第5話
お茶がなかったので白湯を貰い一息。まさか家を訪れただけでケンカを売られるとはね。俺の身体には神の加護があるので星が滅んでも俺は傷一つ負わないけど。
「あの、それで一体どのような御用でしょうか」
アリーナさんが口火を切った。すぐには答えず、彼女の容姿をジロジロと見てセラフと見比べをする。
この地方のベーシックカラーのえんじ色の髪、ロングヘアーで背中に流し一本に括ってある。顔は小顔で目はパッチリしており鼻もシュッとしている。俗に言う美女の部類に入る整った容姿だ。
「なにをアリーナの顔ばかり見とるんだお主は」
「いえ、セラフ様にそっくりだなと」
俺の言葉に凍り付く二人。うむ、自身らが魔物に村の人間を差し出した最低な人間だと自覚していてくれてなにより。交渉が進めやすくなる。
「アナタはセラフのお知り合いですか?」
「ええ、そのようなものです」
血の気が引いていくアリーナさん、村長はそんな彼女を支えて背中を擦る。地球ならセクハラだぞオメー。
「あの子はもう…」
「お亡くなりになってますよね。承知しております」
「ならばお主、なぜここに来た?」
「ですから、アリーナ様に用事が」
「回りくどい! さっさと言え! いたずらに子供を失った母親をなじりに来たのではあるまい!」
気が短けぇな村長の爺さんは。
「セラフ様は生きていらっしゃいますよ」
一瞬で顔を真っ赤にした爺さんが俺に殴りかかってくる。軽く片手で受け止めて地面に投げる。それでも村長は怒りが収まらないようだ。
「たわけが! かような嘘をつくでないわ!」
「何故嘘だと?」
「あの子はここから東北にあったダンジョンの魔物に生贄として捧げられたからじゃ! 他でもないワシらの手によってな! これを聞けば満足か下種が!」
「はい、満足ですよ。そこから先の話を私がしますので」
キョトンとした表情でクエスチョンマークを頭の上に浮かべる両名。
「なんじゃと?」
「アナタ方はセラフ様の死体を埋葬した訳ではありませんよね?」
「当たり前じゃろう、魔物に差し出したんじゃからな」
「では、その後のことをお教えします。村長は少々静かに聞いていただけると助かりますねぇー?」
ちょっとうるさいんだよ爺さん。全く話が進まない。
「確かに、セラフ様は魔物の手によって命を絶たれました。それは間違いありません」
「言うておることがーーー!」
「黙れ」
殺気を村長にぶつけて気圧す。村長は怯み立ち上がりかけた身体を再び床に下ろす。
「しかし、彼女には才能があったのです」
「才能?」
「ええ、アナタ方の知らない才能。ダンジョンマスターとしての才能がね。
故に遺体は生前の恨みつらみを昇華させダンジョンマスターへと覚醒しました、レッサーヴァンパイアとしてね」
二人はゴクリと息を吞む。それもそうだ、やっと自分たちを虐げてきた魔物が排除されたのに娘がダンジョンマスター、なんて悪夢にもほどがある。
「アナタはその眷属ということですか?」
震える声でアリーナさんが問う。
「いいえ、例えるならば同僚と言ったところでしょうか」
「同僚!? まさか貴様もダンジョンマスターか!」
バッと立ち上がりアリーナさんを背中に隠す村長。
「ここまで手を一切出していないのですから信用してほしいものですが」
「不意を突いてがあるじゃろうが」
「アナタ方なら不意を突かなくても殺せますよ」
あ、話し進まなくて俺イラついてるな。いかんいかん。
んもー、二人とも硬直しちゃったじゃんか、俺の馬鹿。
「続けますよ? マスターとして覚醒した彼女は件の魔物が取り仕切るダンジョンで暴走。ダンジョンを破壊しつくすまで止まりませんでした。
結果としてこの村は彼女によって救われました」
「あの子が…」
はらはらと床に涙を落とし泣き崩れるアリーナさん。その背中を擦る村長。
「…あの子は、我々をどう言っておった?」
「それが私の話したいことだったのですよ。やっと本題に入れます」
俺は懐から紙を取り出して床に広げる。俺の描いたダンジョンの図面とセラフのメモが書き加えられた暫定の地図だ。
「それは?」
「新たな村の地図でございます。
セラフ様はこの村の未来を憂いておられます。つきましては皆様をダンジョンに招待したいとのことで私がメッセンジャーとして訪問させていただきました。
アリーナ様に話を通してからと思っていましたが、責任者がいらっしゃるならば僥倖。一緒にお話をお聞きください」
「新たな…村?」
困惑する両者。うむ、掴みは良さそうだ。
「現在、この村は困窮している。そうですね?」
「…うむ、残念だが水源が枯れ、土を掘り返す手間を割けなくてな。食い物は狩人たちに半依存しておる状態だ。遠からずこの村は滅ぶじゃろう」
苦虫を噛みつぶしたように吐き捨てる村長。村を預かっている者としていいたくないだろうが現実確認だ、許してくれたまえ。
「セラフ様はそんな村の状況をどうにかしたいと考え、ダンジョン内に皆様の安住の地を作ろうとお思いになられました」
「あの子はまったく…」
「優しい子ですから…」
感極まって泣き出すアリーナさん、村長は少し訝し気ではあるが話が進まないので強行しよう。
「その状況を理解しているセラフ様は村を丸ごと傘下に収めて不自由のない生活を送ってもらおうとしておられるのです」
「…すまんが、信じられぬ」
「どこがでしょう?」
「全てじゃよ。あの子が魔物に変生したことも、ダンジョンに我々を迎え入れて楽をさせてくれようとしていることもな」
「確かに簡単に信用できる内容ではありませんね」
「じゃろう? 我らが信じてよいと確信できる根拠はないか? スマンがそれがなければ村を預かるものとして賛同はできぬ。例えセラフの慈悲でもな」
うん、ここまでは計算通りだ。
じゃあ、とっておきといこうか。
「では、根拠を示しましょうか」
スッと立ち上がり、玄関から外に出る。
「出番ですよ!」
大声を上げ、彼女を呼ぶ。
風を切る音と共に闇を切り裂いて彼女が現れる。
話題の中心、レッサーヴァンパイアとなったセラフだ。
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