優しいなんて大嫌いだ

「まさか来るとは思ってもいなかったよ」

「呼び出しておいてそれはないんじゃないですか?龍之介先輩?」


 学校終わって急いできたんだぞ。

 途中、ハプニングもあったが何とか時間までにたどり着いた。


 「単刀直入に聞きますけど、なんのようですか?明日が生徒会選挙ってことわかって呼んでますよね?」

 「ああわかってるさ。僕だって大変だったんだぞ?姉さんだまして抜け出すの」


 ってことは、龍之介先輩の単独行動って訳か。

 急にリンチに会うことはなさそうだな。お互い、こんな日に問題は起こしたくはないだろう。


「君には色々と聞きたいことがあってね。なるべく綺華さんが居ない所で話したかったんだ」

「話?話すようなことはないと思うんですけど?」

「一方的に話すだけさ。君の事をずっと不思議な存在だと思っていたからね」


 昔はわからんが、神様の存在を知ってから自分が不思議な存在であると思ってはいる。


「不思議って何ですか?僕はいたって普通だと思いますけど?」

「自分の事を普通なんて表現する奴は大体普通じゃないと僕は思っているよ」

「随分と変わった思想の持ち主なんですね」

「自分の恐ろしさを隠すには都合のいい表現だと思っているよ。普通って表現は」


 なんだかな~この人はよくわかんないや。

 ウザい先輩なのか姉思いの優しい先輩なのかミステリアスで頭の切れる先輩なのか。

 どの龍之介先輩が本当の姿なんだろうな。

 普通って言っても本当に神様にストーカーされている以外は割と普通なんだよな。

 成績だって中くらい。身長は平均よりも低くて。運動も得意でも下手くそってレベルでもない。

 対して取り柄もない自分にとってそんな龍之介先輩が少し羨ましい。

 その感情は龍之介先輩だけに向いているわけではない。

 むしろ、龍之介先輩よりも強く憧れ妬ましくも思っている。


「ずっと気になっていたんだよ。なんで君がずっと学校の生徒から嫌われているのか。そしてなんで君が生徒会役員となっているのか」

「......」

「勘違いしないで欲しいが僕は正直、君の事は嫌いではない。むしろ、君という存在に感謝しているぐらいだ」

「......というと?」

「君がいつも、姉さんの相手をしてくれていることに感謝をしている。もちろん、綾華さんにもね。でも、君が居なければあの二人の喧嘩を止めれなかった。僕だけでは無理だったからね」


 今日の龍之介先輩、映画版のジャ〇アンかよ。いつもと性格が違い過ぎる。

 この後、悪いことでも起きるのか?


「君は誰かの前に立つような生徒ではないと思うんだ。だからこそ、生徒会役員になったことが気になるんだよ。生徒会役員なんて正直、目立つような役割ではないがうちの学校は違う。というよりも、今の生徒会長は違うって感じかな?あの人の横に並ぶっていうのは相当目立つからね。いい意味でも悪い意味でも」

「そうですね。どちらかと言えば悪い意味で目立ってますけど」


 そのおかげというかそのせいというか変に目立ってた奴がさらに目立っているわけで、嫌われ方ってのは足し算ではなく掛け算なんだろうなと思ったよ。


「だからこそ思うんだ。何故君は生徒会役員を辞めない?君にとってメリットになることはないんじゃないかな?」

「......確かにそうですね。生徒会に入らなければ今よりかは嫌われていなかったと思います」

「そうだろう。あのまま目立つような事をしなければ問題はなかったはずだ」

「でも、誘われたら断れないんですよ俺。昔っからそうで」


 そんなもんなんだよ俺って。綾華さんの優しさに甘えているだけだ。

 誘われなかったら生徒会になんて絶対に入らない。


「優しい先輩の言葉は裏切れないと」

「そうっすね。裏切れないです。というか、そもそも俺はあの人を裏切れないし裏切ったこともないです」


 そんなに俺は偉くもない。


「僕は龍之介先輩が羨ましいです」

「僕だって君が羨ましいさ」

「女子からモテて頭もよくて運動が得意で他にも俺に持っていないものをたくさん持っていて」

「僕には君みたいな優しさは持っていないよ」

「優しさなんて人間にとって一番いらない感情です」

「おやおや。恐ろしい事を言うね。君は」


 昔から思っていた。勇凛君は優しいよねとかよく言われるが正直、何にも嬉しくない。

 むしろ、嫌だった。優しいなんて言葉にいつも付け込まれている気がして嫌なんだ。


「僕は優しさこそが人間にとって一番必要な感情だと思うよ」

「意見が合わないっすね」

「残念だ。これぐらいは合ってて欲しかったな」


 さっきよりも空気が重くなっている気がする。

 この場から逃げ出したい。


「僕は優しさがなければこの世界は成り立たないと思っているよ。現にうちの姉は誰かの優しさがなければまともに生きていけるような性格じゃないし」

「優しい人間アピールですか?」

「違う違う。これは優しい人間になろうとしているアピールだ」

「その気持ちはよく分からないです」

「元から優しい君じゃ分からない気持ちさ」

「......」


 警察に囲まれている気分だ。生きた心地がしない。

 本当にこの先輩は何を言いたいんだ?


「閑話休題としよう。今回の生徒会、今回も綾華さんが生徒会長になると思うんだよね」

「自分の姉が負けると」

「もちろん。100%ね」


 応援してる側の人間がそんな事言っちゃダメだろ。

 龍之介先輩はスパイなのか?


「本人が本気でなりたがっていたとしても、決める側はいつも適当だからね。前年度から引き続きってのがこの学校の鉄則さ」

「姉はその鉄則を破れないと」

「無理だね。無理やりこじ開けようとしてるわけだから、誰も理解してくれないさ」

「結構ズバズバ言いますね」

「事実だからね。こればっかりは」

「リアリストなんですね」

「ああ、架空の世界よりも現実味があった方が僕は好きさ。事実は小説よりも奇なりって言うだろう?」


 じゃあ神様パワーとかは信じてもらえなさそうだ。


「回りくどく行き過ぎたね。単刀直入に聞くよ。君は綾華さんが引き続き生徒会長になったら生徒会副会長として残り続けるかい?」

「......俺は」

「俺は?」


 龍之介先輩がにありと笑う。答えの予測はついているだろうな。


「俺は......ます」

「そうかい。そう来ると思っていたよ」


 ここ数日、いやここ数年の胸の内を伝えた。


「君を支持する人間としては悲しい答えだったよ。でも、僕も先輩だからね。その意見の君を応援させてもらうよ」

「先輩が応援してくれたら学校の女子生徒たちから恨まれそうですね」

「はは!そうかもね」


 こわいこわい。後ろから刺されそうだよ全く。


「でも、僕の予想としては君はその意見を変えるさ。何せ、君は優しいから」

「......」

「急に呼び出して悪かったね。僕はここらで帰らせてもらうよ」

「......はい」

「気を付けて帰るんだよ。姉さんたちが何しだすかよく分からないからね」

「変なことしないように見張っておいてくださいね」

「善処するよ」


 そういい、龍之介先輩はこの場を離れた。

 なんだか、すごく後味の悪い終わりだったな。

 不安以上のものが自分にのしかかってきた気がする。

 龍之介先輩の予想が当たってしまいそうですごい嫌だな。

 そんな自分が俺は嫌いだ。

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