第51話 2015年 ~あなたは、へヴィメタルを愛していますか?-11
「これって……」
全員が、窓際に集まっている。
胡桃も、その中に紛れて、外へ顔を向けている。瑠奈はその背中に寄り添って、肩に手をやり、空へ目をやる。
稲光が空を切り裂き、そして一瞬後に爆発音のような落雷の音が、耳を聾する。体をそむける少女達、耳をふさいで、目を閉じている男の子。
胡桃は微動だにしない。ただ視線を空へ向け、どこか魂の抜けたような表情を浮かべている。
雷は鳴り続け、そして雨は強まっている。
聞き覚えのない、硬質の雨音が、ただ鳴り響いている。
ツインペダルが織りなす、怒涛のリズム。スピード感と、哀愁のコラボレーション。そしてどこか荘厳で壮大な空気が、世界に満ちていく。
キラキラという白い羽毛にも似た、反射光が目に飛び込んでくる。次々に降ってくる雨粒が、白い光を放っている。
引き続き、雷鳴と地鳴りが、渦を巻いている。
渦を巻いているのが周囲なのか、それとも自分の視界なのか――おそらく後者なのだろう。ぐるぐるぐると、渦を巻き、じわじわと、視界が狭まってくる。
【第一問】
メタリカの初代ベーシスト、クリフ・バートンは、事故により急逝し、二代目、ジェイソン・ニューステッドに変わっている。その初代、クリフ・バートンが在籍していた頃の最後のアルバムは、マスター・オブ・パペッツである。イエスかノーか。
二者択一問題。
これが、例の……という思考回路は、すぐに霧散していき、ただ何もない空間に立つ自分を客観的に見る自分がいる。
答えは、イエス、だ。
ぴこりん、と軽快な音声が響いてくる。
【第二問】
標準的なギターの六弦開放音は、Eである。
では、三弦開放音は?
①A
②G
言うまでもない。これは②のGだ。
しかし、楽器を扱わない人間にとっては、厳しい問題だ。
第三問からも、少し頭を働かせれば瑠奈にとっては間違えようのない程度の問題が続いた。
問題に答えている間は、一人だった。
なぜだろう……と、うっすらと残っている意識が考えるが、それよりも問題に答えるほうへエネルギーが集中される。
【第十問】
〈ナパーム・デス〉は非常に短い曲を作ることで有名だが、そのなかでも彼らの『ユー・サファー』という曲が、0.7秒である。これはヘヴィメタルのカテゴリーのなかで、最短の曲と位置づけられる。イエスかノーか?
ナパーム・デスが短い曲を多くつくるというのは有名な話だ。『ユー・サファー』がその中でも特に短い曲だということも知っている。しかし、0.7秒だったかどうか。もう少し長かったような気もするし、意外と0.5秒以下だったような気もする……。普通に考えればイエスなんだが、どこかにひっかけが隠されてはいないだろうか……。
イエスか? ノーか?
もう一度、天からの声が降ってくる。
あまり、時間がない。
イエスか、ノーか。
ひっかけなのか、ストレートなのか……。
これ以上考えても仕方がない。それはわかっている。
自分の知識の中で最善の答えを出すしかない。
「答えは、イエス、です」
瑠奈がそう答えた瞬間、世界が止まった。
と、よく見ていると、上空の方から、空間がひび割れていくのがわかった。
『ユー・サファー』は0.7秒……。
しかし――。
どこかから、声が聞こえてきた。今までの重厚感のある物とは違い、子どもの声だ。甲高い、どこかしら機械的な声。
最短の曲は〈ヴェーアマハト〉の『Micro-E!』の0.1秒。
その刹那、ひび割れが一気に空間全てに波及していき、そしてはじけた。
音もなく、空間の欠片が宙を舞っている。
SF映画のワンシーンをスローモーションで見ているような気になる。
その中で、自分がいったいどこにいるのかはわからない。自分はその世界の一部なのか、それとも、観客としてその光景を見ているだけなのか。
ずしん、と体に重さが感じられた。重力が襲い掛かってくる。
空間の欠片たちは白い光を放ち、まるで紙屑が燃え尽きるように宙に消えていく。
そのあとに、教室が戻ってきた。
まだライブの片付けが半ばのまま、放置された混沌とした部屋だ。
雨音が、戻ってきた。
まだ、ヘヴィメタルが降っているのだろう。硬質のビートが、こぎみよく響いている。稲光のすぐあとに、猛獣が吼えるような爆発音が響く。どうやら近くに落雷があったらしい。
現実が押し寄せてきて、瑠奈は始めて思う。
メタルの神の試験に、自分は落ちてしまったのだ。
それでも、ヘヴィメタルを愛好する気持ちに変化はない。
今までも、これからも、ただヘヴィメタルを聴き、酒を飲み、そして演奏し、歌い、ブラストビートに体をゆだね、眠り、起きてはまた、ヘヴィメタルの神に忠誠を誓いそれから――。
視界のなかに一つ、光が見えた。
白い光だ。
なんだろう。
胡乱な意識をそこに集中する。
目を凝らしても、眩しくてなかなか見えない。ただ、その隣に転がっているアイバニーズのギターには、見覚えがあった。シールドの先に繋がっているエフェクターにも覚えがある。
そこにいるのは、胡桃だ。
顔は見えなくても、それだけはわかった。
どこまでも白い、光につつまれている――いや、光を発しているのは、紛れもない、自分の妹の胡桃だ。
瑠奈は意識が途絶えるまで、必死でその光を脳裏に焼き付ける。
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