第29話 2004年 ~ヘヴィメタルを降らせたのは神ではない…… -3
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『メタル・ボックス』でのライブから三週間ほどが経ち、四月になっていた。
いつのまにか、大学の最終学年だった。
曲がりなりにも理系の学部だったので、研究室に配属されて研究に没頭する毎日を送る――それが、普通の学生の姿だった。
しかし、わたしは敢えて予算も少なく寂れた研究室を選び、そして、ほとんど顔を出していない。
「就職か、進学か、もう決めた?」
久しぶりに研究室に行くと、同じ研究室に配属された同期の男が訊いてきた。そのありきたりなセリフを聞くだけで、なぜかむかむかしてくる。
「さあ。どうかな……」
適当に受け流していると、大学院一回生の女性の先輩が、
「ああ、その子は永久就職だから」と、口を挟んでくる。
「は? なにがですか?」と同期の男が首をかしげると、
「あれ? あんたしらないの? この子は楢崎さんの――」
その先輩がいい終る前に、わたしはその頬を思いっきり平手打ちしていた。勝手に手が動いた、という言い訳もできるけれど、残念ながら完全に自分の意思だった。
「おまえうるさい。黙れ」
そういうと、場が凍りついた。
先ほどまで軽いタッチで話しかけてきていた同期の男も、その周りにいた他の先輩たちも、ただただこちらに目を向けて状況を見守っているだけだ。
頬を張られた先輩は、しばらくは呆然としていたが、はっと気が付いたようにこちらを睨みつけて、
「サイテー!」
と一言叫んで、部屋を出ていった。
なにが最低なのかはよくわからないけれど、わたしにとってはどうでもいい人間だったので、特に気にすることもなくその場をあとにした。
――やはり、研究室になど行くものじゃない。
わたしはその足で、大学を出て大阪の街に出た。この日はライブ以来では初めて、楢崎と会う約束をしていたのだ。
いつもの待ち合わせ場所で落ちあい、とりあえずカフェに入った。
すると、楢崎までもが就職か進学か、という言葉を吐き出してきた。
「なによ……それ。なんの話ですか?」
どういっていいのかわからず、的外れな問いを返してしまった。
「もうそろそろだろ?」
「だってわたしは――」
メタル者だから――。
そういいかけて、辞めた。その言葉が、一般社会的に受け入れられないことぐらいは、理解していた。
「まあ別に、すぐにどうこうというわけじゃないけれど……ただ、気になったものだから」
取り繕うようにそういった楢崎は、
「そうそう」と鞄をあさりはじめた。
取りだしたのは、小さな長細い紙袋だ。
「この前の出張で、偶然見つけてもらってきたんだ。君が興味を持つかと思ってね」
受けとった紙袋の表面には、英語ではない言語で何かが表記されている。そのグレーの紙袋を逆さにすると、じゃらじゃらと音を立てて細い鎖状の物が出てきた。ペンダントのようだ。ただ、そのトップについている鈍い灰色をした石は、お世辞にもオシャレなものではなかった。
楢崎によれば、それは、あの金属の雨として降ってきたヘヴィメタルとのことだった。
「その当時、一部の地域だけで降ったあの金属は、実は周期表のどの元素にも属さない物質だったみたいなんだ。しかも、調べてみると、全ての物質のなかで最も重い……つまり比重が高いものだったらしい。それで、その物質自体を『ヘヴィメタル』と呼称することにしたらしい」
それは初耳だった。金属、というからには、鉄かなにかだろうと漠然と思ってはいたけれど、その部分に関してはあまり興味を持ってはいなかった。
「知らなかったのも無理はないよ。当時も雨が降ったその地域は政府の専門機関以外、立ち入り厳禁だったらしいからな。今もその中心地域は完全に鉄条網で覆われて誰も入れないようになっているけど、周辺地域は解放されているんだ。ほとんどの金属はすでに回収されているんだけど、そのあたりで今でもたまに『ヘヴィメタル』の残骸が見つかることがあるらしくてね」
その『ヘヴィメタル』をペンダントにしたものが、今目の前にあるのだろう。そういわれると、意匠に美しさがないのも納得できる。ペンダントではあっても、これは見た目ではなく、中身――もっといえば、これが『ヘヴィメタル』だということを自分が認識していることが重要なのだ。いわば自己満足だ。
「ヨーロッパのマニアの間では有名で、この石を持っている人もけっこういるみたいだよ」
「マニア……って、どの分野の? そういう学問分野の人か、それとも、メタル愛好者?」
「両方だな」と即答した楢崎が、さらに続ける。
「メタル愛好者は、ただアクセサリとして身につけるだけなんだけど、学術関係の人たちは、それを研究室に持ち帰って独自の研究をしている人もいるみたいだな。ヘヴィメタル研究といって、それで一つの学問領域を確立しつつあるみたいだね……まあ、関わっている人数なんて知れていると思うけど」
「でも、そこで『ヘヴィメタル』なんていう名前を付けてしまうから、音楽のメタルまでが悪者にされてしまっているんじゃないの?」
「公にはそこに関連はない、ということになっているけどね。でも、発想のきっかけにはなったかもしれないね」
場所を変えて夜、行きつけのバーの片隅で、軽い酔いのなかでいつものようにメタル談義に明け暮れた。楢崎は、いったいどこでそんな情報を得てくるのかと首をかしげたくなるほど、アンダーグラウンドのメタル事情に通じていた。このバーでは、軽いロックが流されていたが、夜十時を過ぎるとメタルが流されるようになる。わたしも知らないようなデスメタルバンドが多く、バックにクラシカルなメロディが重なっているところが、現代的な雰囲気を感じさせた。
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