地を望む鳥〜【シア】は敢えて堕ち、そして立ち上がる決意をする

 それから、夏休み…また人が嫌いになった。


 部活も、寄ってくる人も、人自体が…嫌いになった。諦めきれず、太郎の家に行った。

 『バイクの合宿に行っているよ』と、タロァの妹、メグミに居ないと言われた…既に縄張りから締め出されていた。


 そして日常生活では、アレをしろ、コレをしろと指示ばかり、しかも笑顔で優しく…善意の嫌がらせ。

 だから敵しかいないと思わないと心が持たない、誰も信頼は出来ない、言葉を信用しない。


 心は中学に逆戻りだった。

 中学と違うのは、九州の中でも田舎だった人達は、敵意があれば寄って来なかった。

 ここの奴らは敵意を向けても無駄だった。何故かそういう性格だと判断する奴が多数いる。

 だったら言われた通り、望み通りの結果を出して、全部辞める。それで文句無い筈だ。

 傍から見たら性格の悪い人なんだろうな…

 しかし…その方法は、逆効果なのを後で思い知る事になる。


 まず部活、バスケからは手を引いた。

 男バス関連の他校の生徒が煩いし、チームメイトが弱いから、つまり結果は出ないから。

 レベルが低い、お前等と一緒だと結果が出せないと言ったら喧嘩になったので辞めた。

 急に厳しくなったとか、シアと同じ様には出来無いとか言われてもそんなの分かってるよ…元々バスケが好きでやってない。

 チームで行う競技でこんな事を言ったって、意味無い事ぐらい分かってるよ。

 心の中では悪いと思っているよ。

 でも、本当は、誰も信用も信頼も出来ないんだからしょうがない。


 私の中の棘が鋭くなる。


 陸上は個人競技だから喧嘩にならなかった。おあつらえ向きに大会も近かった。

 既に短距離で非公式ながら高校記録は出してる、だから大会で優勝して、公式記録を出して辞めた。

 個人競技だから楽しかった、コーチに言われた通りすると速くなるのは楽しかったけど、コーチと付き合っているという、訳の分からない噂がたった。

 タロァに聞かれる!離れていくからやめろ!

 周りがきな臭くなってきたから辞めた。


 そして夏の終わり頃、部活の大会が終わり、モデルの仕事をするようになった。

 理由は人と極力合わないから。同級生と会わないから。言われたまま無心で仕事していると、バパの友達が声をかけてきた。


 モデルの世界では…パパの友達に、人に関わりたくないなら喧嘩腰で野心家の人物と思われていれば良いと言われ、人を突き放した。

 気が楽だったけど、大分性格が悪くなったと思う。


 まぁまぁ、別に人気も要らない、売れなくて良いし。早く私に飽きてしまえ。


 9月…学校が始まった…が、太郎と会わない事が多かった。

 一度廊下ですれ違ったが、私に対してなのか周りに対してなのか…『関わるな』という空気が強すぎて泣きそうになった。

 私の周りに巻き付いている棘共が、彼を傷つけるから近付く事や弁明すら出来ない。

 まだ…私の中にタロァがいる…いや、きっと居なくならない。

 だって…未だにタロァを思うと心がトロンとして身体がキュンとする。


 何処にもいけないこの気持ち…寂しくて辛くて、気付いたら学校も行かなくなってた。

 学校に行っても煩いだけ、どうせ大事な人には会えないし話せない。

 それなのに…棘が伸びて鋭くなるほど他人が刺さり離れない…

 

 そういえば、聞いてもいないのに、周りをウロウロしている女から蘭子の馬鹿の話を聞かされた。

 蘭子…友達というよりライバルだった。

 真っ向から私と太郎を取り合った…私はリードされていたけど…蘭子と太郎は男女が付き合う様な関係ではない事を知っていた。

 その蘭子が私と親しいからという理由で、近付いた男とデートして、その男の女のせいでイジメられてると…記憶に無い、馴れ馴れしい女に聞いた。


 そんな事したら…また…あの人の心が傷つく…離れていく…余計な事ばっかりして。


 なんで私が関係あるんだ…アイツラは私を理由に大事な人を傷つける。


 だけど…仕事に行けば馬鹿は群がり、学校に行けば馬鹿は群がり、もし全てを捨てて大切な人の所に行けば大切な人の所に馬鹿は群がり、例え1人で九州まで逃げても馬鹿は群がるだろう。

 この人のウワサ螺旋興味を、望む人が多くいることは良く知っている。


 大事な人に会うことはおろか、言い訳する事すら許されない、ここは地獄だ。


 だから何も見ないまま…心を海深く、沈めるようにモデル業という人形になる仕事に明け暮れた。


 専属モデルの居なかった『リアライズ』

 パパの友達のブランドで、デザイナーがラビエラさん、自分の事をレビと呼べという、目が死んでるがとても綺麗な女性で、キセル好きな変人。

 市販のラインはユニセックスなデザインで一部のセレブのお気に入り、ただショー出すパターンはあくまでエロス拘った変人、そして人と関わりたくない人、仕事はしたくない人で有名だった。

 親娘で囲っとけば、話が楽だと…だから前はパパ、そして今は私だけが専属モデルだ。

 私の年齢と外見もありレディスのラインがモデル一人で済むと私を良く使った。結果…話題になってしまった。

 私はレビさんとよく喋る。しかしレビさんは日本語の文法が良く分かってないし、話を聞かないので…私はタロァと喋ってるみたいになる。

 そしてキセルを吸う時の目、遠くを見ている目が、少しだけタロァに似てる。


 レビさんは日本の高校に留学中、同級生に惚れて告白寸前の所で彼が行方不明になったらしい。だから日本いる。

 そして、その彼の名前は『豊作 悟』、悟り、だから『リアライズ』…彼をずっと待っている。

 彼が見つかった時、リアライズは終わる。

 少しだけ自分が重なり…少しだけ好きになった。


「レレレの!レビィのせい!バカが集まる!タロァが遠くなった。バカ!」


「シア、モテモテか?だったらもうヤリマクリですか?困ったでごわす!ワタシはジュンケツだけどナ、イヒ」


「タロァに会えない!何とかしろ!バカ!」


「お互い難儀な性格ネ!大丈夫ダ、アガればオチる!堕ちタラ!ハッピー!だからゴー!フォールダァーウン!ゴー!ハハハ!」

 

 いつもこんな感じ…何もおかしく無いんだけどな…


 リアライズで名前が売れ、雑誌からテレビへ、そして幾つかのブランドの指名を受けるようになり、更に忙しくなった。


 自分でも何やっているか分からないけど、言われた事をやり、敵意だけは振りまいていた。

 敵意を振りまいていればいつか嫌われる、嫌われ者にならないとね…早く、早く…

 鏡を見た時目つきが変わってた…一切楽しく無い顔してる。

 それが余計、ウケしたらしい…ウンザリだ。




 年明けて、気付けば2月になってた。年末年始もクリスマスも去年は太郎と一緒だった、その時、たまに蘭子とかち合ったが神社では、喧嘩しなかったな。


 今年の年末年始は仕事だった、いや仕事かと思ったらクソが集まるパーティーだった事は数えきれない。

 マネージャーにキレたらこれも仕事とか言われた。辞め時が分からない。

 そして今頃、高校行ってれば新学期か。特別枠で退学にはなってないらしいが…どうでも良かった。

 

 この日も馴れ馴れしいテレビのプロデューサーが前に会った事があるだなんだとしつこかった。

 もう誰も信じない、誰も愛さない、誰とも関わらない。

 誰も…?何も…?アレ…私…大事な…痛い…心臓が痛い…心が…分からない…

 もう2月、間もなく高校3年。この半年は、心が死ぬのに十分な時間だった。

 

 ふと、移動中の車内で大事な何かが頭をかすめ、考え事をしていると、横で嘘ばかりつくクソマネがワーワー言っている。

 どうせ車の窓から私が見えて、物珍しさに話しかけて来てんだろう…ついカッとなった。


「煩いっ!どいつもこいつも知り合い面しやがって!嫌いなんだよっ!!どっか消えろっ!」


 私は…次の瞬間、騒ぎの渦中、窓を見て心臓が止まったような気がした。

 

「あ~…これはまた…アハハ、そーすね。さーせん。でもアンタラさ、後ろの車、地方から出てきた家族連れの軽なんだからさ、いきなりハザード出してバックしようとしてプッププップ鳴らして罵声を浴びせるのは良くないですよ!?ッてブはッ!」


 すぐ横のマネージャーが殴ったせいで、窓際から顔が消えた。

 その後、その男性はヒョコッと口と鼻から血が出た顔を出し、笑いながら閉め始めた車の窓に血の付いたつばを吐き、中指を立てながら、車の間をすり抜けていった。


 一瞬、目があった。私は目を見開いたと思う。

 優しく、懐かしむ目で見られた。何故か心が…久しく感じない温かい気持ちになった。言葉は聞こえないけど目で伝わった。


――――あぁ、一目見れて良かった…相変わらずシアはシアだなぁ…無理するなよ、元気でな―――


 今…あの人はどんな顔してた?表情は?声は?

 私は…一瞬チョーカーに首を絞められた気がして、心臓が動き出しその直後叫んだ。


「太郎っ!?タロァあっ!?タロアァァッッ!!!違うっ!今のは違うっ!!ダロっ!ちがっ!!聞いてっ!!」


 窓から飛び出そうとしてマネージャーに止められた。


「離せっ!タロァっ!どけよっ!どけぇぇぇっ!」


 止めてるマネージャーを殴った。今行かないとっ!話さないとっ!消える!私の命がっ!太郎がっ!何で気づかなかった!?


 バイクに乗ってた!?後ろに…誰か…乗ってる…しっかりと…まるで渡さないと言わんばかりにしっかりと太郎を掴み…ソイツがこっちを見た…見た事ある顔…サラ!?


 サラは…私の覚えている大人しい地味なサラではなくなっていた…ロングの…エメラルドグリーンの髪…顔は昔の私に似ていた…化粧しているのか?

 それに太郎が好きと言ってくれた私の目の色…翠眼と同じ髪色…好きだって言ってくれた頃の私にそっくりな…サラは私の乗ってくる車に向かって舌を出していた。


 太郎…免許取れたんだ…太郎…バイク買ったんだ…太郎…今何やってるの?…何でサラといるの?…太郎…その席は…その場所は…私が…乗るはず…


「オエエエエエエエ!!ゲゲぇウプっ!ゲエっ!…………ヒュッ……」


 私は盛大に車内で暴れながらゲロを吐き、その後過呼吸になり気絶した…と後から…聞いた。

 あの日から毎日、脳が…心が悲鳴をあげている…

 

 数少ない仲良くなったモデル仲間や、ドラマに出た時の共演者に相談した。


「私はもうやめたいんです、普通の生活に戻りたい…どうすればやめれますか?」


 一般人になりたい。誰にも関わりたくない。もうやめたい。しかし、誰しもが口をつぐんだ。モデルの先輩は、とりあえず今すぐは無理でしょ?と、言い、俳優の男はシアはこの世界にいるべき人だから無理だよとあっさり拒否された。


 でも…我慢出来なかった…太郎と離れたくない!

 蘭子とでも…例え…さ、サラとでも…誰と付き合っていても!諦めたくない!太郎と離れたくなかった!


 明日も早朝から仕事だけど一度だけ…一目だけで良い…誰にもバレてはいけない…仕事帰り夜中…こっそり太郎の家に行った…太郎は無用心だから。

 必ず窓は…ベランダの鍵は開いている…ここから入れば…バレても隣の家の蘭子だけ。


 久しぶりの太郎の顔…少し大人になっている…恰好良くなっている…私は知ってたんだ…長めの髪で顔が見えないだけで…太郎はとっても格好良いんだ…誰が何と言おうとタロァが一番…あぁ…太郎だ…タロァ…

 

「んん?あれ?シア?何これ…夢?」


「そうだ!夢だ、タロァ!会いに来た!タロァが願ったから!叶った!タロァが好きな!シアだ!」


 小声でとっさに…太郎が願った事にしてしまった…また私はタロァに…ごめんね…勝手に入ってきたのに…


「そっかぁ…でも夢でも良いや…シアに会えた…会いたかった…まだ俺ん中に、シアが…シアの中に俺が残ってたんだなぁ…」


 ちょっと寝ぼけてるけど大事な事を言わないと!約束するんだ!タロァと!急いで胸から最後の日に貰ったペンダントを取り出す。動物の糞の化石キーホルダーを見せる。


「タロァ!これ付けてる限り!シアはタロァが好き!雑誌やテレビとか!見える様にするから!タロァとシアの証!好き!と好き!と好き!の証!ずぅっと一緒!約束っ!信じてタロァ!」


「うーん?あー…ん…信じる…ずっと…好きだったんだ…信じるよ…ずっと…ずっ…」


 すると、寝惚け眼の太郎がいきなり首に手を回してキスをしてきた!?タロァ♥タロァ♥

 舌が入り脳が蕩ける…舌を重ね、心を混ぜる…このまま…このまま…これ以上!…もっと!…もっと!…タロァと一つに!♥もっと深くっ!♥


 ガタタッ


 太郎の部屋以外の部屋から音がした!

 誰か…来る…?見ている!?

 私は名残惜しいが唇を離し、周りを見回し誰もいないのを確認してベランダから脱出した。

 靴忘れたけどまぁいいや!靴なんか要らない!


 えへへ♥えへへぇ♥うへへへへえぇ♥


 ずっと願ってた!夢にまで見た!いや、タロァは夢と思っているけど…タロァ!覚えていてねっ!

 いつか!必ず!絶対戻ってくるから!夢を現実に!

 飽きられるまで…いや、誰からも興味が無くなる様に!やってやる!


 月夜に駆け出した!光の道が出来た!

 家への帰り道…足が…身体が軽かった!


 帰ってからママに怒られたがそんなの関係無い! 

 聞こえない。何も感じない。

 だって!崖かと思ったら!道があったんだよ!?

 今なら金メダルだって取れる!タロァが好き!♥タロァは好きだって♥


 そんな幸せな夢を見ていた。つもりだった…


 いつもより浮かれ気分で仕事に行き…いつも通りの仕事をして…いつも通り…あれ?

 そう…夢を見ていたのは自分だったんだ。


 タロァと歩く、タロァとデート!

 タロァと二人だけの初めて♥

 タロァと初めての夜を越える…♥幸せ!♥



 ん?裸?何で!?タロァは?あれ?ペンダント…ペンダントが無いっ!?私は!?私はどこ!?意識が朦朧とする…

 タロァ!私はどこにいる!?何してる!?タロァっ!!


 幸せな日、黄金ともいえる幻を見ながら…目が覚めると…私の心が軋み叫ぶ程の…醜さと嫌悪を持つ生き物が隣で転がっていた…クソ以下のプロデューサーがいた…


 『人気無くなってきたもんねぇ♥でも任せて!コレで仕事がまた増えるよ♥』


 頭に響く音…現実がやってくる…


『もっとして!タロァ!気持ち良い♥幸せ♥もっと♥』


 嘔吐し、痙攣しそのまま意識が落ちた…思い出す…思い出しては嘔吐する…意識が逃げる…逃げ続けるせいで、意識を戻しては嘔吐して失神する。


『とりあえず俺と付き合ってさ、週刊誌に撮られれば人気落ちるんじゃない?そしたらその同級生に会いに行けるよ』


 アイツか…アイツに何かされた?いや、誰か分からない…どこかで他人を信じていた…信じたからだ…やっぱりタロァ以外誰も信用出来ない…意識が朦朧とする…また、夢を見た…夢なのか幻か…


 タロァと一緒に…バイクでお出かけ…一緒にいれば…話題は尽きない…一緒だ…ずっと一緒だねぇタロァ…

 海でキスをした…楽しいねって…見える景色で想う事をお互い言い合い…一緒になったらキスをする…幸せ…永遠に続く幸せを…私は…幻で見た…


 …夢でしか見ていなかった…

 全てを出し切った数日後、繋がった。

 やれテレビやら雑誌が騒ぐ…クソプロデューサーに私は汚され、絶望したと思ったら頭が朦朧とし、前にドラマで相談した、共演した俳優…コイツがラブホに私を回収しに来た所を撮られた、夢と現実が混ざり合い、タロァとクソ俳優が混ざっていた…だってこの写真、夢の中で私とタロァが一緒に入ったホテルの筈だ…熱くて夢の様な夜だった筈だ…結局コイツも同類で…何故かタロァをこのクソ俳優に見立てた私も同類のクソだった。

 そして、クソ雑誌が相談していた時期と合わせて付き合ってるとかいうフザけた事になっていた。


 モデルを始めた時、私を守ると言っていたママ…訳の分からない…若い男と二人でいる事が多くなった。何かがおかしいと言った…聞く耳を持ってくれなかった。

 ママの夢…華やかな世界…パパが消えて寂しそうだから…恩返しの為にやり始めたこの仕事…


 頭が働かない、弁解は思いつかない、何かをされた、かも知れない。

 タロァに手紙を送った、ただ謝り、付き合っていない事を書いた。返事はない。

 結果を見ればそもそも言い訳なんか無い事実…精神こころが…折れる。また夢を見る。


 今度は…タロァが寂しそうに笑って手を振って…バイバイって…待てなくてごめんなって…光の方に歩いて行った…


【違うっ!謝るの!ちがう!私だ!私に!謝らせて!お願い!タロァっ!タロァアアアアアアアアアアッッッッ!!!!】


 その後もどれくらいか分からないが、記憶が曖昧だった。

 疲労とストレス、変な湿疹、眩み…もしかしたらまた何かされたかも知れない…何が何だが分からなくなってきた。

 いや、そこに至るまでの何週間?何ヶ月?自分はいない…本能だけで生きていた。


「…タロァに…謝らないと…ワタシ…タロァに…」


 何だか沢山仕事は入り仕事は回る、疲労と何かおかしな…病気にかかったかのように頭が働かない…悪夢を何度も見る…チャンスはいくらでもあったのに不思議と意識が眩む…仕事の隙間の意識が淡い夢のようで…まどろむ…


 気付けばママと私は業界のクソ共の都合の良い犬になっていた。

 クソマネを外したらマネージャー気取りで私の活動に口を出し始めたママ。そのママを騙し、私を誰か分からない沢山が私利私欲に利用する。

 そしてイラストを頑張っていたサラにまで手を伸ばし始めた。何とかしないと…

 しかし頭の働かない馬鹿な私は、何度もタロァの幻を見て、その都度、致命的なミスを犯し汚れていく。

 

 ママはもう駄目なんだろう、話しかけても支離滅裂、期待していないとサラに言ったくせに、酷いことを言って相手にしなかったサラをいきなり持ち上げ始めた。当然、サラは関わろうとしなくてママはヒステリーを起こしていた。

 でもこの結末はきっとママが臨んだ事。

 外国にいるパパに一言だけメールした。


「私は私で好きにする、もうママの事は知らない」


「シア、レビから色々聞いた。パパの浮気が始まりなのに…何もできなくて、本当にすまなかった」


 謝るぐらいなら!謝ったって!と思ったが…私はタロァにもサラにも蘭子にも謝れていない。

 私に責める資格なんか無い、だからただ泣いた。


 私の本能が…タロァも一緒にいた時の本能が…囁く…誰も何も信用するなと。


 私は周りの話を聞かず、用意される食べ物飲み物口にせず、限界が来て飲んだり食べてしまったら吐き、家に帰る、お腹減った…お金の管理はママだった。家のご飯も信用出来無い…

 仕方ないからレビさんから借りて現金でもらい、帰りに寄るコンビニやスーパーの廃棄手前のものだけを口にする毎日。


 今は?高校は夏休みか…朦朧していると夢なのか想像なのか…考え始めると見えてくる、最悪の未来が見えてくる。考えちゃ駄目…

 タロァといた時の様に本能に委ねなければ…


 また見えてくる…怖い…嫌だよぉ…助けてタロァ

 指の無いタロァ…耳のないタロァ…殺してくれと私に手紙を送るタロァ…あの想像がやってくる。


―――――――――――――――――――――――



 気付けば妹が…私が謝る前にタロァと付きあっていた。

 無口でいつも心配だった妹、その妹が…でもタロァは嬉しかったかな…幸せなら…良いかなぁ。

 歌の仕事がやってきた、もう何が何だか分からないよ…私が私でなくなる前に、タロァに幸せを祈った手紙を書いた、一言だけ。

 お幸せにって…辛いけど…気持ちを込めた…


「仕事…歌…相談したいな…タロァに…歌なら届くかな…タロァに…届けたい…」


 心から誰も信用しないと決めて、自分の選んだものだけで生活すると、思考が戻ってきた…でも私には解決する方法なんて無い。

 自分の立場や、やった事も弁えず、今度は姉妹で揉めた…サラにママを利用するのは間違っていると、やめろ、もう少し疑えと頭から否定してしまった。

 サラは私の話を聞かず、逆らい、勝手にウチの事務所と、ママの話にのった。失敗した。


 タロァならと思い、無理矢理会おうと思い…結果タロァの妹やら蘭子に怒られて…今更出てきて何をするのかと…それでも誰か…誰か…


 そしてとうとう私と同じ無知な妹まで選択を誤った…何度もタロァに真実を書いた、詫びの手紙を書いた。

 返事は来ない…サラや私の真実を知って尚、妹といるタロァ。

 我慢…?しているの?何でなの?駄目だよ…!


「身体が痒い…痛い…顔が…痒い…痛いぃ…」


 …以前、自分が蘭子に許さないと言っていた事、裏切り…だけど蘭子とは違う…私も妹もタロァは愛してくれた…なのにタロァを裏切って、挙げ句何も詫てない…

 私だけの問題ではないけど…それでも赦しを請い手紙を書いた…赦して貰おうなんて…傲慢過ぎるだろう…だけど書かないと…途中から赦しを乞うのではなくどうすれば良いか書いた。


 ある日、ずっと来なかった手紙が来たんだよ…汚い私は許されて…歌を聞きたいって言ってくれた。


「会いたい…会えないなら…声を…唄を…歌う…」


 私は手紙を大事に包み抱えながら涙する。


 世間は言う…女神?何が女神だ…私は太郎に会いたいだけの野良犬…汚れた身体に腐った心、にも関わらず私は泣きつき…赦され、今は歌を歌い、まだ愛されようとしている…隙きあらば…辛いからと逃げ出せば…それでも赦してくれるって知ってるから…私は動物でもない…許してくれるって分かって行ってしまう様な、打算的で醜い人間の中のクズなのだから。精一杯詠う、心の限り詩を謳い、いつか許される日を待つ。


 悪夢の中で積み重ねて行く後悔と過ちを…待つという最も愚かな行為を何度も何度も繰り返した。

 大切な人、自分の生きる理由…動かない事でタロァをより深く傷つけていく事になると分かっているのに…

 私は狂ってる…すれ違いを繰り返し、手紙や人伝にしかタロァの事は聞かない…

 それでも分かる、今も昔も私の中に誇り高い獣の様なタロァがいる。

 迷惑だとしても、傷つけているとしても…タロァは私の中で眩しく輝き、いつでもその瞳は本物の『図浦シア』を映し出す…だから!

 

 勇気…なのかな…例えタロァに棘が刺さっても…タロァの側に…行きたくなって…しまった…




『お姉ちゃんは大した努力もせず何でも手に入れて、勝手に翔んでいったお姉ちゃんに太郎先輩に近付く資格はない!努力して全てをなげうったこの足で!一緒に並んで歩ける私が!太郎先輩を幸せにするんだ!』


 ゴメンねサラ…駄目なお姉ちゃんでゴメンね…でもサラ…私も貴女も間違えてるの…サラならって思ったけど…私は大事なものを手に入れる方法を間違えて…貴女は大事なものが見えていないの…もう一度…パパとママと私を見て…過ちに気付いて…


『シア、ゴメンね…私が間違えていた…叶わないと思い込んでいた。だから太郎に諦めさせた。でも…貴方が思っている程…太郎は強くも誇り高くも無いんだよ』


 蘭子…喧嘩ばっかりしてたけど…私がやり方を間違えていたんだよ…ゴメンね…でもね、太郎が強いのはそういう意味じゃない…私だけの知る、私だけが分かる誇りと強さなの…


『貴方達姉妹は…あの人の心を翻弄し、傷付け、誑かし、壊した…私から奪ったんだ…だから…これから先…私の大切な人に関わる事を絶対許さないから…一生…死ぬ事も諦める事も許さないから…』


 メグミちゃんは守ってたんだね…ずっと私の棘からタロァを…泣きながら耐えながら…ゴメンね…私はメグミちゃんに許されない事をしたんだね…本当にごめんなさい…恋する辛さを…叶わない辛さを知っているのに…


 殺して欲しいと願っていたタロァが私の歌を…私を見に来てくれた…離れたくなくて…でも嬉しくて嬉しくて…もう離れたくなくて…会いたくて…


 気付けば私がタロァを殺していた…ころしてくれとタロァが願ったから…バイクに乗ったタロァの顔が…そう願っていたから…私は…取ったばかりの免許と車で、タロァを抱きしめるように殺した…


 元から指が幾つかなく耳も片方なく、身体が捩じ切れたタロァは、私を掴んで、笑った…気がした。

 私の手元には手紙に添えられていた左手の薬指…これで良いの?タロァ…こんなの、嫌だよ…


 ウアァァッッ!!タロァアアアアアア!!!!!


 その後も悪夢なのかな…分からない最悪の想像は続く…視点が変わる…


 メグミは見たことない怖い人達や、同じ様に騙された人と一緒に、サラを囲っていた人達を癈人にした。サラの周りの人やママ、それに私の関係者も全員頭がおかしくなって入院か自殺した。

 最後に、サラを怖い人達と囲み、永遠の贖罪を約束させていた。

 メグミは自分の親に再婚をすすめると、怖い人達と共にどこかに消えた。


 サラは生きてはいるが絵を書いてる…しかし自分で食事を取ることが出来ず病院で全身にチューブが繋がり言葉にも反応しない…たまに過去の過ちや亡霊に怯えるか、顔から涎か、鼻水か、涙が出るだけだ。

 ゴメンナサイと言葉にならずブツブツと…

 そしてただずっと…同じ絵をずっと描いていた…少女と少年が海で手を繋いでいる絵。

 絵を見ずに何枚も、ただただ…シャカシャカと書き続ける。


 蘭子は私の知らないタロァの友人と子供が出来て結婚したが…離婚した。本来夫婦で行う、愛しあう行為や気持ちを伝える事が一切出来なくなっていた。結婚した2人は心がどこか遠くに行ってしまったようになり、蘭子から別れを告げた。その友人もタロァと仲が良かったのだろう…分かったと承諾し、仲の良かった、タロァに祝福された3人が揃うことは、永遠に無かった。

 何故ならお互い会うとタロァの事を思い出し前に進めなくなるから…


 私…私がいる…私はタロァのお墓を…動物園の思い出の場所に作り…無くなった筈のキーホルダーを置いてずっとそこにいた。ずっとずっとずーっと。


 私の目線だから私が生きているのか死んでいるのか分からないけど…永遠にそこにいた。ずっと…一緒だよタロァ…


 いつか、声を聞かせてね、タロァ


―――――――――――――――――――――――


 後から知る…私がおかしくなっていた時に見た悪夢の様な想像の産物…まだ8月…あんな未来は…タロァの未来をあんな未来には…させないから…動け!動けっ!


 皆から…誰からも…望まれていないのは分かってる…タロァの所に行く事…望まないのは分かってる。

 そしてタロァの望みが…私に殺して欲しい事を願っていても…

 それでも…会いたいの…たろう…ごめん、ごめんなさい、たろぉ…もう…がまん…できないよぅ…たろぁのところに…いっていいかなぁ…


 悍ましく恐ろしい最悪の未来…これはあくまで想像…しかしそれでも細部は違えど同じ未来に向かっている気がする…


 時が経ち、毒が抜けていく感覚…想像の中の未来にはさせない…私は叩き落された、だけどもっと深く落とせ、さぁ早く…私の世界に集まる奴らが私が墜ちた狂ったと思う程…タロァに近づくのだから…そこからが私の…待っててタロァ…私にはタロァしか…好きなの!タロァ!愛せぇッ!私を!好きだぁ!タロァ!嗚呼あああっ!!!


 ―私は…勢い良くパンツを脱いだ―――



※展開迷走に定評のあるクマとシオマネキです。(´(ェ)`)と🦀デス


なんかラブコメなのに、ラブコメじゃないなって思いまして方向性を変えました。我慢できなくなりました。


短編で悲しい汚物を、こちらの長編では楽しい汚物で行きたいと思います。


つまり今後はクマシオラブコメ展開になります、あ!ものは投げないで下さい!

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