勢です」
「やってるよ。少なくとも、対して話したことない奴からは真面目に頑張ってるね~って言われるぐらいは」
「なんですかその眼鏡あるあるみたいな奴」
「違うぞ。クラスの隅っこあるあるだ」
「一気に悲しさが増しましたね......」
見た目だけで判断するのはよくないのでみなさんは外見だけで判断するのは止めましょう。
中身までちゃんと見ないと大変なことになります。
俺はここ最近で痛い思いしてきました。
ぽんこつダメ神と下ネタ戦車と常識欠如後輩。
うーん、濃いメンツだこと。一般人の俺には荷が重すぎる。
「すみません機材のトラブルが発生してしまいまして、もう少し待ってて貰ってもよろしいでしょうか?」
「わかりました」
「本当にすみません」
「大変ですね、選挙管理委員会の方」
「こういうアクシデントってやってる側はすごい焦るからな」
去年の文化祭の放送でやらかしたっけ。
俺の音声だけ入ってなくて綾華さんが存在しない誰かと会話しているように見える事故とかあったな。今となってはいい思い出だ。
当時の自分は顔を真っ赤にしてたっけ。
朱奈と翔平に幽霊部員とか煽られたな。
「緊張はしているかい?勇凛君?」
「意外と緊張してないんすよね。なんででしょう?」
「勝ち試合に緊張するような性格でもないもんね君は」
「せめて、アンタぐらいは姉の見方をしろよ」
ここにきて、また絡んできたよこの先輩。
「というかまた負け宣言ですか。負けた時の言い訳ですか?」
「言い訳じゃないさ。事実なんだから」
マジでなんなんだよこの先輩。負け戦をわざわざするなんて俺には理解ができないな。
「そんなに弱気でいいですか?龍之介先輩?」
「さっきから言っているだろう?姉さんが負けるのは事実だ。弱気である必要は僕には無いんだ」
「私には龍之介先輩の言っていることがよく分かりません」
「アテナさんに僕から言えることは祝杯の準備でもしておくといいよって事かな?用意したものは絶対に無駄にはならないからね」
「......勇凛先輩。龍之介先輩の様子がおかしいです」
「昨日からああだよ。この人は」
「昨日会ったんですか!」
「......」
「気付いちゃいました!私!気づいちゃいました!」
まあ、アテナにバレたっていいか。......いやいいのか?
「そして勇凛君へのアドバイスは......」
「いやそんなのいらなっすよ」
「変に格好つけて、無駄な事をしない事かな?応援はしているけどやっぱり、君を支持するものとしては普通な事を言って欲しいかな」
「普通ですか......」
「そう。普通。君が一番得意としている事だろう?」
確かにそうだな。普通は得意だ。
「けれど先輩。その忠告を俺は無視しますよ」
「そうかい。それは残念だ」
「気付けませんでした......私......気付けませんでした......」
「何?それはお前の持ちネタなのか?」
よく分からない子だよ全く。まあ、ここにきて新しいネタが登場しているのを見ると、なんだか死亡シーンの前に新しい必殺技を披露された感があるな。
死ぬわけではないし。どちらかと言えば、死ぬ立場なのは俺の方だ。
「それじゃあ僕はここでおさらばだ。普通の君が見れたらいいな」
「普通って自分で言ってる奴は普通じゃないないって教えてくれたじゃないですか」
「そう僕は言ったね」
「そういう事です」
「そうかい」
そういって龍之介先輩は去っていった。やっぱり不思議な人だな。
まあ、分かりたいとは思わないけど。
「結局、今の会話って何なんですか?」
「機械のトラブル直りました!準備の方大丈夫ですか?」
「すぐにわかるよ。それじゃ行ってくるわ」
「はい!頑張ってください!」
後輩に背中を押され全校生徒のが注目する壇上に向かう。
いや、多分何人かは寝ているから全校生徒じゃないか。寝てる側の人間だったから気持ちはよく分かる。
けれど、今ぐらいは起きてて欲しいな。俺の事が嫌いだったとしたらその人にとって有益な情報になるからさ。
「えー稲荷綺華さんの応援演説者の夏目勇凛です。えー綾華さんの凄さを伝えるべきなのでしょうがここに居るみなさんは十分知っていると思うので割愛させてもらいます」
「......」
やっぱりめっちゃくちゃ緊張する。
生徒会副会長として何度か全校生徒の前に立つことはあったが、その度に自分はこういう場に立つような人間じゃないなと感じる。
適材適所ってものがあるのだろうこういうのは得意な人たちに任せるべきだ。
「長い話は苦手なので僕から一つ言わせてください。今回で生徒会役員を辞めます」
「......」
体育館のなかがどよめき始めた。インパクトある言葉だからな。セリフもなんか漫画とかアニメっぽいし。
きっとこれが、最初で最後の裏切りだろう。
そう思っていると聞きなれたそして誰か特定できてしまう足音が近づいてくる。
「以上。ご清聴ありがとうござい......」
ぺちん!
甲高い音とともに急に視界が反転する。さっきまで全校生徒が居たけど、急に居なくなったんだけど?
全く、人がいつもと違う事したら逃げ出すなんて酷い奴らだ。
「酷いこと言ってるのはあなたの方よ!」
その声はマイクに入ってしまい音割れをしてしまったが、至近距離な為聞きなれた落ち着く声が正確に聞こえる。
その声のする方向を向くと、そこにはまだ出番ではない現生徒会長。稲荷綺華が子どものように立っていた。
綺麗な雫が一粒落ちる。
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