インターネットストーカーが仲間に加わった

ちゅんちゅんと小鳥の囀りが聞こえてくる。だが、枕元が濡れていていい気分ではない。

 今は何時だろうか。近くにある目覚まし時計に手を伸ばす。誰かが俺の腕を掴み先導してくれる。ぺちっと音がなる。しかも感触は柔らかい。いつもと違う音と感触だ。目覚まし時計が美少女にでもなったのか?そんなわけがない。じゃあこれは何だ?寝起きのせいで上手く頭が回らない。

「...おはよ」

耳元に甘い声で囁かれる。声の聞こえた方向に身体を動かすと雪のように白い髪が見える。視線を上げると頬を赤らめて身体を捻らせている女性がいる。

「そんなに大胆に揉まれるのは聞いてないよ〜」

「...お前が揉ませたんだろ〜」

「寝起きはツッコミの切れがよくないね」

「うるせ〜」

朝は静かが一番だ。そう思いながら上がった腕を下ろす。力が入っていない為勢いよく落ちる。結果、腕をぶつける。痛い。

「昨日、部屋に入った後、そのまま寝ちゃったんだね」

まあなと心の中で返事をする。半日ぐらいは寝たのか。お腹空いたな。

「お腹空いてるでしょ?作ってあるから顔洗ってきな?」

会話しなくても思ってる事が伝わってしまう。いつもの事すぎてなんとも思わなくなってしまった。人間、いつの間にか適応しているのかもな。

「うぅ〜〜〜」

「...返事なのそれ?それともうめき声?」

自分でもわからない声を出しながら立ち上がり洗面所に向かう。

「...こんなに濡らしちゃって」

後ろから聞こえた事には反応せず左右に揺れながら目的地へ向かう。後々思い出したらエッチだなと思いました。


「人の家の冷蔵庫は勝手に開けちゃいけないんだぞ」

「アルテミスに許可とりました〜」

べーっと舌を出して挑発してくる。表情豊かだな神様って。何を考えているのか読み取らせてくれない。

「...そういえばアルテミスは?」

「そろそろ来るんじゃない?」

知らないけど。と付け足しながらご飯を頬張っている。大口で食べているのが意外だ。

 そう思っているとガチャっと音が聞こえる。彼女の目元は少し腫れていて髪はボサボサだ。

「顔洗って髪の毛ぐらいは梳かしてきなさい」

「うぅ〜〜〜」

「そのよくわかんない返事するのはこの家のルールなの?」

そんなルールは決めていないぞ。心の中で教えて上げながら味噌汁を飲む。

「人が作った味噌汁飲むの久しぶりだな〜」

「人じゃなくて神が作ったから、久しぶりじゃなくて初めてでしょ」

確かにそうだな。神様の作った味噌汁を飲んだ人間は長い歴史の中で俺だけかもな。

「いつ起きたんだ?虹色は」

「一時間前くらいかな?起きて支度してご飯作って勇凛君起こしてって感じ。その途中でアルテミスが一回台所に来たけどすぐ部屋に戻ってたよ」

俺が一番最後に起きたのか。いつもだったらアルテミスの方が遅いけど、今日は違った。

「いただきます」

隣の椅子が引かれポスンと音が鳴る。目元の腫れは治っていて髪もいつもの美しいオーラを放っている。

「...」

「...」

「いつもこんな静かなの?」

二人揃って首を横に振る。はぁーっと虹色がため息をつく。

「アンタら喧嘩してたの?」

ボソッと呟いている。呆れる虹色。ボーッとご飯を食べるアルテミス。そして、落ち着きのない俺。三者三様だ。

「そういえばこの家の部屋って空きある?」

「一応一部屋あるけど。どうしてだ?」

「私もここで住もうかな〜って。アルテミスが心配だし」

ガタンっと隣で大きな音が鳴る。見ると物凄く震えていた。

「いいわよ!私一人でできるから!イリスは引っ込んでて!」

「引っ込んでてって何よ〜いいじゃない減るもんじゃないんだし」

「一部屋減ります〜」

小学生みたいな返し方だな。それよりも

「虹色の本名ってイリスって言うんだ」

「ヒントはあったよ〜虹彩って名前のハンドルネームでしょ?私。英語に訳すとイリスって読むの」

英語は得意じゃないから気付かん。英語が得意でも気付くのかこれ?中々難しいと思うが。

「勇凛君は私と一緒に住むの嫌?アルテミスに拒否権はないけど」

「なんで!」

聞き覚えのあるフレーズで聞かれる。

 うーん難しい。まあ現状だと気まずいし、アルテミスの事で相談出来たりするのは嬉しいかも。その逆で虹色の事で相談したくなればアルテミスに聞けばいいし。それに、一緒に住むなら沢山の方がいい。失ってから初めて気付いた事だ。一人が好きだと思ってたけど本当はそうじゃないのかもな。

「俺は構わないよ?変なのが一人増えたところで変わらないさ」

「嬉しいんだけどそう言われると何かイラッてくるな」

「私は反対だ〜」

「アルテミスに拒否権はないのよ?黙ってなさい」

「私の方がここでは先輩です〜」

「関係ないだろそれは」

いつものように、いやいつも以上の賑やかさが戻ってくる。やっぱりこれがいい。

「勇凛君、一つお願い聞いてもらえる?」

「何?」

真剣なトーンでお願いされる。ゴクリと唾液を飲み込み構える。

「イリスお姉ちゃんってこれから読んでくれる?」

「よろしくなーイリスー」

「棒読みしないでよ!」

今日一のツッコミが入る。切れがいいようだ。

「でも、初めてイリスって呼ばれて嬉しいと思ったよ」

満開の笑顔で気持ちを表現している。そんな顔されるとこっちまで嬉しくなる。

「...それ、私の時も言ってた」

「...アレ〜?」

初めては嘘だったらしい。それでもあんな顔してくれると嬉しいものだ。

 一人になってしまった家は次第に人ではなく神様が増えていく。数で言えば元通りだ。俺以外は変わってしまったけどそれでもいいと思う。二人の神様の笑顔を見るとそう思える。

 彼女達を照らす太陽に、彼女達を受け入れることのできる青空になりたい。そう思えた。

 だが一つ忘れてはいけない事がある。彼女達が俺のストーカーである事だ。それでも俺は受け入れる。彼女達より変なやつなのかもな。それでもいいさ、この時が永遠に続くなら。




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