こうして私は母親公認のストーカーになった
私が彼のお母さんと初めてお会いした時はまだ彼を産む一週間程前であり、まだ彼のお母さんのお腹は大きく、ベットの上で窮屈そうに寝転がり、毎日変わるわけでもない外の景色をぼーっと見つめていた。
「すみません。あなたが契約をしたいと私の上司に相談した夏目さんでしょうか?」
久しぶりに人と話すため上手く話を切り出せたか不安になる。
「そうです。私が漱石じゃない夏目です」
そう言いながら笑顔で振り向いてくれる。この人の旦那さんは彼女の明るい所に惚れたのだろうか。
「それ、夏目さんの鉄板ネタなんですか?」
そう言いながら近くに合った椅子に座る。
「最近考えたんですよ。病室の中は退屈なので」
こちらに視線を合わせてまたも笑顔で返してくる。
彼女の自画像を描き、世界に広めたい程の美しさだが、そんな技術も時間も無い為心の中でこの気持ちを留めておく事にした。
そんな、他愛もない会話を数回程交わした後、本題に入る事にした。
「では、そろそろ本題に。何故、私達神と契約をしようと考えたのですか?自分で言うのもなんですが、胡散臭い話だと思うのですけど」
一番言ってはいけない立場ではあるが気になった為彼女に聞いてみる。
「他に縋るものが無いんですよ。私には」
彼女は淡白に答える。先程の会話からは想像の出来ない声質だ。
「実は私、この子を産んだら死んでしまうかも知れないんですよ」
彼女の悲しい結末をまたもや淡白に伝える。彼女は辛く無いのだろうか。
「どうしてですか?」
世界でどれくらい使われたか分からないありふれたフレーズでありふれてはいけない結末を迎える彼女に聞いてみる。
「元々、身体が弱いんです。でも子どもの姿を見たくて。見せたくて。無理を言ったんです。父に。彼は激怒しましたが、子どもを産む事を認めてくれました」
そんな二人の葛藤を涙を堪えながら、懺悔する様に言葉を発する。
「妊娠した時は大喜びでした。それなりの時間が掛かったので。しかし、病院に通っていくうちに自分の身体では産む事が難しいと言われました。産まれてもその後のあなたの身体は良い状態ではないとも言われました」
ここからは更に辛い事を話すのだろう。そう思い身構える。
「それでも産む事を決意しました。どうしてもこの子の姿を見たいんです。男の子なんですよ。きっとカッコ良く育ちます」
そこで彼女の笑顔が久しぶりに姿を表す。でも、さっきと違い透き通った涙を頬に伝わせている。
「そしたら言われたんです。そう長くは生きることが出来ないと」
笑顔は遥か遠くに飛んで行ったかの様に姿を消し、変わりと言わんばかりの悲しみを表情に出す。
「そんな時、あなた達神様の事を思い出したんです。」
「何処で私達を知ったんですか?」
こちらの疑問を相手に伝える。
「私のよく行くお店があるんです。何にも頼ることの出来なくなったら電話しなさいって番号の書かれた紙を渡されたんです。こうなる事を神様達は分かってたんですかね」
そんな怪しい事信じちゃうんだ...それ程心身共に追い詰められてるって事か。
「それで私の上司が来たのですね。」
「はい。白髪で長い髪の。とても綺麗な方でした。」
それはそうだ。神様界隈でもその美しさは噂になるほどだ。最近は仕事をせず遊んでばっかりらしいが。私の上司は後何十年サボり続けるのだろうか。もしかしたら数百年単位かもしれない。
「それで、どんな話しをしたのですか?」
「私が死んだ時、この子の人生を私の変わりに見守って欲しいと。あなたの上司に伝えました」
「寿命を延ばして欲しいとかではなく?」
素直な感想だ。
「私が死んでしまうのは天罰だと思うのです。この子の事を考えず、私のわがままで産もうとしてるのですから」
そんな事無いと言いたかったがそんな軽い気持ちでは無いと思い口を閉じる。
「そこでお願いです」
彼女の語気が変わり、勇者にお願いをする姫の様な雰囲気で
「この子が産まれたら、この子の事を見守ってて欲しいです。ストーカーして下さい。そして私が死んだ後の一周忌でこの子と一緒に暮らして、この子の最期を見守って下さい」
そしてまた語気が変わり、今度は魔王に立ち向かう勇者の様な雰囲気で
「でも、私は直ぐに死んだりはしません。最低でも高校入学までは生きるつもりです」
そんな勇ましい彼女を見て私は
「分かりました。全力でストーカーしてみせます。夏目さんの知らないこの子の事も調べちゃいますよ?」
私はそう言いながら立ち上がり彼女に背を向ける。
すると彼女から一番最初にしなければならない事を聞かれる。
「そういえばあなたの名前を聞いてなかったわ。私は夏目理恵。あなたは?」
少し恥ずかしいが少しカッコつけて言ってみよう。
「私は月の女神、アルテミスです。弓が得意なんですよ?」
余りカッコつけれなかった。無理してすることじゃないな。
私も最期に聞きたいことがあるので聞いてみる。
「最期に一つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
穏やかな雰囲気で聞いてくれる。
「その子になんて名前を付けるのですか?」
こちらも穏やかな声で彼女に聞く。
「勇凛って名前よ。勇ましくも凛々しい子に育って欲しいと思ってるの。安直かしら?」
「いいえ、素敵な名前ですね」
そう言い私はこの場から去った。もう顔を合わせる事はないだろう。
こうして私は母親公認のストーカーとなったのであった。
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