第4話

「出来ました!」


「どれどれ、拝見いたします」


 拙い文字でセラフが書き散らしたメモの山を一枚一枚読み進める。どうやら真剣に村のことを思って書いたらしく、書き込みの熱量がすごい。

 村の家屋をダンジョンの中心に配置し、そこから円形で果実の樹木や水源を設置していく設計だ。大きく手直しをする必要は無いように見えるが…。


「結構です」


「ホントですか!?」


「予算を大幅にオーバーすることを除けば良案です」


 そう、百万DPでは全然足りない。家を建てるだけでも一軒で十万DPは持っていかれるんだ。かと言ってこれ以上の借り入れは返せないからな。

 どう現実的に落とし込んでいくかな…。


「あの、家を生成で建てなければ安くなりますよね?」


「ええ、もちろん。それがなにか?」


「村の人たちに協力してもらえないかなって…」


 ふむ…。


「…なるほど妙案です」







ーーーーーーーーーーー





 夜の世張りが落ちたリシシ村の隙間風が吹くボロボロの家でアリーナは穴の開いた服を繕っていた。

 そんな強風が吹けば飛んでいきそうな家の戸を誰かが叩く。


「アリーナ」


「あら、村長。こんな夜更けにどうしたの?」


 アリーナはただ一人の娘を失っても気丈に明るくあり続けた。

 リシシ村の住民はそんな彼女に引け目を持ち、いつも声をかけ続ける。


「いやな、ロランゾが猪を獲ってきてのぉ。燻製肉のお裾分けじゃ」


 ロランゾは村で一番の狩人だ。食料が乏しいこの村の生命線を担っている。

 大きなチェイリーヴの葉で包まれた干し肉を村長はアリーナに手渡した。チェイリーヴの葉は近くの森でよく採れる抗菌作用のある葉っぱで、村人たちはプレゼントを渡すときにこの葉をよく使用している。燻製肉からもその匂いがするのでチップもチェイリーヴのものを使ったのだろう。

 そして、その匂いはアリーナにとっていなくなった娘の匂いでもあった。


「いい香りですね」


「セラフに供えてやっておくれ」


「ええ、大好きな森の香りであの娘≪こ≫も喜ぶでしょう」


 一瞬、沈黙が流れる。


「ではワシは帰るとするよ」


 悲痛な表情を浮かべて腰を上げる。アリーナも見送ろうと腰を上げて家の玄関まで向かう。

 その時、二人は玄関の外の気配に気が付いた。薄い戸を隔てて声も出さずに誰かが立っている、その事実に村長とアリーナは警戒心を跳ね上げた。

 アリーナはスッと音を立てずに一部屋しかない家の奥へ向かいボロボロの素槍を手に取り村長に渡す。

 村長は一つ頷き、声を発した。


「こんな夜分になに用か?」


「おや、ここはアリーナ様のお宅では?」


「たまたま用事があっての。こんな夜更けじゃ、お主に良識があるならば明日にすべきじゃろう」


「申し訳ありませんが急ぎでしてね。戸を開けてもよろしいですか?」


 村長は後ろ手にアリーナに下がるように指示し、槍を構える。

 リシシ村は簡単に人がやってこれる場所でなく、話した声は村人の誰でもなかった。明らかに不審者だからだ。

 今は滅んだが以前存在したダンジョンの件もあり、村長は誰であろうと先手を取って殺すつもりでいる。


「開ければ殺す、これが最後通告じゃ。スマンがこの村は訳あって余所者に厳しくてな、道に迷ったなら森で野宿してくれるか?」


 アリーナの名前を出した時点でそんなわけはないと知っているが、せめてもの情けとして村長は引き返すことを告げた。

 だが、返事は。


「面倒なんでもう開けますね」


 ガラガラと大きな音を立てて引き戸が開かれた。

 半分ほど開かれたあたりで村長は一歩踏み込み槍を突く。締め切った時の戸のド真ん中を狙ったので身体のどこかには当たるはずと、それは場数を踏んだ年寄りの経験則であった。

 しかし、


「おっと、危ないですよ」


 完全に開かれた先にあった男の身体に刺さるように突き出された槍は、男に触れたとたんにへし折れた。


「なっ!」


 手ごたえを感じていた村長は一瞬驚愕したのち、そのまま穂先の折れた槍を男に投げつけて突進し殴りにかかる。


「落ち着いてくださいよ」


 にへら顔の見るだけで上等な服を着こなす黒髪の優男は村長の振りかぶった拳を片手で受け止める。

 驚愕と共に村長は勝てないと悟った。


「…何者だ」


「アリーナさんに用事があるだけですってば」


 男はへらへらと笑いながら村長の拳に圧力をかける。ぬううと情けない声を上げ村長の顔は苦悶に満ちた。


「アリーナ逃げろ! お主が目当てのようじゃ!」


 痛みをこらえて必死に叫ぶ村長。アリーナは動揺しながらも村長の言葉通りに家の大きな木窓から外に出ようとする。


「おっと、危ないですよ?」


 男は乱暴に村長を投げ捨て、逃げようとするアリーナの腰を優しく抱きとめた。


「いや! 離してちょうだい!」


「はい」


 男は横抱きにしていたアリーナをそっと床に下ろした。

 それには土間に崩れ落ちている村長もアリーナも呆然として男を見上げる。


「驚いているようですが先に襲ってきたのアナタ方ですからね?」


 男は部屋の真ん中にある囲炉裏の前に胡坐を掻いて座り、一言。


「お茶、いただけます?」


 アリーナにそう告げた。




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