第50話 2015年 ~あなたは、へヴィメタルを愛していますか?-10
夜の学校。夜の階段。
リノリウムの床と、ところどころ剥げてコンクリートがむき出しになっている階段。
五人分の靴音と、窓ガラスを叩く雨音が混ざり合い、不規則なリズムを刻んでいる。
音楽室へ向かう廊下にさしかかると、先の方に明かりが漏れ出ている教室があるのがわかった。おそらく、音楽室――ライブが行われていると思われる教室だ。
「何の音もしないね」
思わず、口に出していた。
不安が湧き上がってくる。
もしかすると……。
ひょっとすると、すでに部屋の中はひどい惨状になっているのではないか。死屍累々の光景が繰り広げられているのではないか――。
自然、早足になり、先頭に立って歩くことになる。
光が、近づいてくる。
と、突然、甲高い笑い声が廊下にまで響き渡る。それも、複数の若い女性のものらしい嬌声だ。
引き戸が開き、中から女の子が一人、出てきた。少し髪を茶色に染めた小柄な少女だ。
「あれ?」
不思議そうにこちらを見つめ、そしてあわてて会釈して、またこちらに目を向ける。
「どちら様?」
「胡桃は……榛原胡桃は、いる? ああ、あの胡桃の姉です――」
しどろもどろになっていると、中から一人、ひょっこりと顔を出してきた。
「胡桃ちゃん」
水瀬春紀と、ユグドラシルの声がシンクロする。
「あれ、お姉ちゃん、来てくれたの? それに、ハルキさんも……ってか、遅い! もう今終わったところ。どうせ来てくれるんだったら、間に合うようにしてほしかったなぁ……ハルキさんには、せっかく時間まで教えてたのに」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだよ。って……ええと、そちらの方々は……ああ、お久しぶりです。246さん」
後ろから、楢崎教授と市川が現れる。
「久しぶりだね。胡桃ちゃん……その後、機材の調子はどう?」
「絶好調よん」
「それはよかった」
ははは、と乾いた笑いを発する、市川。
胡桃からの着信がいったいなんだったのか、それを尋ねようかと思ったが、やめた。どうでもよくなった。
「とにかく、もう遅いからね。ちゃっちゃと後片付けして、帰るよ」
はぁーい、といつものように間延びした返事を返して、教室へ戻っていく。
「なにも、無かったみたいだね」
水瀬春紀がいう。
「おそらく」と、市川が続ける。
「このぐらいの教室で出せる音量ぐらいでは、閾値を越えなかったんだろう」
教室の中では、十人近くの男女が、アンプを段ボール箱に詰めたり、ドラムセットをかたしたりと忙しく動き回っている。
その光景を、見るともなしに見ながら、瑠奈はまた別のことに思いを馳せていた。
とりあえず、今ここで事件が起こることはなかった。しかし――。
いったい、自分はどうすればいいのだろう。ここで今日、ヘヴィメタル症候群が発生していたとしたら、どうなっていたのだろう。
そもそも、どうなっていてほしかったのだろう。今日は何事もなく終わったとしても、今後、どうなっていくのだろう。神の音楽ヘヴィメタルはまだまだ続いていく。そうあってほしい。今のままだと、先細っていくことは目に見えている。
ヘヴィメタルのためなら、どんな誤解を受けようとも構わない。
ヘヴィメタルのためなら、どんな境遇になろうとも――。
そうだ。もともと、そういう人間だったのだ。
だからどうすればいいいのか?
メタルの神は、いったいどうしたいのか?
ヘヴィメタルは神の音楽だ、とはよく聞く言葉だ。それは、愛好者達によるある種の比喩のようなものだと思っていた。
しかし、それが事実だとしたら、神は今、この現状をどう思っているのだろう。
わからない。
なにも、わからない。
ただ自分は、今後もヘヴィメタルを崇拝し、そして、胡桃にもそれを伝承していく。もっとも、もうその必要もないのかもしれないが。
なぜか、教室内が騒然としている。
水瀬春紀とユグドラシルが両脇を通り抜けて教室内へ駆けこんでいって、瑠奈も我に返った。あとに続いて、室内へ足を踏み入れる。
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