私は居場所を守りたい

「すみません!今日用事があるので先帰りますね!」

「ちょっと待ちなさいよ!明日が生徒会選挙なんだけど!」


 彼、夏目勇凛は急ぎ足で帰っていった。ここ最近、何度も何度も話しかけては煙たがられているように感じる。


「勇凛先輩。最近忙しそうですね」

「あの子が忙しいなんて事があるのかしら?」

「結構、辛辣な事言いますね...」


 新入りであるアテナがそ言った。今は彼女と生徒会室で二人っきり。

 こういう時は一体どんな話をした方がいいのだろうか?

 女の子っぽく恋バナに花咲かせればいいのだろうか。

 残念ながら私には意中の相手なんてものは居ない。一方的な恋バナは面白くないだろうな。

 そもそもアテナに意中の相手が居るのかすらわからない。


「ずっと前から気になっていたんですけど、勇凛先輩って昔からどんな人だったんですか?」

「昔の勇凛君?あまり今とは変わらないけど?」

「なんかないんですか?勇凛先輩にまつわるエピソードとか?」

「うーーーん」


 エピソードか。なんというかインパクトのあるエピソードというものはあまりないかな。

 というのが本音だ。

 無論、そんな事言えるはずがなく頑張って振り絞ってみる。


「勇凛君ってなんというか、他の人の事がほっとけないって感じの子なんだよね」

「というと?」

「困っている人を見つけたらすぐにその現場に行くのよ。何も考えずに」

「確かにそうですね。そういう場面よく見ます」

「本人曰く、見て見ぬふりが嫌いらしいわよ?」


 町中に落ちているゴミを見つけただけですごい葛藤しているところをよく見る。

 拾いたいけど、そのゴミどうしよう!ああ、踏まれちゃう!みたいな事をよくしていた。


「教員からの評価は割といいわよ?」

「それは意外です!」

「普段は何もしていないように見えて文化祭の時とかすごい張り切って仕事してたわよ?それこそ、一人残ってずっと準備してたくらいだし」

「すっごく意外です!」


 祭り騒ぎは嫌いだ~とか言っていたけどやるときはしっかりやるのよね。

 最初の方でちょっと失敗しちゃっただけでみんなから嫌われるなんて可哀そうだと私は思う。


「私たちも帰りましょうか」

「明日の準備とかないんですか?」

「特にないわよ。生徒会選挙なんてただ人前に出て話すだけだし」

「私は人前で話すのが苦手なので話すだけなんて考え方が出来て羨ましいです」

「アテナもいつかはなれるわよ?私だって最初は緊張したもの」


 学校で話す事なんてもう慣れた。それよりも、母親と話す方が緊張する。

 と言ってもアテナの方が緊張するだろうけど。




「公園って見てると懐かしくなってきません?」

「わかるわ。小さい頃を思い出すわよね」


 この子に公園で遊んだ記憶があるのかしら?


「あ!お稲荷さんのお姉ちゃん!」

「お!久しぶりだね!」


 懐かしいというか数か月前にみた幼稚園生だ。

 お稲荷さんのお姉ちゃんというのは稲荷という名字からお稲荷さんを連想したからそう呼んでいるそうだ。

 

「お兄ちゃんとは一緒じゃないの?」

「今日は一緒じゃないの」

「お兄ちゃんにお礼言いたかったな~」

「前の?」

「ううん。さっき川にボール落としちゃって。それを取ってくれたお礼!」

「なんか勇凛先輩らしいですね」

「そうね」


 流石は他の人の事がほっとけない男である。急いでいるとか言っている割には人助けをしている。

 彼の事はまだわからないことが多い。


「ママに呼ばれてるからもう行くね!」

「気を付けるんだよ帰るんだよ?」

「うん!えっと、また会いたいときはバイバイじゃなくてまたねだっけ?」

「そうよ。またね!って元気よく言えってお兄ちゃんが言ってたね」

「そうだよね!お姉ちゃん!またね!」

「うん!またね!」


 そういって小さな男の子は去っていく。そういえば、勇凛君はこの子にこんな事言ってたっけ。

 バイバイは本当の別れだからまた会いたいときはまたねって言わなきゃいけないんです。

 その言葉にはとても重みを感じたことは今でも覚えている。


「知り合いなんですか?あの子?」

「ちょっと前にあの子の風船が木に引っ掛かっているのを見て勇凛君が取ってあげたのよ」

「優しいですね勇凛先輩」


 普段はふざけてばっかりだけれど、真面目な時だってある。

 極端なんだと思う。1つの事にしか力を注げない不器用さん。

 そこがきっと彼の魅力なんだろう。そんな彼のことが私は羨ましいと思うときがある。

 彼ぐらい自分に正直に生きれたらなと考えることがある。

 私は彼になれないように彼は私にはなれない。いい具合にバランスが取れてるのよね世の中って。


「勇凛先輩、今頃何してますかね」

「あの子の事だしどっかで遊び惚けてるんじゃない」


 それかスーパーのタイムセール。

 あんたは主婦か!なんてツッコミは彼と関わってきた人たち全員がしたであろう。


「明日の応援演説者の発表大丈夫ですかね」

「大丈夫だと思うけれど......」


 変なことをしないことを願うしかない。

 今までやってきたけれど、特に問題はなかった。しかし、最近の言動を見ていると不安になってくる。

 じゃあ勇凛君の心でも読めばいいじゃんという話なのだけれどアレはあんまり好きではない。

 それに、こういう時に使うためのものではないのだ。

 あくまでも、人間との交渉を円滑に進める為であって、決してプライベートを明かす為のものではない。

 一部、この事を忘れている神様たちが居るのだけれどね。

 

「ねえアテナ」

「なんでしょうか?」

「生徒会長選挙が終わったら新しい生徒会メンバーでどこか出かけたいと思っているのだけれど、どこに行きたい?」

「悩みますね......」


 可愛らしい反応を見せるアテナに癒される私。この子は勇凛君以上に不安な部分が多い。

 友達とかちゃんと作れてるのかしら?


「だいぶ後の事になるんですけど海とか行きたいです!」

「いいわね海!みんなでいきましょうね」

「はい!楽しみです!」


 まだ、誰が生徒会長になるのかはわからない。

 でも、私には生徒会長になれる自信がある。

 生徒たちが前回と同じ人に投票しやすいってところもあるが、単純に負ける気がしない。

 というか、負けたくない。

 負けて私たちの居場所が他の誰かに奪われるのはいやだ。

 2人だけの部屋だったのが新入りが入ってきたわけだし、余計に守らなければならない。

 私たちの居場所を守る為に私は戦う。

 生徒会長になる理由なんてこれぐらいでいい。

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