第7話

 アーティファクト、宿休みの羽。事前に設定した場所に使用した自身を転送できる便利アイテムだ。

 リシシ村には徒歩で向かわざるを得なかったが、帰りはこれを用いて一瞬で帰宅できた。アーティファクト様々である。


 チェイリーヴの森にあるダンジョンに帰還し、設計図通りにダンジョンを改装していく。

 まず、階層を増やして二階に。洞窟型のダンジョンは主にこうやって地下に進んでいく階層の伸び方をする。


 村人を保護するだけならば一階層だけでいいのだが、ダンジョンはその階層に敵性生物が存在している場合にはそのフロアの階層が使えない。

 これは攻略に取り掛かっている冒険者たちが不利になりすぎないようにするためだな。ダンジョンマスター側がなんでもありだと面白くないと、あの神ならほざくだろう。


「へろへろー。袷くんげんきー? 君に会いたくて来ちゃった」


「でたな、諸悪の根源神」


 神のことを考えながらダンジョンマスター部屋で作業をしていると、部屋の中に件の神が湧いて出た。俺が一人で作業しているといつもこうだ。夏の日に湧いて出る黒い虫みたいだよ。


「順調なようだね」


 神は小学校高学年ぐらいの身体で宙に浮き、金糸の髪を艶やかにサラサラと指で梳く。

 見る者が見れば祈りを捧げるであろう幻想的な光景だ。


「順調すぎてマスターの仕事を代行しているんだがな」


「んもー、僕に対してだけ口が悪いよ君ぃ」


「異世界から俺を連れてきて強制的に働かせているお前に敬語なぞ使うとでも?」


「それもそうだねー」


 小さな口に手を当ててケラケラ笑う神に怒髪天を突きそうだが、俺は大人だ。冷静になれ俺。


「で? 何をしにきた」


「君に会いに来たのはホントだよ? ついでにリシシ北ダンジョン崩壊の理由と使徒ヴェルエィムのことを謝ろうと思ってね」


 ヴェルエィムはセラフがダンジョンマスターに転生した時に立ち会った使徒だな。俺はこいつの尻ぬぐいでこの場にいる。


「まず、リシシ北ダンジョン。ダンジョンマスターはヘルハウンド、餓え狼から転生させた個体だね」


「知性は低そうだな」


「その通り、飢え狼から転生したおかげか食欲がトンデモないことになっていてね。ダンジョンマスターなのにダンジョンを作らずに付近を徘徊して獣や植物を根こそぎ食べていたみたいだ。

 遠因だがリシシ村の困窮にも繋がっているね。地は痩せているが付近の食べられるものが片っ端から取られて北以外の遠隔地で狩りをするしかなくなったんだから。

 まぁ、それはいいんだ。奴はカオス寄りを期待して転生させたからね」


 性悪そうな笑みを浮かべ、自身の下唇を細い指でツーっと撫でる神。


「そう、問題はそこじゃない。あんなカスは遅かれ早かれ道端の虫けらのように死んでいただろうからね。

 問題はセラフちゃんなんだよ。彼女は、噛まれ、嬲られ、食われ、殺された。死んだときはこの世に対し壮絶な恨みを抱いていたはずだ。だからちょうどいい、あの狼と入れ替わりになってくれるだろうと思って覚醒させたのにさー」


「ロウ寄りの気質で残念だったな」


 心からの嘲笑が口角に現れる。こいつの失敗を見ると心が豊かになる。


「よもやよもやよ。いやー、今からでも矯正できない?」


「不可能だ。彼女はリシシ村の生活を改善することを心に決めている。俺が提案したところで断られるだけだろうな」


 性根の善性は誰にも代えられん。洗脳でもしない限りな。


「だよねー、しょうがない。別の子を探すよ」


「そうしろそうしろ。ちなみに今はロウ、カオスどちらに寄ってるんだ?」


「圧倒的にロウだね。世情が乱れると人から変生させたダンジョンマスターは人類の味方をして政治に打ち勝たせようとするみたい」


「悪政には暴力をもって制す、か…」


「君の地元の民主主義は通用しないよ、この世界にはね」


「わかってるよ」


 無視をしながら作業を続けていたが、あまりにも神が邪魔をしてくるのでダンジョンの生成機能で紅茶とクッキーを生成し二人掛けのテーブルに腰掛ける。


「あ、クッキーだ。僕の世界と違って君の世界のは美味しいんだよねー。

 でもいいのかい、DPを使ってしまって? カツカツなんだろう?」


「砂糖を使ってるからな。物資に乏しいこの世界ではそれこそ王族ぐらいしか作れんよ。

 それにこれは経費だ。雇われているんだ、経費を使って休憩する義務が俺にはある」


「ひっどーい」


 ケタケタと笑いながらクッキーと紅茶を行き来する神。意地汚い奴め、落ち着いて食えんのか。


「それで、ヴェルエィムのことだけど」


「奴の怠慢は目に余るぞ。実際このダンジョンは俺がこなければ今年のダンジョン税は払えなかっただろうし。なによりそのような役立たずが使徒だと思われるとお前の沽券にかかわる」


「うんうん、そうだよね。はい、これ」


 神は着ているキトンの内を探り、黄金色に光る腕輪を俺に手渡してきた。


「これは?」


「ヴェルエィム。あんなが存在するのは許さないからアーティファクトに変えて始末したの」


 無邪気に笑う神にゾッとする。しかし、そういうやつだと知っているので別に恐れたりはしないがね。


「セラフに渡せばいいのか?」


「うん、お詫びだって言っておいて」


 了解、といってモニターの横に置いておく。

 沈黙が流れる、気まずいものではなく一緒にいて何も喋らなくていい居心地の良い沈黙だが。


「どう? もうこの世界に来て八年だけど慣れたかい?」


 神が親戚のおじさんみたいな質問をぶつけてきた。正月とかに会うとよく言われる奴。


「……どうだろうな。実際、お前の手下としてダンジョンマスターのサポートをすることが楽しいと思えている自分もいる」


「僕の起こした事故により、君を異空間から引っ張ってきてしまったことは本当に申し訳ないと思っているよ」


 この話をする時だけのコイツは本当に苦しそうな表情を浮かべる。俺は対して気にしてないが、事故で勝手に俺の今までを奪ってしまったことを悔いているのは間違いない。

 

「気にしすぎだって言ってるだろ。それに俺がこの世界で生活するのに必要なものは貰ってるからな」


 椅子から離れてスーッと俺の方に寄ってきていた神の頭を撫でる。サラサラしていて心地よい。


「髪、ちゃんと手入れしているんだな」


「君からオススメのシャンプーとリンスを貰ったからね」


 小さな胸を張りドヤ顔を披露する神の額を小突き、テーブルの向こう側に戻す。

 ふわふわと浮いているので風船のように宙を漂いイスに座った。


「さて、そろそろ帰ろうかな」


「おう、帰れ帰れ。こっちは仕事が詰まっとるんじゃ」


 俺は席を立ち、右手でシッシッとして追い払う動きをする。

 神はその行動に憤慨したように宙で地団太を踏むモーションをした。


「さっきまでいい雰囲気だったのに台無しだよ!」


「幻覚だろ」


「きー! また来るからね!」


「いつでもどうぞ」


 じゃあね! と大声を上げてフッと消える彼女。ねぐらである自分の聖域に帰ったのだろう。

 やっと静かに仕事ができる。


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